第3話 自信もちなよ、もっと!

「私とデートしよ! 私とデートしてさ、そう言う悲しい気持ち、全部吹っ飛ばそうよ!」


「……え?」

 切れ長の瞳で、真っ黒に伸びるその瞳で僕の方を見上げる梓。


 えっと、デートってことは、僕はその……

「梓の荷物持ちをすればいいってこと? 梓の荷物持って、隙あらば何かを奢ればいいってこと?」


「そうそう私とデー……ん? ちょっと待って? なんてなんて、何をするって?」

 不思議そうに目を丸くしてそう聞いてくる梓。

 え、だって、デートって言えばそう言うもんでしょ?


「だってデートでしょ? 梓の荷物持ちとか欲しいものがあれば何かを買ってあげるような感じで。梓にずっと付き合う感じで。だって千尋とデート行くときはいつも……」


「あー、違う違う! ごめんね、慶太に悲しい思いはもうさせないから、思い出さないで大丈夫だから! そんなんじゃないよ……そうだ、デートじゃなくてお出かけ! 私と一緒にお出かけ行こ、って言う事だよ! ほら、昔みたいにさ、二人でどっかお出かけしない、って!」

 わちゃわちゃと手を振りながらそう言って、「ね?」と首を傾げる。


 なるほど、お出かけか……それは結構楽しそうかも。


「そうだよね、そうだよね。だからお出かけ行きましょう! ふふふっ、慶太はどこに行きたい? どこか行きたい場所はある?」


「え、僕の行きたいところ行ってくれるの? 大丈夫だよ、そんなの悪いよ。梓の行きたいところに僕が付き合うよ? そうじゃないと落ち着かないし」


「……ごめんね、そんな感じになっちゃうまで……ごめんね、慶太。もっと早く私がちゃんとしてれば……」


「え、どうしたの急に……? 僕は大丈夫だよ?」

 なんで急にそんな申し訳なそうになったの?

 大丈夫大丈夫、普段営業だよ? いつもこんな感じだよ?


「うん、ごめんね。大丈夫ならいいんだけどさ……それより、今回のデ、お出かけは慶太の慰めというか、元気になってもらうためのお出かけだからさ! だから慶太の行きたいところ行くのが目的なの、行きたいところ行って、二人で楽しんで、それで最後は一緒に……えへへ、慶太を私で元気にするんだ!」

 少し赤く色づいた顔をふるふる振りながら、そう言って僕の方をたるんだ笑みで見つめる梓。

 もう、お口ゆるゆるですわよ、だらしないですわよ?


「む、そんな事指摘しないでいいの。それにこっちの方が可愛いでしょ?」


「いや、梓はキリッとしてる方が良いと思うよ」


「え、ホント? そっちの方が可愛い?」


「可愛いというかカッコいいというか。梓はボーイッシュな感じだしカッコいい系が似合うと思うな」

 梓は顔も中性的な感じだし。

 お口を緩くするよりは、絶対にピシッとした方が似合ってる。


「えへへ、そう? 私はカッコいい方が似合うし、慶太も……む、それはそれでちょっと悔しいな! なんか……悔しいな!」


「梓は男装とかしたら結構似合うと思うよ? 執事とかそう言うの」


「ああ、もう追い打ちかけるな、悔しいと言ったろう! 別に褒めてくれる分には嬉しいけど……うー、もう! ハイハイこの話は終わり! 閉廷終点バーゲンセール!  とにかく慶太、行きたいとこ言ってよ! 慶太の行きたいところに明後日は行くんだから! 慶太の好きなところに私もついていくんだから!」

 聞いたことのないコンボを言いながら、投げやり気味にそう言う梓。


 いつの間にか明後日の土曜日にお出かけすることに決まっていた。

 まあ別に家でアマプラ見る以外の用事はないからいいんだけど。

 それより行きたいところか、行きたいところねぇ……いざ言われると、あんまり思いつかないというか、行きたいところかぁ……


「別にどんなところでもいいよ? 泊りがけで山登りしたい! とか温泉旅館でお泊りしたい! とかお泊りで大阪観光したい! とかそんなのでも全然大丈夫だよ! 私は慶太と一緒に遊べれば何でもいいから!」


「お泊りは無理だよ、学校もあるし。そうだね、行きたいところね……そうだ、動物園行きたい! 少し電車で行った先に動物園あったじゃん、ラクダとかキリンとかミニブタとかと触れ合えるところ! そこ行きた……あ」


「……どうしたの? 動物園行きたいんじゃないの?」


「いや、その……千尋に言われたこと思い出しちゃって。その……気持ち悪くないかな? 動物園行きたいとか、動物に触りたいとか言って気持ち悪くないかな?」

 梓も僕の趣味気持ち悪いとか思ってないかな?

