人間臭い神さま
静寂が私たちを包む。優しくではなく、冷たく。
駅までの道に電車、そして家路。一言も私は発せなかった。
初めてだった。あのキスは、人生で初めてのものだ。それを、心太さんは最高の形で終わらせてくれた。
「っ……!」
顔の赤面が収まらない。ファーストキスの際に投げかけられた言葉を一言一句間違わずに脳内再生し、その度に悶絶しそうになる。
唯一の救いだったのは、押し黙ってる私のを、心太さんが一切文句言わずに連れ添ってくれていることだ。
家路を歩いている時も、心太さんは私の手を優しく握ってくれている。
その優しさが心地良いと共に、痛かった。
勇気を振り絞ってようやっと言葉を口にできたのは、もう私の家の前にまでやってきてからのことである。
「あの……」
「うん?」
「まだ、離れたくないです」
私の家は一軒家。マンションとは違い、共用エントランスや階段、廊下といったスポットが存在しない。代わりにあるのは、基本開けっ放しのガレージぐらいだ。
数年とこの家で暮らしていて、このガレージに着目したことはこれまでない。だが、今日この日からは大いに重宝する場所になるだろう。
何故ならこのガレージは、薄暗い上に少し地下へと向かう構造をしているので、外から内部を確認するのが非常に困難なのだ。車が収納されていれば、中を確認するのは不可能に近い。まあ早い話が死角である。
マンションではめったにない死角が、私の家にはある。しかも外。家に心太さんを入れる必要はない。
「こっちに……」
心太さんをガレージに連れ込む。車が置いてあるのは好都合だ。これ幸いと奥へ足を踏み入れた。
ガレージはそれなりに広く、車が入っていても数人が腰を下ろせるだけのスペースがある。
「ここ、心愛の家のガレージ?」
「はい。ある意味、この場所は秘密基地みたいな感じです。居心地はあまり良くないですけど、身を隠すには十分すぎるぐらいですよ」
「連れ込んだ理由は?」
「さっきも言いました。離れたくないって」
まだ話していたい。沈黙していた分の会話を取り戻したい。
口にはしなかったが、目ではきっとそう言っていたのだろう。心太さんは軽く頷くと、荷物を置いて私の隣で腰を下ろした。
私も腰を下ろす。帽子も外し、心太さんと腰が当たるぐらいの距離にまで近づき、一息入れる。
「随分と甘えん坊さんなんだね、君は」
「嫌ですか?」
「全く。むしろ頼りにしてくれて嬉しい」
そっと頭を撫でながら、彼はそんなことを言ってくれる。
本当に私が最初の恋人なのだろうか。そう疑いたくなるぐらい、心太さんは女の扱いが完璧だ。
暗闇が私の心のストッパーを少しだけ緩めている。私は、気になっている事柄を聞いてみることにした。
「恋人って、私が最初ですか?」
「そうだけど……どうしたのさ、急に」
「いや、女性の扱いが毎度完璧だから、昔に1人ぐらいは恋人さんがいたんじゃないかと思いまして」
結構酷い質問な気はする。だが、聞いておきたかった。どうして彼が、女性の扱いが上手なのか、その理由を見出すヒントだけでも。
「まず、彼女はいなかった。年齢=彼女いないだったよ。昨日までは」
「なら、どうして……?」
「あれじゃないかな。僕がされたら嬉しいことを基本的に行動に移しているからじゃない? 道徳教育で、自分がされたら嬉しいことを相手にもしましょうって言われたことあってさ。それを何となく実践してるんだ」
とてもサラリと言ってのけているが、とんでもないことやってる自覚は……ないな。絶対ない。
頭では理解していても、それを実践に移すのは途方もない苦労が必須だ。それを心太さんは、何もないかのように実践している。
再三再四思う。何度でも。きっとこれから先、何回も思うだろう。
神さまみたいだと。
「やっぱり、心太さんは凄いです」
「……君が思うような、完璧超人ではないよ」
「それでも凄いと感じさせるのが心太さん。私にとっての心太さんは、どんな姿でもカッコよくて素敵な殿方なんです」
「なんか、照れくさいね。面と向かって言われると」
ポリポリと頬を掻いて照れる貴方の姿は可愛らしい。コロリコロリと変わる表情は、見ていて飽きがこなかった。
人間臭い神さま。それが貴方だ。
そんな心太さんだから、私は好きになったのかもしれない。
「ねえ、心太さん」
「うん?」
「キス、もう1度だけ」
「……へ?」
少しだけ、この人間臭い神さまを困らせてみるのも。面白いのかもしれない。
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