幸せを絵画に
目を覚ますと、私はいつの間にか精神世界の方に移動していた。
あまり驚くこともなく琴葉ちゃんを探す。だが、肝心の琴葉ちゃんが中々見当たらない。気配も感じない。
「どこだろう……」
絵画だらけの世界をそれとなく歩き回ってみる。現実世界と同じく、身体機能は問題なく働いている……どころか強化されており、試しに走ってみても一向に疲れることがなかった。ちょっと不気味だ。
疲れないことを良いことに、走って琴葉ちゃんを探してみるが、姿は見当たらないし声も聞こえない。一体どこにいるのだろう。
と、まあ相当な時間走って捜索をしていた私だったが、とある絵画の前に辿り着いたと同時に足の動きを止めてしまった。
「なに、これ……」
それは、人を描いた絵でなかった。形のない色彩のみで占められた、とても変わった絵だ。
これまで、基本的に人物像や動物の絵を描いた私にとって、形のない何かを描いた絵はとても新鮮で、強烈な印象を抱く。
「あ、来たね」
そしてその絵画の裏に、琴葉ちゃんはいた。
ひょこりと顔を出した琴葉ちゃんの顔は相変わらず見えないけど、どこか得意げな雰囲気を出している。自信作なのだろうか?
「琴葉ちゃん。これは?」
「この絵はね、響くんに告白された時に描いたものなんだ。幸せの感情を絵にしてみたらこうなったんだ」
幸せの感情をそのまま絵にする。とんでもない技量だ。形が一切存在しないものを、ここまでの精度で描き上げるなんて……。
極色彩とも言える色とりどりの彩を感じられるこの絵は、超自然的にプラスな感情を胸に抱く。そんな絵だ。簡単には説明がつかない絵なため、私の語彙ではこんな曖昧な表現しかできないのだが、ともかく素晴らしい絵なのだ。
陳腐な言葉で片付けてはいけない。そんな絵が今、私の目の前にある。
「どうやったらこんな絵を描けるの?」
「直感! 描いてみたら分かると思うよ!」
圧倒的天才の余裕……!
持っている才能が違う。そう思わせる彼女の言葉だったが、何故か嫌な気分にはならない。普通なら嫉妬してもおかしくない場面なのだが、どうも彼女に悪感情を持つことが私はできないようだ。
「いつか描いてみると良いよ。きっと何かが見えるからさ」
「う、うん。やってみる」
「それはそうと、心太お兄ちゃんと晴れて恋人になれたんだね!」
「話題転換が唐突!」
いやまあ、確かにそうなんだけど。何なら思い出したら顔が真っ赤になるクラスにイチャイチャしてたけど。
え、まさか。まさか今日はそんな感じで話が進むの?
「で、どうだったの? 恋人と過ごす一夜は!」
「あまりにもストレートすぎない……?」
「だってだって、大人の恋愛の感想を聞く機会なんてそう多くはないでしょ? 私は確かに響くんと恋人だったけどさ。あくまで子供の恋愛だったから、少女マンガみたいな思い出はほぼゼロなんだ」
「そ、そうなんだね」
「だから! 同じ心臓を使っているお姉ちゃんに聞きたいの! ついでにお姉ちゃんの幸せを絵にしてみたいの! だから、色んなこと話してほしいな。混浴の感想とか、夜のいとな……」
「ストップ、最後の言葉は良くない! とても良くない! まず根掘り葉掘り聞こうとすること自体間違ってるってば!」
全部話さないとダメなんですか? 告白されるまでの心境とか、引っ付いて寝ている時の感情とか?
そんなの言えるかぁ! 思い返すだけで恥ずかしすぎるわ! 現に今、とっても転げ回って悶絶したいんだぞ!
「私と響くんとは違って、お姉ちゃんから『好き』って切り出してるのも要チェックポイントなんだよね。どんな気持ちで切り出したのか気になるなぁ」
「え、本当に話さないとダメなの?」
「今日の精神世界は、お姉ちゃんが話すまで消えないよ?」
「なんだその設定! ご都合主義にも程があるでしょうに!」
琴葉ちゃんが言うには、この精神世界で過ごしている時間は現実世界には全く影響しないらしい。しかも、精神世界の主である琴葉ちゃんが「どのタイミングで現世に帰すか」を決められるらしい。
つまり、今日の私は何が何でも恥ずかしい記憶を呼び起こし、一から十全てを彼女に語らないといけない。そういうことだ。
え、なにそれただの拷問じゃない?
しかも拒否権はない。これは酷すぎる。神さま助けろ今すぐ!
