思い出の場所で
この2週間ほど。めっちゃ大変だった。人生でも特に忙しい時間だったという確信がある。
人生で初めてのピアノに始まり、京香さんに頼まれて様々なオブジェクトをデザイン。そして制作した。狐のお面、和傘、カフェのテーブルに敷くナプキンなどなど。わりと楽しかったのだが、同じぐらいの度合い疲れた。
言わずもがな、ピアノの練習は特に疲れた。何故かピアノを弾ける京香さんの指導の元、2週間でかなりの分量を詰め込んだのだ。
結果として、まあまあの出来で指定された音符を叩けるようにはなった。まだ心太さんみたいに深みのある音は出せないけど、自分としてはよく頑張ったと褒めてやりたい。
それとはまた別進行で、メッセージを込めた手紙も描いた。手紙というか絵だが。
はたして心太さんは、私が込めたメッセージに気がつくのだろうか。
「まあ気がつくでしょ」と京香さんは言ってたが、少し心配している。というかドキドキしているに近い。
込めたメッセージはシンプルだ。指定の時間、思い出の場所で会いたい。それだけである。
その際にボディーガードを務めてくれる颯斗さんも、素気なく「大丈夫だろ」と言っていた。私より心太さんを信用しているのでは? と思わず感じてしまったぐらいだ。
恋人の私が信じなくてどうするのだ。そう思い直し、私も心から信用することにした。
そしてやってきた当日。今日は文化祭1日目らしく、京香さんは偵察と支援を兼ねて心太さんの高校へと向かった。
一方、私と颯斗さんは時間になるまで家で待機している。
普段はそんなに多くは話さないし、シリアスな面を見たことのなかった颯斗さんと2人きり。結構気まずい。
私がこれまで見てきた颯斗さんは、かなり明るい雰囲気をまとっているノリの良い御人である。それとのギャップが凄まじい。こんなシリアスな雰囲気をまとえる人なのかと、少し驚いているぐらいだ。
それだけ真面目に。そして真剣に私を助けようとしてくれているのは伝わっている。ただ、その理由は聞けていない。
出発の1時間前になったところで、私はようやく重い口を開いた。
「あの、颯斗さん。どうして颯斗さんと京香さんは、ここまで私を助けようとしてくれるんですか?」
「……恋人と無理やり引き離された際に生まれる、阿鼻叫喚の地獄を生み出す修羅を見たくないからかな」
まるで、そんな地獄絵図を見てきたかのような発言。
ただの楽天家だと失礼ながら思ってたのだが、どうやら違うらしい。
「なんせ、恋人と引き離された反動で、小学生すらもエグい修羅に化けてしまうんだ。あれだけ一途な心太くんと心愛ちゃんなら、それこそ悪魔に変貌しても不思議ではない」
裏世界でも渡り歩いてたのだろうか、彼は。颯斗さんの言葉の節々から、普通の人とは明らかに異なった世界で過ごしていた雰囲気を感じた。
……いや、深入りは無用だ。下手に刺激をしない方が身のためだろう。いつ藪から蛇が出るか分かったもんじゃない。
軽く頷いて納得した素振りを見せると、私は立ち上がって外へ出る準備を始めた。
「ああ、これだけは言っておこう。君たちのカップリングは美しい。眩しいぐらいにね」
「……運命、ですから」
さあ、そろそろ行こうか。待ってくれているであろう、最愛の人の元へ。
颯斗さんの運転する車に乗り、私たちが出会ったあの公園に向かう。
運転が上手なのか、スルスルと他の車を追い越すような形で道を走り抜けた颯斗さんの駆る車は、予定よりも少し早い時間で公園に到着した。
居ても立っても居られないなくなり、止まった瞬間に私は外へ出て走る。かなり勢い良く車の戸を閉めたことを、颯斗さんは特に咎めなかった。
「心太さん!」
彼は、確かに立っていた。私たちが出会ったあの場所に。
狐のお面を手にした心太さんは振り返ると、少しだけ微笑んでくれた。
迷うことなく彼の胸元に飛び込む。
少しだけ瞳の色を失っていて、頬もほんのり瘦せている。それ以外は、前の心太さんと変わりなかった。
「ああ、良かった。間違ってなかった……」
今日はとても強く抱きしめてくる。何か、あったのだろうか。
聞こうと思ったが、すぐにそれは止めた。心太さんが肩を震わせているのが分かったから。
ちょっと苦しいけど、嫌ではない。可能な限りで、私も強く抱き返すことにした。
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