心奥の暁

 普段よりもテンションの高い京香さんが隣にいるからなのか、私も普段にはないテンションの高さのまま講義を進めていく。


 いつもだったら聞き流すだけの教授のお話も、京香さんと共にあーでもないこーでもないと言いながら聞いてみると中々に楽しかった。


「楽しい」という感情を胸に秘めてると、時間が経つのはあっという間で。気がつけば、今日最後の講義の時間になっていた。


 最後の講義は実技科目だ。教授が提示した課題を、90分の間にペアで絵を描き上げて提出する。


 ちなみにペアは、その講義当日に教授が雑に決める。美大生は基本的に真面目なので、小学生みたいな面倒事に巻き込まれる心配は少ないのだが、対人が苦手な私にとっては最悪クラスの相性の講義であった。


 しかも、私は大学内では「天才」だの「神童」だの噂され、ペアになった人は萎縮しっぱなしで作業にすらならない。


 幸い絵さえ完成すれば単位はもらえる講義なので、私はしょっちゅう1人で絵を描き上げて提出していた。


 しかし今日は違う。プラスの感情に満ち溢れてるので、誰と組んでも真面目にやれそうな気分なのだ!


「今日のペアは……あの人か」


 番号で振り分けられた人の隣の席に私は座る。その人に、私は見覚えがあった。


「あ、京香さんの彼氏さんじゃないですか」

「ん、おお! 今日は君か! 彼氏できたって京香から聞いたぜ?」

「……ええ、まあ」


 京香さんの彼氏さんとペアにされていた。


 この人とはこれまでほぼ話したことがない。というのも、京香さんと同じくグイグイくるタイプの人なため、話していると気圧されがちになってしまうのだ。人見知りな私にとって、グイグイくるタイプの人間は苦手な部類に位置する。


 だが、今日の私は違う。最初から無理だと遠ざけはしない。


……なるべくね!


 今回ペアである京香さんの彼氏さん。名前は颯斗さん。京香さんと同い年であり、彼女以上の活発さを持っている人だ。


 それは誰に対しても変わらないようで、しょっちゅう彼の友人に冗談半分でどやされてる。もはや風物詩。


「今日の課題は『暁』ですか」

「人物画じゃないのキッツイなぁ。こいつは面倒だ」

「……構想と下描きまでは私がやります。貴方は色付けと仕上げを」

「分かった。任せるよ、神童さん」


 短い時間で絵を描かないといけないので、2人で早いところ構想を練ってペンを握らなくてはならない。


 幸い、私は人の形ではない絵を描くのは得意だ。美しい日本の景色を何枚スケッチブックに記してきたことか。


 特技である早描きと高速構想錬成を駆使し、ガリガリともの凄い音を鳴らしながらペンを走らせる。


「いや音えっぐいし描くの早すぎね!?」

「ちょっと黙ってて」

「あ、はい!」


 暁。まあ夜明けと言えば早いか。それを表現するための脳内ボキャブラリーは豊富にある。選択が可能な限りチョイスを行い、イメージ通り紙に文字通り叩き出せば私の役目は終わりだ。


「はい、後は頼みます」

「お、おう!」


 時間にして7分弱で、私は色塗りとブラッシュアップ以外の全ての工程を終了させた。これで私の役目は終わり。残りは颯斗さんに任せようではないか。


 完成を待つ間どうしようか。それを考えるため、何んとなしにスマホを取り出して電源を入れる。


 すると、まるで見計らったかのようなタイミングで心太さんからメールが届いた。


『ごめん、心愛が写ってる写真あるかな? 友人に彼女の写真見せやがれこの野郎って言われて……』


 思わず吹き出す。きっと彼は、焦った状態のままメールを打ち込んだのだろう。友人さんが発した言葉をそのまま文にしている。


 可愛い。あんなにも超然としていて、儚さと精悍さを兼ね備えているのに。時折見せる、人間臭い仕草がたまらなく可愛いのだ、彼は。


 適当にギャラリーを見て写真をいくつか直感でチョイスし、ノータイムで送ったのちに文を打ち込む。


『急に可愛いとこ見せて、また私を惚れさせる気ですか?』


 カッコよくて可愛い。最強だろこの人。


 この前はペースを握られっぱなしだったし、今日ぐらいはからかって彼を盛大に焦らせるのも面白い。


『そうじゃないからね? 普通に友人からの催促があっただけだからね?』


 思ったことをそのまま文にしてるのが非常に分かりやすい。メールを打ち込む際の表情なんかまで容易に想像できちゃいそうだ。


 クスリと笑ってスマホをポケットに入れた。色塗りと適当なブラッシュアップだけ任せた彼の仕事は、多分そろそろ……。


「お、終わった……」


 疲労困憊な様子だが、しっかりと完成させられたらしい。


 軽く息を上げるほど疲労してるのだが、本当に大丈夫なのだろうか?


「色塗る場所多すぎだろ……」


 そのぐらい当然ですよ。なんて軽率には言えない私であった。

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