第7話 妹と朝の散歩
「という事で兄さん、今から少し朝活しましょう。海未と一緒にお散歩、行きませんか?」
首を傾げたままの海が、そう言ってニコッと笑う。
朝活のお散歩……少しやってみたかったしやりましょう!
「ありがとうございます、兄さん……という事で顔洗って着替えてきてください、私も着替えてきますから。今日の海未は一味違う予定ですので楽しみにしててください、兄さん」
「一味違うってどういう事?」
「どう言う事もです……覗いちゃダメですよ、兄さん」
階段の上から流し目で僕を見下ろしながら、挑発的に笑う海未に「覗かないよ」と苦笑いして顔を洗うために洗面所へ向かった。
☆
顔を洗って、パジャマを着替えて玄関前で待つこと数分。
同じように着替えた海未がテトテトと少し恥ずかしそうに階段を降りてくる。
「お、お待たせしました、兄さん……じゃ、じゃじゃーん、これが一味違う海未です、今日はいつもと服の趣向を変えてみました……ど、どうでしょうか? 友達に選んでもらったの、似合ってるでしょうか? 大丈夫ですか? ふわふわ浮いてたりしませんか? 海未にしっかり似合ってますか、兄さんの隣歩けますか?」
じゃじゃーん、と登場したけど、やっぱり恥ずかしくなったのか伏し目がちにそう言う海未の服装は、黒色に黄色と緑のワンポイントとラインが入ったジャージに黒のスウェット。
「うん、似合ってるよ。ちょっとイメージ違うかもだけど、でもやっぱり海未だ」
黒黒で、確かにいつもの低身長を活かしたふわふわ可愛いファッションとはイメージが違うような服装ではあるけど、でもそこはさすが我が妹、しっかり着こなしている。
「えへへ、ちょっと言ってることわかんないとこありますけど、でもありがとうございます。少し心配だったんです、こういうジャージ普段着ないんで……兄さんもいつもの黒パーカー、似合ってますよ。私はその恰好、結構好きです。それに今日はなんだか兄さんとペアルックしてるみたいで嬉しいです」
「ふふっ、ありがと。海未も同じパーカー買って、本当にペアルックにしてみる?」
「え、あ、その……えへへ、良い考えですね、それ。兄妹ペアルック、仲良しの象徴みたいです、やってみたいです。兄さんとペアルック……えへへ」
「お、乗り気だね。海未のジャージも可愛いし、それ同じの買うのもいいかも。よし、それじゃあ散歩行こっか、太陽が出てきて熱くなる前に」
「だって、ペアルックっていいじゃないですか、なんか。嬉しいんですよ、兄さんと同じなのが……でも、こんな朝から兄さんとお出かけなんて何だか新鮮ですごくワクワクドキドキします。なんだかイケないことをしてるみたいです」
「むしろ良いことなんだけどね。それじゃあレッツ散歩だよ!」
「はい、行きましょう。兄さんと一緒の朝のお散歩、楽しみです」
ガチャ、っとドアを開けて、霧がかった白い世界に、足を踏み出す。
☆
僕たちの住んでいる町は朝にものすごく霧が濃いことで有名だ。
大体学校に行くときにははれているんだけど、たまに残ってる冬場なんかは雨も降ってないのに髪の毛とか顔が結構びしゃびしゃになってしまうくらいの霧の濃さ。
「少し、濡れちゃいますね……なんだかミストみたいですね、兄さん。ふふっ、天然のミストです、これが夏なら嬉しいですけど今はちょっと肌寒いです」
当然この時間ではまだ濃い霧が残っていて、前髪の先を少し濡らし楽しそうに、でもちょっと寒そうに顔を歪めながら僕の方を見てくる。
確かに夏場だったら嬉しいかもだけど、夏場にこんな霧出ないからなぁ。
「天気は都合よく味方してくれない、ってわけですね……あ、兄さん猫ちゃんがいます、三毛猫さんです、野良猫三毛猫さんは最近見ないので珍しいです。捕まえてモフモフしてきてもいいですか? いいですよね、朝ですからいいですよね?」
「ダメダメ、ダメだよ。逃げられて疲れて動けません、って弱音をはく未来が見えるもん。だからダメ、それに野良の猫ちゃんは結構凶暴で危ない子が多いよ?」
「そうですけど……あ、逃げちゃいました。バイバイです、三毛猫さん。また会ったら絶対にモフるです、待っててくださいね三毛猫さん」
残念そうに野良猫に手を振る海未。
でも野良猫ってすばしっこいから捕まえるのものすごく難しいよ、僕だってチャレンジしたけど捕まった試しがないもん。
「でも、やってみないとわからないですよ、兄さん。何事も挑戦が大事です」
「それもそうだけど。猫ちゃんは難しいよ、本当に。それに今は朝活、散歩の続きだよ。今日は橋の向こうまで行くつもりだから頑張らないとね!」
「お、兄さん強気ですね、大冒険ですね、ドキドキですね。今日は兄さんと一緒にいる日なので、私も一緒に歩くです。兄さんについて行きます」
声を、スニーカーの足音を弾ませて、僕の隣をテクテク歩く海未と一緒に霧の街を歩く。
「……こうやって朝早い時間に散歩すると昔の事を思い出しちゃいました。あの時もこんな風に霧がかかってて真っ白な朝でした……覚えてますか、兄さん?」
少し歩いた先で僕にそう聞いてくる海未。
海未と朝に散歩? そんなことした覚えないんだけど……あったけ、そんな事?
