勝利への奇策はここに

 考えるには考えた。しかし、結局あの後にこの問題を解決できる妙案は浮かばず、凜は文化祭準備を手伝うべく学校へと戻ったし、僕は咲良お姉ちゃんの手伝いをするしで一気に忙しくなった。


 生まれて初めてのバイトは中々にハードだ。かなり街から外れた場所に位置してるのに、どの時間帯も一定数以上の人がやって来ている。


 僕はウェイターとして手伝ってたのだが、半日とちょっとでもう強烈に気疲れしています、はい。


「これ、毎日1人で回してるんですよね? 凄すぎますよ……」

「慣れよ慣れ。それよりもはい、夜ご飯どうぞ」

「わあ、オムライスだ。って、ケチャップで桜が描かれてる」


 そんな忙しく疲れる日も終わりが近付いている。


 店は閉店の作業を終え、僕は咲良お姉ちゃんが作った夜ご飯をパクついていた。


 散りゆく夜桜を眺めながらの夜ご飯。中々に乙なものだ。こんな状況でなければ、もっとこの景色を楽しめただろうに。


「で、どうするつもり? 相手がかなり厄介だから一筋縄ではいかないと思うんだけど」

「そうなんですよ。名倉さんはピアノ界隈では超有名人で、お家柄もかなり有名な大富豪と完璧に近い。彼女がその気になれば、全部お金で解決できてしまう。だから奇策中の奇策を考えないとです」

「そうは言ってもねぇ。奇策でしょ? お姉さん、そんな大それた奇策は簡単には思いつかないな」


 それは僕も同じだ。


 口で「無理だ」だの「やめろ」だの言っても意味がない。それは先日体験した。何が何でも僕を手に入れるつもりなのだ、名倉さんは。


 マジで凛を呼ばなかったら危なかった。凜がいなければ、あっという間に屈強な男たちの手によって連れ去られただろう。


「絶対条件は、名倉さんの親の力を使えない状況にすることです。ご両親の力を使われたら面倒極まりない。名倉さん対僕の構図を何とか作らないと」

「加えて、心愛さんだっけ。その娘も助けないとだったよね」

「そこは最悪の場合、心愛の問題は彼女自身で何とかしてもらわないと。流石に向こうにまで手が回る気がしない……」


 彼女は名だたるピアニストだから、きっとプライドが高いだろうと僕は予想している。そこを何とか突ければ可能性はゼロではない。


 まあ、それが尋常じゃないぐらい難しいんだが。弱点突くのもそうだし、まずそれを突ける状況自体を作るのが難しいのである。


「交換条件を付ければ確率は少し上がるかな? 負けたら貴方の言う通りにします的なやつ」

「交換条件を出せば確実に食いつくとは思います。問題は、どうやって勝負の場を僕ら側でセッティングできるか。アウェイの地で勝ったとしても、勝利という事実を捻じ曲げられる可能性を拭えないです」


 例えば贔屓採点。例えば勝利そのものを無効化。何でもある。


「……あれ、凜から電話だ」


 どうにかならないか。そう思って頭を悩ませていると、不意に凛から着信が入った。


「もしもし?」

『おう、心太か。文化祭の準備中に変わった提案があったんだがな。後夜祭の個人発表でお前のピアノ演奏を披露しないか? ってさ』

「僕の演奏を、だって? 何で僕なのさ」

『単にクラスで1人は個人発表をしないとダメっていう、クソみたいなルールがあるからな。その犠牲に心太が選ばれそうになってるってことさ』

「うわひっどいな。これは徹底的に抗議を……いや、待てよ?」


 これ、上手く利用できそうではないだろうか。


 咄嗟に浮かび上がったアイディアを逃さないように何とか掴み取ると、僕は考えを一気にまとめて整理する。


「……凛。その案、通しておいてくれる? 何が何でも」

『おう、それは構わないが……何か名案でも浮かんだか?』

「ちょっとね」


 本当にこれしかない。逆転のための奇策は、これ以上はあり得ないだろう。


 これは単なる予想だが、名倉さんも個人発表でピアノを演奏するはず。あれだけ名が立ってるのだから、特別枠で発表時間を確保している可能性だってある。それを何とかして利用すれば、僕の勝利が僅かながら見えてくるのだ。


 そのためにはまず、あの楽譜を連弾仕様にしなければなるまい。


「逆転できる奇策が見つかった。多分、成功すれば勝てる」

『そうか。なら、その奇策は後で詳しく聞かせてくれ。ちょっと叩かなければならないバカが見えたんでな』


 そう言って通話を切った凛。本当に彼は巻き込まれ体質だ。


 さて、光は僅かにではあったが見えてきた。今すぐにでも動き、その光をもっと大きくするべきだろう。


「咲良お姉ちゃん。どこか部屋を借りても?」

「それは良いけど、何するの?」

「戦う準備を、です」


 さあ、今日から忙しくなるぞ。寝不足も辞さない。


 心愛と一緒に過ごす日々を守るためなら、寝不足ぐらいいくらでも乗り越えてやろうではないか。

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