桜の防壁
あの後、少し遅れて来た凛と合流した僕は、そのままネットカフェに一泊した後に電車へ搭乗。始発電車と共にある場所まで逃げた。
どうやって逃げたのかを聞いたのだが、彼はニヤリと笑って僕に問うた。
「本当に知りたいのか?」
僕は聞くのを諦めた。どうも触れちゃいけない気がしたのだ。
家には帰らないので、当然ながら親には連絡を入れてある。
「命の危険を感じているから身を隠す」と。
山のように鬼電が電話に来ていたが、僕はその全てを無視した。一々全てに応えるほどの余裕、こっちにありはしない。
さて、僕が逃げ込んだ先。そこは……。
「と、いうことで少しの間頼みますよ。咲良お姉ちゃん」
「いやもっと説明をしっかりしてよ。命の危険を感じるって何事? 警察は?」
咲良お姉ちゃんが経営するお店である。ここならば、取り敢えず受け入れてくれるだろうという確信があった。
いきなり来訪。しかも、変な人が寄り付かないよう物騒な雰囲気を隠していない凛との来訪に、流石の咲良お姉ちゃんも驚いてはいたが、すぐさま追い出そうとはしていない。
「俺からも頼む。このままじゃ心太が危ない。主に貞操と彼女さんとの関係性が」
「詳しく聞かせて」
貞操という言葉に対して強烈に反応した気がするのだが、きっと気のせいだろう。
凛が事情説明をしてくれている間に、僕はスマホを取り出して心愛が送ったメールを目に通す。
心愛からは「無事ですか?」と来ていた。それも昨夜に。
彼女は僕に何が起きているのかを知らないはず。それでもメールをしたのは、虫の知らせでもあったのだろうか。それとも、恋人の危機をテレパシーで感じ取ったか。
何にせよ、彼女は何か嫌な予感を感じ取ったに違いない。
『何とか生きてる。心愛は?』
時刻は午前9時過ぎ。メールがすぐに返ってくるには遅い時間なため、一旦携帯の電源を落として会話の輪に加わろうとする。
だが、一瞬で既読がついたので目を離そうにも離せなくなった。
『良かった。どこにいます?』
これ、言うべきなのだろうか。身を隠している状態で、簡単に居場所を知らせるのはいかがなものか。
『身を隠してる。心愛もか?』
『はい。実は……』
心愛からメールで伝えられた内容は、おおよそ名倉さんが話した内容と同じであった。
違いと言えば、彼女が居候するはずの人間が屈指のゴミカス野郎ってことだろう。それ以外は同じだ。
フランスへ突如行く話をされたこと。国立美術大学からいきなり入学の誘いが送られたこと。そして、両親は心愛がフランスへ行くことを、絶対に断らないと思っていたということを。
『でも、絶対に嫌なんです。心太さんと離れたくない……』
くそう。こんなヤバい状況だってのに、心愛ときたらめっちゃ可愛い。
世界的な国立美術大学からの誘いより、僕との時間を大切にしようとする彼女の姿勢。正直に言おう。惚れ直した。
心愛へ対する強烈な愛の気持ちが溢れそうになるのをどうにか抑え、僕は最後にメールを打ってスマホの電源を切る。
『取り敢えず、解決するまではお互い身を隠そう。潜伏場所は誰にも言わないこと。良いね?』
いつ、どこからこのメールを逆探知されるか分からない。打てる手は全て打ち、少しでも考える時間を稼ぐ。これが肝要なのだ。
時間さえ。時間さえあれば、解決に繋がる糸口を発見できるかもしれない。
「心太くん、事情はそこの凛さんから全部聞いたよ。大変だったね」
「ああ、それはまあ……」
この短い時間で事情説明をしてくれた凜には感謝だ。
「滞在は構わないよ。でも、ずっとここに滞在するつもりではないんでしょ?」
「ええ。僕の身に起こってる問題。そして心愛の身に起こってる問題。両方をなるべく同時に解決しないと」
「俺も協力する。文化祭の準備を手伝うからずっとはいられないが、来れる日には絶対に来るからな」
心強い仲間と共に、僕はこれからについてを考えるのだった。
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