最愛のあなた
身体を洗い、風呂から出て歯を磨き。寝る準備を終えた私は一足先に服を着てベッドに突っ伏した。
枕に顔を埋める。ニヤニヤが一向に収まらない。
告白された。心太さんに告白された。最高のタイミング。そして最高の言葉で。
『僕の、恋人になってくれませんか。2人で、僕らが思い描く最高の作品を作りませんか?』
「ふ、ふふ……」
ダメだ。ニヤニヤとにやけ笑いが全く止まらないぞ。
心太さんに言われた言葉が何度も何度も脳内で響き渡っていて、その度に幸福な気持ちが増していく。
絶対に傍から見たら気持ち悪い光景だ。でも、仕方ないと言い訳したい。
だって。あんな素敵な言葉で告白されたら、誰だってこうなる。幸せでいっぱいになる。
「戻りましたよ、心愛さん」
「ひゃい!?」
心太さんが戻ってきた。大急ぎでベッドに座ると、心太さんは微笑みながら私の隣に腰を下ろした。
距離感は人間半分ぐらい。さっきよりも遥かに近い。浴槽の中ですらもう少し距離があっただけに、心臓のバクバクが激しくなっていく。
心太さんの指先が、私の手にチョンと触れた。それだけでドキリとする。
「あの。恋人って手を繋ぐんですよね?」
「え? まあ……そうですね。世間一般のイメージでは」
「じゃあ、繋いでみますか?」
「……はい」
風呂上がりのスベスベとした心太さんの手が、私の手を取って優しく握ってきた。
胸が跳ねる。ただ普通に握るのではなっく、指と指を絡ませる恋人握り。それを心太さんとやっているという事実を確認する度に、私の脳は「幸せすぎる」と何度も訴えてくる。
大したことをしてはいない。キスもしてないし、抱き合ってもいない。それなのに、こんなにも多くの幸せを感じられる。触れている面積は少なくても、多大な幸福感を感じられる。
恋人ってのは、こんなにも素晴らしいのか。
「心太さん」
「はい、何ですか?」
「呼んでみただけです。ふふっ……」
名前を軽く呼ぶだけでも。
「ん、ふっ……」
「頬ずりなんてして。意外と甘えん坊さんなんですか?」
「ダメ、でしたかね」
「いいや全く。可愛いとは思いますけど、嫌とは全く思いませんよ」
ただ、何気ない会話をするだけでも。
「ところで、恋人に敬語に『さん』呼びはどうなんですかね。やっぱり良くない?」
「ああ、良くないかもです。一昔前ならともかく」
「じゃあ……心愛」
「私も。心太……さん。ご、ごめんなさい。恥ずかしくて呼び捨てできない……」
「ホント可愛いなあ……よしよし」
名前を呼び捨てで呼ばれるだけでも。
頭を優しく撫でられるだけでも。
「心太、しゃん……」
幸せを感じられる。世界中の誰よりも幸せだと。
いつしか私は、心太さんの胸元に頭を預けるような形で座っていた。その理由? もっと頭を撫でてもらいたいからだ!
「あの、もっと頭を」
「あ、はい。なんか……妹みたい」
恐る恐るながら髪の毛を手櫛してくれる心太さん。なんだか、ドキドキと一緒に強い安心感が私の胸を奥まで包んだ。
暖かい。そして温かいのだ。物理的にも、精神的にも。
家族にもこうされた記憶がない。父も母も悪い人ではないのだが、物心ついた頃から天才絵描と謳ったがゆえ、私は1人で何でもできると思い込んでいた。
だから、こうやって髪を撫でてくれることも、密着して私が安心するような言葉を投げかけられたこともこれまでなかった。
今日、この瞬間が訪れるまでは。
なんて。なんて犯罪的な心地よさなのだろう。思わずネコのように、ゴロゴロ喉を鳴らしながら心太さんの手に頭を擦り付けてしまうぐらいだ。
これは、病みつきになってしまう。もう心太さんのナデナデなしで生きられる気がしない。
「すっかりネコみたい」
「言わないでください……でも、手は止めないで……」
「はいはい」
彼は撫でるのが上手なのだろう。魔性とも言えるナデナデは、多分だけど誰でも虜にすると思う。もしも他の誰かにやってたら思いっきりヤキモチを焼くが。
時間は溶けるようにしてあっという間に経過していく。甘い蜜を啜っていられる時間も、そう長くはない。
「11時、か」
「はい。夜の11時です」
寝るには少し早い時間。しかし、慣れない長旅をして体は随分と疲れてしまっている。明日に備えてしっかり休めなければなるまい。
「寝る?」
「はい。でも、一緒に」
皆まで口にしなくても、彼は私がやってほしいことを察してくれた。
静かにベッドに私と共に寝転がると、心太さんは優しく私の身を抱き寄せる。
女性とは違う、厚くゴツゴツした胸板に顔を埋める。鼻いっぱいに広がるのは心太さんの匂い。大好きな香り。
それは万の睡眠薬よりも凄まじい効果を発揮。私は即座に眠気に襲われた。
流れるように目を閉じる。心太さんの手が私の背中に回るのを感じながら、どんどん意識を夢の世界へと移していく。
「おやすみ、心愛」
「おや、すみなさ……」
やがて、完全に意識は落ちた。
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