「……やっぱり兄さんは記憶力が悪いです、昔の事全然覚えてないです、そういう所はダメダメです。だからあの女を⋯⋯まぁ良いです、話してあげるです。小学生のころ、家族にキャンプに行ったとき、二人で散歩して迷子になりましたよね……思い出しましたか?」
すねたように唇を尖らせて、そう言う。
小学生、キャンプ……ああ、なんかあった気がする、詳しくは覚えてないけど!
「……もう、兄さんはそういう所ですよ、思い出は詳しく正確に覚えておいてください。二人でトイレに行くためにテントを抜け出して、その後カブトムシを捕まえる! って言って森に入って迷子になって大泣きしちゃって……ふふっ、ちょっと恥ずかしいですけど、でも懐かしくて嬉しい思い出です」
「ああ、あったね、そんな事! 一人じゃ怖いから、って二人でトイレ行って……思い出したよ、あったね、そんな事件? 思い出? わかんないけど、思い出したよ」
小学校2年生くらいの時に家族全員でキャンプに行った朝。
トイレの後「カブトムシ欲しい!」って言って捕まえに言ったら、朝霧のせいで全然道がわからなくなって、海未が怖くて心細くて大泣きしちゃって。
そんな海未を励まそうと当時の戦隊もののものまねしたり、海未の好きなギャグやったり……懐かしいな、本当に。
おぼろげに頭の中に残っていた記憶がちょっとずつパズルにはまっていくみたいでなんだかスッキリする感じがする。
「あの時、トイレに行きたいと言ったのは私、カブトムシ捕まえに行こうと言ったのも私、怖くて泣いちゃったのも私……昔から海未は兄さんに迷惑かけてばっかりです」
申し訳なさそうに地面を見ながら、そう言ってはにかむ海未。
迷惑なんて思ったことないのに。
「迷惑って……そんな事ないよ。海未の事迷惑なんて思ったこと一回もないよ、僕は海のお兄ちゃんだから。それに、最近は僕こそ海未にいっぱい迷惑いっぱいかけてるし。いつもありがとね、海未」
「……そう言ってもらえるなら、良かった、です……私も兄さんの事迷惑なんて思ったことありませんよ。兄さんは私の事いつも助けてくれますから、あの時も今だって……私の方こそ、ありがとうです。兄さん、いつもありがとうです」
「どういたしまして。こっちこそありがとね」
「いえいえ、私の方こそありがとうございます……ふふっ、これじゃあループになってしまいます。それに……少し恥ずかしいです」
言葉通りにほっぺを赤くして俯き気味に斜め下を見つめる。
確かに朝からこれは……恥ずかしいな、僕も恥ずかしくなってきた。
赤くなったほっぺとかを誤魔化すために、少し早足で歩いていると、僕の手の甲が海未の手の甲とぶつかる。
たまたまと思ってスルーしていると、もう一回、もう一回と骨ばったところが何度も何度も海未にぶつかって。
「……どうしたの、海未?」
「いえ、その……あの時みたいに、手、繋ぎたいなって思いまして……あの時兄さんと手を繋いで、すごく温かくて、安心して……だから、その……ダメ、ですか?」
恥ずかしそうに白い肌を赤くして、泣きそうな黒い瞳の上目遣いで。
……まあ、朝だし、誰もいないみたいだし。海未も思い出して懐かしくなってるんだろうし、たまには良いかも、こう言うのも。
「良いよ、それくらいなら」
「ぇ……ほ、本当に大丈夫、ですか? その、えっと……」
「もう、海未が言ったんでしょ? いいよ、手を繋ぐくらい。ほら」
「あ、はい、すみません、それじゃあ失礼して……えへへ」
スッと差し出した僕の手を、海未の小さな手がギュッと包む。
海未の手のポカポカして温かい体温が少し冷えた身体につーんと沁みる。
「えへへ、兄さんと手を……ふふふっ、兄さんの手、ちょっと冷たすぎます。手が冷たい人は心が温かいとは言いますけど、少し心配になります」
緩んだ顔で僕の手を取った海未がそう言って心配そうに見上げてくる。
「別に僕の手、そんなに冷たくないよ。海未の手が温かすぎるんだよ。ポカポカ温かい、太陽みたいな手だ、海未の手は」
「えへへ、そうですか……む、でもそれもしかして、子供体温って言ってますか? 私の事子供体温でポカポカだ、って言ってますか?」
少しムスッとした表情でそう言ってくる海未。
そんなこと言ってないよ、手が温かくていいね、って言ってるの。
「私には子供体温だ、って聞こえましたけど。それにたまに扱いが子供っぽいこともありますし……兄さん、海未はもう大人なんですよ? 大人の、一人の女性なんですよ、海未は」
