チェリーブロッサム
喜劇としか思えないプチ恋愛劇を繰り広げた僕たちは、クスクスと笑う着物姿のお姉さんに案内されてやっと席に座ることができた。
すっかり撃沈されて物を言わない人形と化した心愛は、テーブルに突っ伏したままピクリとも動こうとしない。
恋愛劇を巻き起こした張本人である僕も、気恥ずかしさから彼女に声をかけられずにいる。メニューを見ることで、なるべく彼女に目を向けまいとしていた。
あ、ヘタレとか言うなよ? あんな喜劇繰り広げというてアレだけど、僕だって死ぬほど恥ずかしいんだからな?
「お冷です」
「ああ、どうも……」
お姉さんはまだ若い人らしく、できたてホヤホヤのカップルである僕らの動向が気になって仕方ないらしい。さっきからニマニマとしながら見守ってきている。
若いので恋愛には興味津々なのだろう。ニヤケ顔は多少なりとも腹立つが、気になるのは仕方ない。相当に目立つことした自覚はあるので、注目されるのは自業自得なのだ。
「メニューはお決まりですか?」
「あ、はい。この桜ごはん定食をお願いします。心愛は?」
「……心太さんと同じやつを」
「もう1つ桜ごはん定食で」
「は〜い!」
言葉尻に音符でもついてそうな声音の軽さである。今の僅かで些細なやり取りですらも、着物のお姉さんからしたら「ごちそうさまでした」ということなのだろう。
ダメだ、何やっても墓穴を掘る。些細な行動ですらも命取りな気がしてならない。もう黙って桜でも眺めてようではないか。
荒れた僕の心とは真反対の、美麗な満開の桜。4月後半なこともあり、木々からは風に乗って花びらが吹雪を作っている。
美しい桜吹雪を目で追っていくと、最終的には心愛の頭。彼女の髪の毛には、1枚だけ桜の花びらが取り付いていた。
それを見て、僕は少し昔の記憶を思い起こす。
『頭の上に落ちた花びらの数だけ、人生で恋人ができるんだよ』
亡き祖母の言葉だ。話を聞いた当時は、また世迷言を口にしてると密かに呆れた。
だが、こうして恋人ができて。その恋人の髪の毛には1枚しか花びらがなく、それ以外は避けるようにして舞うのを見ると。
……否が応でも意識をするだろう、これは。
ふと気になって、自分の頭の上に手をやる。手には柔らかな感触が1つだけあった。念のため何度か頭をワシャワシャとしてみるが、それらしい感触があったのは1度のみ。
掴んで目元に持ってきて、ジックリ見てみる。その正体は桜の花びらであった。
僕にも、彼女にも落ちてきた花びらは1枚だけ。満開の桜から落ちる花びらは相当な数だと思われるのに、たった1枚。
「あら、珍しいですね。この時期、いつもなら花びらがもっと髪の毛に引っかかるのですが、貴方たちは1枚だけなのですか」
ふと気がつけば、料理を持ったお姉さんが僕らを驚愕の目で見ていた。
「珍しいんですか?」
「ええ、とっても」
コトリと料理を置いたお姉さんは、遠いどこかを見るような表情で続ける。
「そうですね。今からもう何年も前のことですが、この店にやってきた小さなカップル以外には見たことないです」
小さなカップル。その言葉を聞いた途端に巻き起こる、強烈な心臓の動悸。
まさか。まさか、こんなところで?
「失礼ですが店員さん。お名前、聞かせてもらっても?」
「あら、うふふ。恋人さんがいるのに、目の前で浮気ですか?」
ちげーよ。そんなアホらしいことできねえわ。浮気なんて気持ち悪い。
ジトリとした目で店員さんを睨むが、「おほほ」と笑われて上手く回避されてしまった。
「まあ良いですよ。名前だけなら減るもんじゃないですし」
あんまり誤解を招く発言は控えてくれないかな。ガバリと起き上がった心愛の顔がものすごいことになってるから。
「咲良です。私は咲良。この店にピッタリなお名前でしょ?」
ザワリと、胸の奥で何かが騒ぎ立てている。
心愛と出会った時とは違う。もっと、もっとざわめく感じ。好きとは違うけど、とても懐かしく感じる。
この人も。この人も、きっと……!
「咲良、姉ちゃん?」
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