私は隠し味

「さて、改めて説明をするね!」


 流されるがままに京香さんの家に連れ込まれた私は、いつにもなく真剣な表情の京香さんを眺めるしかできない。


 どうやら、これから心太さんが起こす反攻作戦? の説明をしてくれるらしいのだが。そもそも反攻作戦って何だろう。


 てか、何で心太さん? 私は関係あるの?


「心太くんが名倉詩織に『自分たちには手出しが不可能』と思わせるための作戦だからね。成功すれば、連鎖的に心愛ちゃんへの魔の手も引っ込む」

「そ、そうなんですね」

「そしてこの作戦。彼は何も言ってなかったけど、私はこう考えている。心愛ちゃんの協力が、作戦の明暗を分けるって」


 いやもうあれだ。話が飛躍しすぎて頭が追いつかない。


 頼むからもっと現実的なお話をしてもらいたい。こんな漫画や小説でしか見ない展開、どう足掻いても頭がおかしくなる。


 私の将来を左右する大切なお話なのは分かる。分かってるよ。でもさ、限度ってあるじゃん?


 そんな私の心の叫びはつゆ知らず。京香さんは話を続ける。


「心太くんは名倉詩織との連弾を仕組み、そこで心を折る作戦に出た。でも……」

「でも、何ですか?」

「名倉詩織ってのは、界隈で知らない人は存在しない超一流のピアニスト。実力差が大きすぎるの。それで心を折るなんていうのは、夢物語にも程がある。逆に心太くんが心を折られてもおかしくない」


 相手は幼い頃から英才教育を受け、さらに驕ることなく努力を積み重ねた天才。


 対する心太さんは、ピアノ歴だけ見れば引けを取らないが、実力や経験の差は確かに大きく開けられている。


 悔しいが、それが現実だろう。もしも響くんの力を借りたとしても、まだ1歩及ばない。そんな気がしてならない。


「そこへ心愛ちゃん。貴女が助太刀に入るの」

「私が、ですか」


 頷いた京香さんは、カバンからそれなりの量がある紙束を取り出す。


 よく見てみると、それは楽譜であった。


「心愛ちゃんにはこれから2週間。この楽譜の中で丸が付けられてる音符を、タイミング良く奏でる練習をしてもらうよ」

「え、ピアノ弾くんですか。私が?」


 マジで? と思わず聞いてしまいそうになる。


 たかが2週間の練習が何になるのだろうか。焼け石に水であろう。


 しかし、そう思っている私とは裏腹に。京香さんは、どうしてか勝ちを確信している顔をしていた。


「心愛ちゃんが、心太くんとピアノを弾くことに意味があるの」


 分からない。私には、さっぱり分からない。


 心太さんの隣に座って。そして同じ鍵盤で、何か曲を弾いてみたい気持ちは前々からあった。その望みが叶えられるかもしれないのは、シンプルに嬉しい。こんな状況でなければ。


 だが、私に何か妙案があるわけではない。疑問を持ちつつも、ピアノを触ってみる以外の選択肢を取る気にはなれなかった。


「……分かりました。どのぐらいの完成度になるか未知数ですけど、やるだけやってみます」

「よし、それなら早速練習だね! まずは音階を書き込もう!」


 心太さんという料理を完成させるための隠し味。それが私。そう考えよう。


……それにしても、楽章ごとに振られている題名がセンスの塊だ。流石は心太さん。


第1楽章 心の雨


第2楽章 暁月


第3楽章 永久の階段


第4楽章 曙


第5楽章 幽夢の奏者


「ホント、粋な人。ふふっ……」

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