 動物が好きとか、それと触れ合いたいとか言ったら千尋みたいに「気持ち悪い!」って言われないかな?


「……もう、慶太! もう……もう! ちょっと顔近づけなさい! 私の方に顔を近づけなさい!」

 おそるおそる顔をもう一度の梓の方に向けると、ぷくーっと顔を膨らませた梓が怒ったような表情で僕の方を見つめ、そう言う。


「か、顔? な、何するの?」


「良いから! 早く近づけて!」


「なんか怖いんだけど……わかったけど」

 怒り気味の梓に少し恐怖を感じながらも、とりあえず顔を近づける。


「……えいこら!」


「むぎゅっ!? ぎゅぎゅぎゅ!?」

 近づけた顔をまじまじと見つめた梓が僕の両ほっぺをむにゅっと強く、アッチョンブリケのような形に押し込む……!?


「はひ!? はひふふほははふは!」

 急に何するんですか、梓さん!? 

 何ですか何ですか、そんなめらめらオーラでどうしました!?


「むー、慶太! もっと自信もちなよ! そんな事誰も思ってないから!」


「はへ……はひ!?」

 めらめらオーラを携えた梓が僕の方をまっすぐ見つめながらそう言う。

 そしてさらにほっぺを強くギュッと押し込んで。


「慶太の事気持ち悪いなんて思ってないし、これからも絶対に思わないよ! 動物が好き? 動物と触れ合いたい? 素晴らしいことだよ、良いことだよ!」


「へも……」


「でもじゃない、でもじゃない! もっと自分に自信もってよ、慶太は優しくてカッコいいんだから! だからもっと自分に正直でいいんだよ!」


「あふは……」


「彼女さんに色々言われたかもしれないけど、それはもう忘れよ? もう一回、私と一緒に楽しいこととか好きな事とかいっぱいしようよ……ふふふっ、変な顔」


「はへほへいはほ……」


「ごめん、ごめん。もうやめる、ほっぺもちもちで気持ち良かったよ。それに……ふふっ、なんだか温かかった!」

 僕のほっぺを解放して、そうニコッと八重歯で笑う。

 何だかまだほっぺふにゅっとされてるみたいで違和感ある。


「はふ……もう、それ褒めてるのけなしてるの?」


「褒めてるよ、慶太のほっぺは良い感じ、って! それで慶太、明日は動物園行きたいんでしょ? ちゃんと自分で、行きたいって言える?」


「……うん、もちろん! 僕は動物が好きだから、動物園に行きたいです! 色々な可愛くてカッコイイ動物と触れ合いたいです!」

 梓のおかげで、また自信持って言えるよ、ありがと。


「OK、100点満点! それじゃあ他には他には? 他にはどこか行きたいところある?」


「えっとね、他には……猫カフェとか行ってみたいな! 猫ちゃんをモフモフしたい!」


「いいね、いいね! 私も猫カフェ行きたい、モフモフしたい! 猫ちゃんは最高にキュートだよ! 他にある、他に行きたいところある、慶太!」


「えっとね、他には……!」

 満面の笑みで聞いて来てくれる梓に、行きたいところを答え続ける。

 さーて、他には、他に梓といきたいところは……!



 ☆


「ふふっ、それでね、慶太聞いてよ! 私の友達がね……ってありゃりゃ、もうこんな時間だ。そろそろ暗くなるし、今日はお開きにしよっか!」

 隣でパーカーの紐をクルクルしながら興奮気味に話していた梓が時計を見ながらそう言う。


 口ではそう言ってるけど、顔とか声は名残惜しそうで……もうちょっと話してたいのはやまやまだけど、僕も遅くなりすぎると妹が心配するしここでお開きにするか。


「うん、それじゃあね、慶太……土曜日の10時半に駅前に集合だよ! 忘れないで、絶対に来てよね! 一緒にいっぱい楽しいことするんだから、動物園とか行くんだから!」


「わかってるよ、忘れないって。これまで僕が約束放り出したことありましたか?」


「それは覚えてないけど……でもどうかな? 慶太は結構忘れっぽいところあるし……ちょっと心配だからLIMEもいっぱいするよ! ちゃんと答えてね、未読無視はNGだよ!」