「自分の事、名前で呼んでるのに? 手を繋ぎたい、とか言うのに?」
「む、それは……それは関係ないです。私はもう大人なんです……だってもう、結婚だって出来る年齢なんですから。16歳の海未は、もう……結婚だって出来るんでよ、兄さん。海未は、もう、誰かと結婚、出来るんですよ?」
少し俯き気味のかすれた、蚊の鳴くような小さな声でそう言って。
白い透き通るような肌は、今日一番くらいに真っ赤に染まっていて。
……結婚、か。
そうだよね、海未もいずれ結婚してどこか別の家に行くんだよね。
キレイな花嫁衣裳着て、海未に似合うようなステキな男の人と一緒に。
……その時は、その時だけど、でも今は……
「……海未にはまだ、結婚してほしくないな」
「……え?」
「海未に結婚はまだ早いって言ってるの。まだ16歳だし、まだ学生だし。それに海未が今結婚しちゃったら僕が寂しくなっちゃうし。だから、もうちょっと海未と一緒にいたいな、って」
「……もう、兄さん、何ですかそれ……心配しなくても海未はまだ結婚しませんよ。私もまだ兄さんと一緒にいたいですし、出来るだけ長く……兄さんが結婚するまで、私も結婚する予定はないです」
手を握る力をギュッと強めて、安心したような真っ赤な顔でニコッと微笑んで。
霧で少し濡れた顔や髪が薄い太陽に反射して、キラキラと眩しく光る。
「僕が結婚するまで結婚しないって……僕が結婚しなかったらどうするの?」
「その時は、ずっと兄さんと一緒にいます。兄さんとずっと一緒だと絶対楽しいですし、私も安心ですし」
「もう、それじゃあお父さんとお母さんが悲しんじゃうよ……でも、僕に結婚なんてできるのかな? 好きな人にフラれちゃったけど、いつかまた出会えるのかな、そう言う人と」
「……兄さんの良さをわかる人なんていっぱいいます。安心できませんが、安心してください……ニイサンノニブチンサン」
ぷいっと顔を背けながら、乱暴に海未が言う。
そっか……いつかできるかな、僕も。
「……!」
「……海未? どうしたの?」
そんな事を考えなら少し霧が薄くなってきた街を海未と手を繋ぎながら歩いていると、海未の手を握る力がさらに強くなる。
今度は強く握るだけじゃなくて、揉むようにぎゅっぎゅと手のひらをこすり合わせて、指を絡ませて。
「……兄さんの手、冷たすぎますから。だから海未の体温、分けてあげてるんです。こうすれば体温、うまく伝わりますから」
相変わらずそっぽを向きながら、僕の手をもみもみぎゅっぎゅ。
もう、くすぐったいよ、それ。
「我慢してください、兄さんの手が冷たいのが悪いんです……ホントはギュッとすれば体温とか全部伝わってポカポカになれるんですけど。兄さんも私もポカポカになれるんですけど……ギュってしていいですか、兄さん?」
「……今は外だからダメ」
「家の中だったら良いんですか?」
「いや、それは言葉のあややというか。僕たち兄妹だし、そう言うのは……」
「昨日はしてくれたのにですか? 昨日は海未の事、ギュッとしてくれたのにですか?」
「……それ言われるとあれだけど。わかったよ、たまにだよ。たまにだったらギュッとしていいよ」
「えへへ、言質、とりましたからね」
手の温かさに負けないくらいの満面の笑みを浮かべて、僕に微笑む海未……もう、この笑顔には敵わないや。
「さっきは大人って言ってたのに、ギュッとしたいとか……海未はやっぱりまだまだ子供だよ」
「……海未は16歳ですから。子供と大人の間を反復横跳びできるんです。だから兄さんの前ではまだ子供でいます、だって兄さんの妹ですから」
そう言って満面の笑みを浮かべたまま、手をさらに強くぎゅっぎゅと握って。
「……そっか。じゃあ妹よ、今日はもうちょっと歩くよ。歩いて美味しい朝ごはんを食べよう!」
「はい、兄さん。私は兄さんに、ずっとついていきます」
お互いにギュッと手を握りしめて、霧が晴れて明るくなりつつある街を歩く。
「⋯⋯海未、16歳で結婚出来るって言ってたけど、18歳に引き上げられたんじゃなかったっけ?」
「⋯⋯そう言えばそうでしたね。それじゃあやっぱり、まだまだ兄さんと一緒にいれますね」
★★★
めっちゃ長いです、ごめんなさい。
感想や☆やブクマなどしていただけるとすごく嬉しいです!!!
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