私には彼だけ
さてさて。人間らしい感性と感情を手に入れたことで、普通に楽しいと感じられるようになった大学生活。毎日が充実していると実感している。
京香さんと颯斗さんが「心愛ちゃんは無愛想な冷徹人間ではないよ!」と触れ回ったこともあり、今では何人か友だちもできた。京香さんしか友人がいなかったので、数人に囲まれて色んな話をするのは新鮮だ。
だがその一方で、少し前よりも困ったことが増えた。
「あの、心愛ちゃん! 私に彼氏の作り方教えてくれない?」
「他所当たってくださいよ……」
2人が彼氏持ちのことも言ったので、私に彼氏の作り方の教えを請う人が急増したのである。
知らねえよこの野郎! 自分でそのぐらい考えろクソッタレ! と声を大にして言いたい。とても言いたい。我慢してる私を誰か褒めろ。
なんでも、まだ高校生に相当する年齢でしっかり男を作ったのが。それも、考え方によっては超優良物件を捕まえたことが、一部の人に深く尊敬をされているらしい。
付き合うに至るまでの経緯もロマンチックだとされていて、何度も「理想の出会い」と言われている。
「心愛ちゃんの彼氏さんにも会ってみたいなぁ。色々聞いてみたい」
「……聞いてどうするんです?」
「私も素敵な彼氏を作る!」
「絶対役立たないですよ。あれ、心太さんじゃなかったら成り立ってないと思います」
超特殊な状況下で、ひたすらに最適解を導き出していた心太さん。きっとあれは、響くんの魂を色濃く受け継いだ彼でなければ不可能だっただろう。
てか、心太さんを大学の友人には会わせたくない。その時間、私が彼を独占していたい。それに取られたくないし、変な話されたくないし……。
と、まあ女性陣からの絡みのお悩みはこんな感じだ。これから話す、もう1つの悩みと比べれば可愛いものである。
さてさて、もう1つの悩みなのだが……。
「絶対そんなやつより金持ちで実績もある俺の方が良いって!」
「心愛ちゃんを幸せにできるのは、世界的にも評価されてる芸術家だけだ」
……これだ。
自慢ではないが、私はこの大学でも屈指の有名人だ。大学へ入学した経緯が特殊なので、それも当然のことである。
それに、私は天才絵描として身に余るぐらいの評価を世界から受けている。私と何らかの繋がりを作り、自分のことも評価してもらいたいと画策する人間は多い。
そして、その比率は男が圧倒的に多い。自分こそが私の彼氏に相応しいと盛大に勘違いする、野生のサルにも知能が劣るバカが。
どんなに私が「心太さんは素晴らしいピアニストだ」と触れ回っても、有名人ではない彼を即座に認める人は少ない。女性陣は意外と口を挟まないのだが、男はそうもいかないのである。非常に面倒くさい。
一も二もなく心太さんを認めたと思われる男性は、今のところ颯斗さんただ1人である。
「人の恋路を邪魔するバカ共は潰す」と、仄暗い笑みを浮かべながら語る颯斗の頼もしさったら半端なかった。あと、それをニコニコと見る京香さんがシンプルに可愛かった。
理解者が少なからず存在することで私の精神は安定しているが、この均衡もいつ崩れることやら。折角、人間不信が落ち着いてきたのに、このままじゃ男性不信になりそう……。
あ、心太さんは別腹だよ!
「はあ、心太さんに会いたい……」
「あらあら、すっかり疲れちゃってるね」
こうして京香さんに愚痴らないとやっていけない。
数日会えてないだけでこれだ。遠距離恋愛なんかしようものなら、あっという間に私は気を病むだろう。
ここ最近は家でも課題に追われ、心太さんと会うことも、何ならマトモに連絡することもできなかった。
毎日会いたいとまでは言わないが、せめて週末には会って彼に甘えたい。この気疲れを、心太さんの演奏で吹き飛ばしてもらいたい。
「会いに行けば? 今日はこれで講義終わりだし」
「……そうします」
しかしどこで会おう。
うむむと少し考えた後、私はとあることを思い出した。
心太さんは、よっぽどな異常事態が起きなければ、毎日通っている学校の近くにある公民館でピアノを弾いている。それを思い出した私は、いそいそとメールアプリを開く。
『普段使ってる公民館の場所を教えてください』
『公民館? どしたの急に』
ノータイムで返信が来たことに胸を弾ませつつも、私はスマホの画面を叩く。
『会いたいんです。公民館で』
『そか。んじゃ地図送っとくね。今日は6時間目まであるから、僕が公民館に到着するのは4時半ぐらいになるよ』
「了解です……っと」
さあ行こう。心太さんへ会いに。
京香さんと別れると、私は荷物をまとめて送られた地図に記された公民館へと向かうのだった。
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