「忘れっぽくはないと思うけど……でもわかった。忘れないようによろしく頼むね」


「うん、任された! それじゃあ慶太、また土曜日に……」


「あ、待って梓。ちょっと待って」

 えへへと笑いながら夕焼けに向かって走り出そうとする梓を引き留める。


「ん~、何慶太? どうかした?」


「ん、ちょっとね」

 首を傾げる梓の近くにある自販機に走ってそこにお金を入れる。

 狙うはもちろんオレンジジュース。


「ジュース買うの待ってほしかったの? もう、慶太は寂しがり屋さんだね!」


「どういうことだよ、それ。それにちょっと違うよ……はい、梓。今日はありがとう!」

 ニヤニヤとからかうよに僕をつんつんする梓に買ったオレンジジュースを手渡す。

 これ、梓が好きなジュースのはず!


「え、私に?」


「うん、好きでしょ、なっちゃん? ロールケーキでのど渇いてると思うし、お飲みくださいや」


「え、そんないいよ、いいよ、悪いよ! 慶太が買ったんだし、慶太が飲みなよ! まだ暑いし慶太こそのど渇いてるでしょ?」


「僕は大丈夫。それにロールケーキ貰ったし、色々話聞いてくれたし、励ましてくれたし……だからありがとうの気持ちです! 受け取ってください!」


「一個の価値が違うよ、ロールケーキとは……喉は確かに乾いてるけどこんなちゃんとは受け取れないよ!」

 ひんやりとした感触とともにオレンジジュースが押し返される。

 でもでも受け取ってほしいから!


「もう、素直に受け取ってくれればいいから! 梓のために買ったの、だから受け取ってほしいな! これは僕の気持ちだから!」


「……もう、慶太そう言うとこだよ、ホント……ありがたく受け取りますけど!」

 夕焼けにむすっとした、でも嬉しそうな顔を反射させながら、梓がようやくペットボトルを受け取ってくれた。



「……それじゃいただきます」


「はい、お飲みください!」


「そう言う事いちいち言わなくていいの……んっ、んっ……美味しいけど、さっきみかん味の食べたからりんご味の方が良かったかも」


「アハハ、手厳しいですな、梓さんは」


「……でもありがと、嬉しいよ……途中まで帰る方向一緒だよね? 一緒に帰る? 私と一緒に帰りたい?」


「帰りたいかはわかんないけど……一緒に帰りますか!」


「むー……うん、一緒に帰ろ!」

 そう言っててくてくと歩き出す梓の隣を、ゆっくり歩く。



「んっ、んっ……ぷはっ……ふふふっ、やっぱりアップルジュースの方が良かったかも!」

 そう言って、夕焼けに照らされた顔に満面の笑みを浮かべた。



 ☆


「ただいまー」


「お帰りませ、兄さん。今日は少し遅かったですね、無事に帰ってきてくれてよかったです」

 梓と別れて歩いて数分、家に着くと、エプロン姿の妹―高梨海未たかなしうみが出迎えてくれる。


 抑揚の少ない相変わらずの声だけど、15年の付き合いで分かる、これは喜んでるときの声だ。


「もう、大げさだな、海未は。兄はいつもちゃんと帰ってきますよ!」


「そうですけど、少し心配ですから。連絡もありませんでしたし」

 抑揚は少ないけど、でも心配そうな声でそう言う海未。


 確かにうちの両親は現在太陽の国でアミーゴしてるから今は僕と海未の二人暮らし、僕がいなけりゃ海未は一人。

 高校1年生の女の子には心細いよね。


「ごめんね、これから遅くなりそうだったら連絡するよ」


「はい、そうしてください。そうしていただけると、私も嬉しいですから……スンスンクンクン……」

 安心した声を出した海未は、その勢いのまま抱き着くように僕の制服に顔と体をピトっと引っ付けてスンスンと匂いを嗅ぎ始める……!?


「ど、どうしたの急に? 僕の制服何か臭う?」


「いえ、そう言う……そう言う事知れません」

 そう言って怖い目つきで僕を見上げる。


「う、海未……?」


「……兄さんから女の人の匂いがします。メスの匂いがします」


「……え?」

 そう言う海未の目は相変わらず、怖いまま。


 

 ★★★

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 函館SSはシゲピンちゃん!



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