第5話 妹は甘えたい

「……それじゃあ聞かせてください。兄さんの体についてた女の人の匂いは誰のなんですか? 兄さんは今日、誰と一緒にいたんですか? 教えてください、兄さん」

 隣に座った僕のパジャマの裾をギュッと掴みながら、少し睨むようなそんな目で僕を見つめてくる。


「ごめんごめん、言うの忘れてた。今日はね、梓と一緒にいたんだ」


「……梓さん、ですか?」


「うん、梓と一緒にいたよ。ほら、いつもの神社あるじゃん。あそこでたまたま梓と会ってね、それで色々話してたんだ。別れたことの相談とか」


「なるほど、たまたま、梓さんと……へぇ……たまたま、梓さんと会ったですか……へぇ、ほんとにですか?」


「うん、そうだけど……ど、どうかしました、海未さん?」

 パジャマを引っ張る力が、海未の目線が段々と強く、深くなる。


「いえ、何でもないです。そうですか、梓さんと会ったんですか、あの匂いは梓さんの匂いでしたか……梓さんの匂い、べったり……そうですか、梓さんですか」


「う、うん、そうだよ」


「……兄さん、ホントの事教えてください」

 そう言った海未はギロっと睨むようにして一気に僕に身体を近づけてきたて。

 そのままぴたっと僕のほっぺに右手を添える……!


「……え、海未、どうしたの?」


「動かないでください、大事な話ですから」

 ポカポカと温かい梓の体温が手のひらを通して伝わってくる……でもそんな温度とは真逆に海未の視線は、声は冷たく僕の方を睨んでいて。


「兄さん、何してたんですか? 本当は何してたんですか? 帰った時に言ってくれなかったってことは何か海未に言えないことでもあったんですか? 本当に梓さんなんですか?」


「は、話してただけだよ。あ、梓が食べてたロールケーキ貰ったけど、それ以外は本当に何もしてないよ。本当に梓と話してロールケーキ食べただけ」


「本当ですか? ホントにホントですか? ホントに梓さんとですか?」


「うん、本当。色々話してロールケーキ食べただけ。それ以外何もしてないよ」

 ……ちょっと怖かったけど、海未の目をまっすぐと見ながら答える。

 こんな感じの海未は久しぶりだけど、でも大丈夫!



「そうですか……もう、そう言う事なら早く言ってください、兄さん。梓さんの匂いを忘れちゃってた私が恥かいちゃっただけじゃないですか。兄さんと同じくらい梓さんの事も大好きなのに匂い忘れちゃってて……本当に私の恥を増やしただけじゃないですか。ぷんぷんですよ、兄さん」

 僕の返答を聞いた海未の表情が強張っていたものから柔和ないつもの表情に戻る。

 そしてほっぺから手を離すと、今度はぷくーっと自分のほっぺを膨らませて、僕の肩を恨めしそうにぺしぺし叩く。


「アハハ、ごめんね。完全に忘れちゃってた、ごめんごめん」


「もう、ダメですよ兄さん、そんな忘れっぽいのでは。忘れっぽい兄さんはメ、ですよ。それに兄さんだけずるいです、私も梓さんと会いたいです。最近兄さんのせいで全然会えていないので久しぶりに会って色々話したいです」

 相変わらずほっぺを膨らませたまま、すねたようにそう言う海未。


 中学校の頃から梓と海未は仲が良かった。

 最初は僕繋がりで家で三人で遊ぶことが多かったんだけど、時間が経つにつれて梓と海未の二人で遊んでいるのも結構見るようになって、先輩後輩関係のない仲良しのお友達、という感じの関係になっていた……まあこの関係も梓と別の学校に行ったこととか僕が千尋と付き合い始めて梓と疎遠になったことで途切れてたみたいだけど。


 でもやっぱり海未も梓と仲良かったから会いたいみたいだな……あ、そうだ!

「それならさ、今度の土曜日梓とお出かけ行くんだけど海未も一緒に来る? 梓も海未に会えたら喜ぶと思うからさ、一緒にどう?」


「……おでかけ? 梓さんと二人でですか?」


「うん、今のところは。でも海未が来たいなら一緒に来ても……」


「いえ、残念ですけどそれには私はいけません。二人で楽しんできてください……そして兄さんはもうちょっと色々考えた方が良いと思います。梓さんなら私も手放しで応援できますし、もうちょっと考えてください」

 膨れていたほっぺを急速にへこめて、呆れたような声と目で僕を見る……あ、あれぇ? 喜ぶと思ったんだけどなぁ?