「………はあ。少しだけだからね?」
「むむ、全部ではないのか。それは残念だけど……まあ、それは別の機会に話してもらおうかな」
結局は全てを話さないとダメらしい。私の余計な発言は、拷問される時間が延びるだけのものでした。トホホ。
「じゃあ、混浴してる時の感情でも」
「お、早速それか! 待ってね、絵を描く準備するから!」
彼女が用意をするまでの間、少しだけ余裕ができる。この僅かな間で、私は腹を決めた。
何度目かの「こうなりゃヤケクソ」である。最近多いのは気にしないでくれ。
「準備万端! さあさあ、いつでも良いよ!」
さて、どこから話そうか。伝えておきたい事柄が盛りだくさんだ。
「……心太さんに、褒め殺しにされてた様子は見てたよね?」
「見てた見てた。あんな気まずい空間だったのに、心太お兄ちゃんの言葉1つで空気が一変したよね。いわゆる告白ムードってやつに変わったと思う」
圧倒的に気まずくて、呼吸すら苦しい空気を一変させた心太さんの褒め殺し攻撃。確かに恥ずかしかったのだが、同時にとても嬉しかった。
確かにこんな事態になるとは微塵も思っていなかったが、身なりには相当に手間をかけている。少なくとも過去1で。
元より学校に行くつもりがなかった私は、彼に連絡をするよりも前にオシャレを済ませていたぐらいだ。
気合い入れてコーディネートした服装そのものを褒められた時ももちろん嬉しかったが、それ以上に髪の毛や地肌を褒めてくれたことが私は嬉しく感じた。
見えづらいとこではあったが、特に力を入れて準備をした箇所だったのだ。前日から仕込みを始めるぐらいの念入れ具合である。
「褒めてほしい。でも気がつかないだろう。そう思ってただけに、全部褒められた時はキャパオーバーになったんだ。だから心太さんの口を塞いだ」
「はへえ〜……そんな心情があったんだね」
褒めてもらいたい箇所を全て褒められて、私は羞恥心と同時に「好き」の感情も臨界点を突破していた。
口を塞ぐ行為をしたし、顔だって真っ赤にして背けていたが、口元はユルユルだった。自分でも分かるぐらい、気持ち悪くニヤけていたのを覚えている。
「ま、そのあとすぐにトドメが来たけどね〜」
「それは言わないで……」
あれ、本当に恥ずかしかったんだぞ。シンプルに羞恥心がエグかった。
なんだよ「かわいい」って。シンプルに可愛いって……!
「ま、まあトドメ刺されたよ? でも、羞恥心が限界点を超えちゃったことで、1つ利点が生まれた」
「へえ、利点?」
「頭のネジが吹っ飛んで、胸の奥に隠してた色んな気持ちがダダ漏れになったこと」
褒め殺し攻撃は、私のメンタルをゴリゴリガリガリと削っていった。その結果完成したのが、気持ちのフタが消し飛んだ私である。
仮に気持ちへのフタが残っていれば、今回告白に至ることはなかった。口にしようとしてもできない、もどかしい感じが延々と続いてたことだろう。
「あ〜、ナルホド。ネジが吹っ飛んだから、あんな感じで好意が漏れたんだ。納得だぁ」
「あの時は『好き』の気持ちでいっぱいだったからね。褒められた時点でもかなりダダ漏れだったけど、体を洗ってる最中に心太さんの新しい一面を見て、完全に気持ちのフタが消し炭になったよ」
一瞬一瞬で新しい面を見られる。そんな心太さんも過ごせば、常に新鮮な『幸せ』を感じられる。それが決め手だった。
ちょっと前まで灰色の世界を生きてきた私にとって、極色彩の世界を与えてくれた心太さんを手放すなんてことは無理だったのである。
「ま、白馬の王子さまみたいな存在だもんね!」
「それをわざわざ口にしないでっ!」
何も間違ってないけど! 1つも間違ってないですけど! 口にされるとめっちゃ恥ずかしいので止めてくれ!
思わず蹲ると、琴葉ちゃんはクスクス笑い声を漏らしながら私の方に手を置いた。
「ふふ、よく頑張りました。今日はここまでにしよう!」
「もう殺して……」
恥ずか死ぬところだった……。
「ごめん、ごめんって。でも、絵は結構進んだよ! まだまだ完成には程遠いけど……そうだな、お姉ちゃんのお話が全部終わるぐらいには完成すると思うな。あ、それまでは見ちゃダメだからね!」
意識が薄れていく。どうやら現実世界に戻してくれるようだ。
こんな感じで騒がしく、しかし楽しく話せる女友だちがいたことはなかった。恥ずかしさはあるけど、とっても充実した時間を過ごせたと思う。
「それじゃ、また今度話そうね〜」
うん、絶対話そうね。
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