僕も大好きさ

 ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


 背中に当たってるものが何だとか、そもそも触れ合ってるお肌スベッスベだとか。頭の中がパンクしそうで気が狂いそうだ。


 え、女の子の身体ってこんなにも柔らかいんですか? お肌もきめ細かい布みたいにスベッスベなんですか?


 聞いてないよこんなこと。彼女持ちの友人に「女の子の肌触りってどうなの?」とは流石に聞けないから知識ゼロだし。こうやって密接して触れるの初めてだし!


 ただでさえ魅力的な心愛さんだが、ここに来て色気まで加わった。しかも、耳元で愛をささやくオマケ付き。勝てるわけねえよ! 全世界の童貞が陥落するわボケ!


 早鐘を打つ心臓。そりゃそうだ。素晴らしく幸福すぎて脳と心臓がオーバーヒートしかけてるんだから。


 あまりに心臓が落ち着かないので、胸に手を当てる。胸に残る十字傷に手を。


 すると、不意に奇妙な違和感が僕を包み込んだ。


「っ……!?」


 痛みではない。苦しさも感じられない。だが、異様で奇妙な違和感。明らかに。どう考えても、明らかに正常ではない。なんと言い表そうか。心臓が浮いてるような感じ、とでも言っておこうか?


 同時に意識が。意識が薄れていく。しかし完全に意識が消える前兆、いわゆる寝る前の微睡みは一切ない。それなのに意識が途切れそうになる。それすなわち、危険信号と見ておくべきだ。


 なんとかして意識を保とうとするが、脳の命令の前では無意味な抵抗。抵抗虚しく、僕の意識は落ちていく。


 重い瞼を一度閉じ、また再度開く。すると、僕の視界は一変していた。


 場所は変わらず浴場。しかし、さっきまで僕が座っていた椅子にいるのは……。


「響くん、なのか?」


 見覚えのある男の子が、そこに座っていたのだ。


 さらに、椅子に座っている男の子を洗っている女の子の姿もある。


 琴葉ちゃんなのだろうか。楽しげに笑いながら、響くんらしき男の子の背中をゴシゴシと洗っていた。


 僕の目は、その2人を斜め上から見下ろす形で彼らの姿を映している。


 これは何なのだろう。


 疑問に思って考え込む僕を他所に、2人の会話は弾んでいる。キャッキャと楽しそうで、とても微笑ましい。


 だが、不意に琴葉ちゃんらしき女の子が、響くんにしなだれかかった。


『琴葉ちゃんどうしたの?』

『……なんでもない。でも、少しだけこうさせて。出会って2日目でこんなことするのはおかしいかもだけど』

『いや、別に大丈夫。好きにしていいよ』


 2人の顔は見えない。見えそうになっても、モヤがかかっていてそもそも視認不能になっている。


 だが、僅かな会話からそれとなく察した。あの2人、僕らと同じく出会って2日目で混浴していたんだ。


 それはたまたまの一致なのか、それとも僕らの心臓が導いた当然の出来事なのか。


 1つ。1つだけ感じたのは、僕らは出会うべくして出会った。そのぐらいである。


『ねえ、琴葉ちゃん。僕には夢があるんだ』

『え、夢?』

『僕が弾いた曲。そして、作った曲を素晴らしい絵で表現してくれる。そんな女の人と結婚すること』

『えっ!?』


 響くんが、いわゆる愛の告白らしき行為を始めた。


 さっきは心愛さんから告白じみた言葉を先にもらったが、昔は響くんから愛の言葉を口にしたらしい。


 その場を見るのがとてもむず痒くて目を逸らそうとするが、視線は釘付けのまま動かなかった。この光景を、しっかりと目の裏にまで焼き付けろ。そう響くんが言った。そんな気がする。


『ワガママだけどさ。病気が治っても、治らなくても。琴葉ちゃんと、できるだけ長く一緒に過ごしたい。一緒に過ごして、2人ですごい作品を作り上げたいんだ』

『で、でも。それならもっと、響くんの演奏に釣り合うぐらいすごい芸術家はいっぱいいるよ?』

『琴葉ちゃんじゃなきゃダメなんだ。今日の演奏会で見た君の絵。あれに一目惚れした』

『へ――!?』

『そして、その絵を描く君にも。僕は一目惚れしたんだよ』


 君は少女漫画の男性役なのかい? それとも18禁ゲームの主人公?


 そう言いたくなるぐらい、響くんの愛の言葉は凄まじかった。


 とても、とても情熱的だ。まずは絵を褒め、そして描いた当人に惚れたと言う。


 世の中の女子がどうなのかは知らないが、僕は思わずこう結論付けたくなった。


 あんな告白をされたら、基本的にどんな女の子でも落ちる、と。


 そこまでの光景を見せられたところで、再度僕の意識は薄くなっていく。どうやら、映像はことまでらしい。


 一体なんのためにこの記憶を見せたのだろうか。その意図が全く見えないのだが……。


「……ダメだ、分からん」


 そう毎回は記憶を見せた意図を教えてくれないようだ。自分で考えろということだろう。


 考える。意識が徐々に目覚め、さっきまで座っていた椅子に戻るまでの間に。必死に考える。


 目が開き始めた。失うときとは違って、戻るのはかなりの速度だ。


 考えろ、考えろ!


「心太さん……?」


 耳に入る心愛さんの声。もう時間はない。


 ええい、こうなったらヤケクソだ! 言葉を少しだけ借りるぞ響くん!


「僕も、大好きです」

「え――」


 止まるな。止まったら2度と口が動かなくなる。動かし続けろ!


「最初は貴方の絵が好きになりました。こんなにも綺麗な絵が描ける人は存在するんだなって感動までしました。同時に、絵を描く貴女の姿も好きになりましたよ」

「は、はい」

「次に僕は、貴方の人柄を好きになりました。コロコロ変わる表情の1つ1つを見るたびに、僕は新しい心愛さんに惚れていきました」


 顔が熱い。喉がヒリつく。だが、こんなとこで終わったらダメだ。


 もう2度と、こんな言葉を口にする機会はない。言え。言うんだ心太!


「そして今では、心愛さんを形成する全ての事柄が。僕は大好きです」


 心愛さんの方を振り向く。彼女は目に涙を溜めながら、僕の次の言葉を待っていた。


 彼女の手を優しく握ると、僕は絞り出すようにして言葉を紡ぐ。


「心臓と心臓が共鳴しているからだとか、運命で決められた人だからとか。そんなの一切関係なく、僕は心愛さんが好きです。大好きです。まだ出会って2日目だけど、心愛さん」

「……はい」

「――僕の、恋人になってくれませんか。2人で、僕らが思い描く最高の作品を作りませんか?」

「……はいっ!」


 この気持ちに嘘偽りはない。1つもない。


 君を思う「好き」の気持ち。そして、「愛」の気持ち。


 この出会いが決められたものだとしても。必然の出会いだったとしても。


 僕は君が、大好きなんだ。

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