「……兄さんはそういう所が良いところですけどダメダメなところです。嬉しいですけど、嬉しくないです。それに私は土曜日用事があるですから。その日はダメな日です。いくら兄さんでもダメダメな日です」


「なんか言い方に棘があるなぁ……」


「可愛いバラには棘があります、当然海未にもいっぱいあるです、とげとげちゃんです。でも、梓さんとは会いたいですしお話したいのでまた昔みたいにお家に連れてきてください。梓さんと兄さんが仲良くするのは少し悔しいですが、嬉しいですし大歓迎ですから。だから絶対にお家に連れてきてくださいね」

 自称とげとげ妹海未ちゃんがそう言いながら複雑な表情で笑う。


 ……まあ、梓次第ではあるけど、多分家には来てくれるとは思う、海未も会いたがってるって言えばなおさらだし。


「会って色々話したいことがあるのでお願いしますね、兄さん」


「うん、わかった。梓にも言っておくね」


「はい、お願いします……ところで兄さんもう少し時間、大丈夫ですか?」

 そう聞かれたのでチラッと壁にかかった時計を見る。

 現在時刻は10時半、まだまだ元気な夜の時間。


「うん、大丈夫だよ。まだ寝るには早い時間だし」


「兄さん、夜更かしはダメですよ、健康に悪いです。早寝早起き朝ごはんが大事ですよ」


「ふふっ、10時半はまだ夜更かしじゃないよ。12時までには寝るから安心して」


「その時間もあまり安心できませんけど。でも時間があるなら良かったです。それでは兄さん、少し海未のお願いを聞いてくれますか?」

 クスクスと笑いながら、小さく首を傾げる。

 お願いか……可愛い妹の願いだ、聞いてやらないわけがないよ!


「ふふっ、ありがとうございます、兄さん。それじゃあ少し、失礼しますね」

 少しとろんとした声でそう言って、身体をぴとっとくっつける。

 そして頭を僕の肩に預けるようにコテンとのせて。


「……どうしたの、海未? 急に引っ付いてきて」


「……今日は少し、疲れてしまいました。でもまだ木曜日、明日も学校行かなきゃですから……だから兄さんに甘えさせてほしいです」

 僕の肩の上から心配そうな、悩まし気な上目遣いで僕を見る海未。

 いつもとは少し雰囲気の違う、ちょっと不思議な感じで。


「ダメじゃないけど……本当にどうしたの急に?」


「いいじゃないですか、たまには……私は兄さんの妹なんですから、兄さんに甘えたい時もあります。何も言わずに甘えさせてください、可愛い妹のお願いなんですよ」

 不満気に唇を少し尖らせる。

 もう、ホントどうしちゃったんだよ、急に……別にいいけどさ。


「えへ、ありがとうございます……それじゃあもう少しギュッとさせてください」

 そう言った海未はスッと僕の腰のあたりに手を伸ばして。

 肩に頭は預けたまま、腰回りに抱き着くような形で引っ付いてきて。


「……兄さんの色々、いっぱい感じちゃいます。兄さんの匂いとか、体温とか、腰の骨の出っ張りとか……えへへ、兄さん、兄さん♪ にーさん♪」


「もう、変なこと言わんといて。ちょっと恥ずかしいよ」


「もう、褒めてるんですよ、兄さん。それに兄妹なんだから気にしてなくて良いんです……ふふふっ、やっぱり兄さんといると落ち着きます。匂いも体も……全部落ち着きます、リラックスできます。やっぱり兄さんは私の兄さんです、一番です……えへへ、兄さん♪」

 スンスンと匂いを嗅いだり、頭をすりするしたり、腰の骨をコリコリしたりお腹をふにふにしたり……ご機嫌な海未ちゃんだ。


「もう、くすぐったいよ……でもリラックスできてるなら良かった。他に何かして欲しいことある?」


「え、他にですか、良いんですか? 何をお願いしてもいいんですか?」

 僕の言葉に目を輝かせる。

 ……なんか凄い期待されてるみたいだけど、そんなすごいことは出来ないよ?


