第2話 私とデートしよ!

「お~お~、辛かったの~、辛かったの~。でも大丈夫、私はどこにも行きませんゆえ……だから色々はなしてよ、慶太」

 隣にちょこんと座る梓がスイーツ片手に優しく微笑む。


 梓は中学校時代にこの廃神社で集まって遊んだ友人の一人で、その当時特に仲の良かった女友達の一人だ。


 一年生の時に席が右隣だったんだけど「なんで東海林とうかいりん高梨たかなしより早いんだ?」という勘違いから仲良くなって、よく遊ぶ友人の一人になって。

 今でもあれで「しょうじ」と呼ぶのはあまり納得していないけど、中学時代はこの廃神社で男女数人で集まって遊んだり、休日みんなで遊んだり……そんな感じのグループの中でも一番仲が良かったのが多分梓な気がする。


 1個下の妹とも妙に仲良くなってたから、僕の家で3人で遊ぶ、って言う事も結構多かった気がする。話の趣味というか空気がよく合うから話しやすいんだよね、梓は。


 高校は別々の高校になったけど、それでも僕と梓の個人的な交流というか、妹関連で家に来たりとかそう言う事は続いていて……最近は僕に彼女が出来たから、ってちょっと気を遣ったのかあんまり話す機会とか会う機会はなかったけど。


「はぁ? そんなこと言ったわけ、慶太の彼女は! 信じらんない、そいつ慶太の事全然わかってないわ……もぐもぐ……んっ、んん、ふう。全然慶太の良さわかってない、別れて正解だよ、そんな人とは!」

 そんな梓が僕の隣でスイーツをモグモグしながらぷくーっとほっぺを膨らませる。

 昔と同じボーイッシュな黒髪ショートヘアにスラっとした体形……やっぱり梓には結構なんでも話せちゃうな。


「やっぱりそうなのかなぁ? 別れて正解だったかなぁ……好きだったんだけどな、ずっと」


「正解だよ、絶対に。その、好きって言うのはそうかもだけどそんな好き勝手に悪く言う人とはいちゃダメだよ。慶太壊れちゃうよ、一緒にいたら。私だったら絶対そんなこと言わないし」


「でも実際僕が悪いわけだし、僕がちゃんとしてればそんな事には……」


「ああもう、悪くないよ、慶太は悪くない! そんなに自分を責めるな、もっと自信持ちなよ。慶太の優しいとこ、私は好きだからさ! ほら、これお食べ、食べたら元気出るよ! 元気の源スイーツお食べ!」

 そう励ましながら自分のスイーツ(ロールケーキ的な奴)を差し出してくれる。


「そう、ありがと。でもそれは良いよ、梓のおやつでしょ? 貰ったら悪いし、僕は大丈夫だよ、結構元気だし」


「いいの、食べてほしいの。他の人に味の感想とか聞きたいし。それにこれ全部食べたら凄い高カロリーだから、一つ慶太におすそわけ。ほれ、食べてみそ」


「ええ、本当に良いの? さっきから気になってはいたけど食べていいの?」

 僕の知ってるその商品は白色だけど、梓の持っているのはみかん色でなんだか可愛い感じ。実は最初からちょっと気になってた。


「もー、気になってたなら早く言いなよ! 遠慮せずにお食べお食べ! ほら、あーん」


「あーん……ってやめてよ、恥ずかしい。そう言うのは良いよ。手に乗せて、それで食べますから」


「えー、手に乗せたら汚いよ! だからほら、遠慮しないでさ。あーんしなよ、あーん」


「残念、今ハンカチで拭きました。だから汚くないです、ほら手に乗せてくれいだよ! はい、お願いします!」


「もう、慶太はつれないなぁ、ちょっとくらいいいじゃん! 彼女さんともこれくらいしてたでしょ? あーん、くらいしてたでしょ?」


「……した記憶ないかも、そう言う事」


「あ……ご、ごめん。なんかごめんね……はい、これが梓ちゃんおすすめ、ラウソン新作のみかんもちロールケーキだよ! 味わってお食べ!」

 少し暗くなってしまった空気を誤魔化すように、テンション高く梓が僕の手の上に置いてくれたロールケーキを口に運ぶ。


「どう? どう? 美味しい?」

 もちもちの生地とみかん味の生クリームがうまくマッチしていてそれでいて甘すぎず酸っぱすぎずでいい塩梅のバランスでまとまっていて。


「うん、美味しい! 抹茶味とかもあったけど、僕これが一番好きかも! これはみかんとコンビニスイーツ界隈に革命が起きるよ!」


「でしょでしょ、美味しいでしょ! 革命起こしちゃいますか、私の力で!」


「ふふっ、それどういう意味?」


「そのまんまの意味だよ……ふふふっ、ふふふっ」

 突然、梓が僕の顔を見て笑い始める。

 楽しそうに、おかしそうに笑い始めて。


「……どうしたの? 顔にクリームでもついてる?」


「あ、ごめん、違うよ……慶太凄くい笑顔になったと思って。さっきまでの死んだような顔が嘘みたいに、良い笑顔になってくれたな、って」


「……え、そんなに?」


「そんなにだよ。慶太のチャームポイントのえくぼもくっきり見えるし、可愛い笑顔になってるよ……ねえ、慶太元気出た? 悲しい気持ち、楽しい気持ちで塗り替えられた?」

 僕を覗き込むようにそう言ってニヤッと微笑む梓。


 ……もう、それはもちろんですよ。

「うん、元気でたよ。ありがと、梓。まだちょっと悲しい気持ちは残ってるけど」


「えへへ、そっか! ふふ~ん、梓ちゃんのおかげで元気出ましたか、慶太君は! 梓ちゃんのおかげですか!」

 エッヘンとスレンダーな体を目いっぱい大きく張って……なんかこんな自信満々だと逆に認めたくなくなっちゃうな。


「ふふっ、梓のおかげってよりは梓がくれたロールケーキのおかげかな?」


「もう、そんなこと言って! 素直になりなよ、私のおかげでしょ~?」


「ううん、ロールケーキのおかげ。みかんの甘さと酸っぱさが僕の元気を引き出してくれたよ!」


「むー、もう! ほんと素直じゃないね、慶太は! スイーツの最後の一個、あげようかと思ってたけどもうあげません! カロリーは気にしません、梓が食べます!」


「え~、ちょうだいよ~。僕の元気の源のみかんロールケーキ、もう一個ちょうだい?」


「も~、この期に及んで! 絶対にあげないからね、私が買ったもんだし! これは私のみかんロールケーキちゃんだし! 絶対にあげなーい!」


「ごめん、ごめん。僕が元気が出たのは梓のおかげでありますよ!」


「今更もう遅い! それに演技っぽいよ、ちょっと! だからもうダメで~す、いただきま~す!」

 みかん色になった舌をペロッといたずらに出しながら、最後の一個を口に放り込む。

 チャームポイントのクリームまみれの八重歯がチラッとのぞく。


「う~ん、やっぱりみかん味は最高だねぇ! ふわふわもちもちで甘くて酸っぱくて……最後の一個ってのも美味しさを引き立ててるよ~! あ~美味しい!」


「なんか嫌味っぽいなぁ、言い方が。もとから梓のだからいいんだけどさ」


「ふふふっ、慶太が素直にならないのが悪い! 未来は手の中、スイーツは胃の中だったのに……ふふっ、惜しいことしたね、慶太は! う~ん、いけませんいけません! 美味しすぎます!」

 ん~、と嬉しそうにほっぺを抑えながら、ニコニコ笑顔でロールケーキを頬張る梓。


 ……本当にありがと、梓。

 おかげですごく元気でたよ、相当切り替えられた。

 暗いままの世界をちゃんと元の世界に戻すことが出来た。


「……何、そんな見て? 口の中でぐちゃぐちゃになったのが欲しいの?」


「いらないよ、そんなの汚いなぁ。そうじゃなくて、ありがと、って思って」


「ふふっ、何それ、変なの……ふふふっ」

 言葉とは反対に楽しそうにニマっと口角を上げる梓。

 そのほっぺは少し色づいていて。


「……梓、ほっぺにクリームついてるよ。ほっぺ、黄色くなってる」


「え、ほんと……あ、ホントだ。ありがと、慶太! でもでも、そういう時は何も言わずに拭き取ってくれた方が、女の子としては嬉しいかもだよ!」


「そんなキザな事出来ませんよ、僕には」


「そうだよね、慶太には出来ないよねぇ……彼女さんにもフラれたし!」

 おっと、急にきついこと言いますね、梓さん。

 確かにそのようなこと言われてフラれたような気もしますけども!


「アハハ、ごめんごめん……あのさ、慶太さっきまだ少し悲しい気持ち残ってる、って言ってたよね?」


「言ってたけど……急にどうしたの?」

 その話はさっき完結したんじゃ。

 もう終わった話だと思ってた。


「うん、掘り返すようで悪いんだけどさ。あのさ、まだ落ち込んでるんだったら……私とデートしよ! 私とデートしてさ、そう言う悲しい気持ち、全部吹っ飛ばそうよ!」


「……え?」

 切れ長の黒い瞳で僕の方を見上げながら、言葉と裏腹な心配そうな声で、梓がそう聞いてきた。



 ★★★

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