「なんでもプライスレスなんで凄いことです……えっと、そうですね……兄さん、私の頭、撫でて貰っていいですか? 小さい頃みたいに、えらいえらいって褒めながら撫でて貰っても良いですか?」

 少し考えるように僕の腰をコリコリしていた海未が思いついたように、目を輝かせた楽しそうな上目遣いで言ってくる。

 そんな事ですか……お安い御用ですよ。


「もう、そんな事じゃないです、プライスレスです。玄関でも背中じゃなくて頭撫でてほしかったんですから……という事でお願いします、兄さん。海未の頭、ナデナデしてください」

 抱き着いたまま、「ん」と目を瞑って差し出された海未の頭を撫でる。

 柔らかくふわふわした髪質で……僕ともどもお母さんの髪質が遺伝してよかった、お父さんみたいにくせっけじゃなくて良かった。


「んふふっ、えへへ、気持ちいいです、兄さん……む、兄さん褒めるの忘れてます。無言じゃなくて褒めてください。海未はえらい、って褒めてください」

 気持ちよさそうに目を細めていた海未からの少しお怒りのお言葉。

 そうだ、褒めるんだったね。

 海未にはいつも色々してもらってるし、感謝の気持ち伝えようかな!


「あ、ごめんごめん。それじゃあ……海未はいつも頑張ってえらい! 家事に学校に色々頑張っててえらい!」


「えへへ、えへへ、そうですか、そうですか……ん~、兄さん、もっと褒めてください、褒めてください」


「いつもテストでいい点数取ってててえらい! 今日のチキン南蛮美味しかったよ、ありがとう! いつもお弁当作ってくれてありがとう! 僕の事、色々心配してくれてありがとう! 本当にいつもありがとう、海未は僕の自慢の妹だよ」


「ん~、ん~んんん!!! もう、兄さん褒めすぎです、照れちゃいますよ、えへへ顔が熱くなっちゃいます、兄さんの顔見れなくなります……でも、ありがとうございます、もうちょっとナデナデ欲しいです。兄さんのおっきな手で、海未の頭をナデナデしてギュッと包んで欲しいです」

 赤い顔を悶えるように振りながら、でも懇願するように僕を見つめてくる。

 わかった、今日は海未が満足するまで付き合いますよ。


「えへへ、ありがとうございます……大好きです、兄さん」

 腰をぎゅっと握る力がさらに強くなり、ピタッとさらに身体が密着する。





「海未はほんとにえらいよ~、ありがとね……あ、そうだ。海未さ、疲れてるんだったら、明日の朝ごはんとお弁当は僕が作るよ」


「んふふっ、兄さん、兄さん……って、朝ごはんですか? お弁当ですか?」

 頭を預けてふにゃふにゃしていた海未が、急に驚いたように顔をビシッと僕の方に向ける。


「うん、そうだよ。疲れてるんでしょ、海未は……そんな目で見ないでも大丈夫、僕だって料理くらい出来るよ、海未だって知ってるでしょ?」

 というかたまに海未とお菓子一緒に作ってるし。

 最近はご飯系で台所には立たせてもらってないけど料理は得意分野の一つだ。


「知ってますけど……ダメです。兄さんの手を煩わせるわけにはいかないです、兄さんが疲れるのはもっとダメです。私が明日もします、させてください」


「ダメだよ、疲れてるんでしょ? 僕は大丈夫だから、全然疲れてないから。だから明日は僕が作る、海未はゆっくり寝てて欲しいな」


「その優しさは嬉しいですけど……でもダメです、私がします。好きでやってることですので、兄さんに喜んでもらえるのが嬉しいからやってますので、私の好きなことの一つなので……だからダメです、私の楽しみの一つなので私がします」

 胸を叩く代わりに顎で僕の肩をぽんぽんつつく。

 そう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、でも……


「……でも学校で何かあったら大変だから。だから明日は僕が作るよ、作らせてよ!」


「兄さんのお弁当とか食べてみたいですけど……でもダメです、兄さんが疲れてしまいますから。だから明日も私に任せてください」


「ダメ、明日は僕が作る。海未はゆっくり休んでて」


「ダメです、私が作ります。兄さんこそゆっくり休んでてください」


「ダメ、僕が……」


「ダメです、私が……」


「僕が……」


「私が……」



 ★★★

 最近長いので明日は短めかもです。

 感想や☆やブクマなどいただけると嬉しいです!!!



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