幾万のポエムより貴方の一言

 勢いに任せて添い寝&一緒にお風呂が可能な部屋に泊まることが決定した。


 そう、決定するまでは良い。問題はその後。


 散々に冷やかされながら部屋に向かうのもかなりメンタル面が大変だったのだが、部屋に入って荷物置いて。一息入れたら猛烈な気恥ずかしさが私を襲ったのである。


 枕に顔を埋めようにも、ベッドは1つしかない。ボスンとベッドにダイブするのは流石に恥ずかしいし、枕に顔を埋めて悶絶する姿を見られるのはもっと嫌だ。


 さらに嫌らしいことに、ベッドの上には2人分の寝間着が置いてある。しかも浴衣。ダイブしようにも、浴衣が崩れてしまいそうなので物理的にも阻まれている。


 そんなわけで、私と心太さんはベッドの端っこに腰を下ろしたきり動けなくなってしまっている。


「ベレー帽、外したらどうです?」


……やだもう。パニックしすぎで帽子を外すの忘れてるなんて。もう恥ずかしくて仕方がない。誰か穴を掘ってくれ。そこに入るから。


「さて、と。風呂入ってしまいたいですけど……どうしましょうか」

「う、うん。どうしましょう。別々に入るのが普通ですけど、私は別に一緒でも」

「えっ」

「あっ」


 しまった。完全にやらかした。失言にも程がある。


 混浴を期待している旨の発言をする。これじゃあまるで、私がハレンチなことを期待している痴女みたいじゃないか。


 いや期待はしてるよ? 一緒にお風呂入りたいし、背中流してあげたい。


 でもさ。順序ってあるよねというお話だ。


「……良いんですか?」

「ッ〜〜! はい、良いです。入りましょう!」


 こうなったらヤケクソである。恥ずかしさがピークに達しているが構わない。


 目をクワッと開いて構わないという旨を伝えると、心太さんは若干身を引きながら「は、はいそうっすか」と答えた。


 我軍の勝利である。ただし大本営発表。実際は羞恥に潰されることから逃げた私の敗北である。


 そんなわけで、私は心太さんと出会って2日目で混浴をすることになった。


「え、と。自分、先に入ってますね。バスタオルが余分にあったらそれ巻きます」


 心太さんは逃げるようにして先に風呂へ行ってしまった。サラリと気遣いしてくれたことに心がキュンキュンする。バスタオルもそうだが、彼は私が心の準備をする時間を与えてくれたのだ。


 そんな意図あるのかって? 知りません。でも結果が全て。彼の意図がどうであれ、なんだかんだで私が心の準備をする時間をもらったのには変わりない。


 服を脱いでしっかりたたみ、生まれたままの姿になったところで頭を抱えた。


 今更なにをと言いたい気持ちは分かるが、それでも私は叫びたい。


「恥ずかしいっ……」


 当然だが、こんなことになる予想なんてしてないので何も準備をしていない。母ゆずりの薄い体毛のおかげでムダ毛は大丈夫だろうが、もしもバスタオルが余分になかったら。綺麗とは自負できないこの身体をモロに彼の前に晒すことになる。


 仮にバスタオルがあったとしても、ボディラインを晒すのには変わりない。


 しかし、いつまでもこうして悶絶してるわけにはいかんのだ。風呂で心太さんが待ってくれている。


 腹を括る。どっちに転んでも良いと覚悟を決めた。


 浴場へ繋がる扉は閉ざされている。その手前にある洗面所への扉は半開きになっているので、意を決して全開にしてみると、洗濯機の近くに心太さんが脱いだであろう服が置いてあった。


 危うく失神しかける。だが、止まってはいけない。進め。進むんだ。


 気を取り直して洗面所の棚を見渡すと、そこには3枚のバスタオルが見えた。


 元は4枚だったのだろう。心太さんが取ったに違いない。


 タオルを手にして身体に巻き付けると、私は思いっきり深呼吸。そして、


「入ります」

「へあっ!? あ、はい!」


 面食らったような心太さんの声を合図に、私は浴場への扉を開け放った。


 熱気と高い湿度が私を包む。扉の左隣には大きめの浴槽。そして、その中には上半身裸の心太さん。


 やだ待って。心太さん、想像以上に筋肉質だ。本職のスポーツ選手みたいにバッキバキというわけではないが、当社比の平均以上の筋肉が見えている。


 いかん。このまま見惚れていてはダメだ。変態さんの烙印を押されてしまう。


 急いでかけ湯を行い、私は湯船に入った。


 素足と素足が湯の中でピトリと触れ合う。それぐらいの距離感。


「「あの……あ、お先にどうぞ」」


 声がそろった。一言一句、全てがピッタリと。こんなところまで心を同じにしなくても良いのでは……?


 猛烈な気まずさが私を襲う。多分、心太さんも気まずいのだろう。何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。


 浴槽からはみ出たお湯が滴る水滴音。それだけが響く浴場というのは、とても居心地が悪い。


「えっと……心愛さん、こんな状況で言うのもあれですけど。綺麗な肌してますね」

「ちょっ」

「ベレー帽に隠れてたけど、髪の毛もサラサラしてそうで。なんかこう、語彙力皆無で申し訳ないんですけど美しいと言いますか」

「ま、待って」

「こんな綺麗な人と混浴できるなんて、夢みたもごっ!?」


 どんなポエムよりも響く心太さんの言葉。その全てが私の心を満たし、満たし……満たして溢れさせた。


 もう限界だった。定期的に心太さんは褒め殺しをしないといけない体質なのだろうか? ってぐらいに褒められて羞恥心が臨界突破。私は無言で彼の口に自分の手を当てることしかできない。


 顔が熱い。火傷しそうなぐらい熱い。きっと真っ赤だろう。だが、それを気にする余裕がないぐらい私は恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。


「ぷはっ……何するんですか、もう」

「は、恥ずかしいんです。これ以上はストップでお願いします」

「なにこれかわいい」

「うにゃあああ――!」


 ガバリと心太さんを胸元に抱き寄せる。これ以上、何か悪い……いや悪くはないけど、恥ずかしい言葉を発せないように。


「ぐもも」と心太さんが言葉にならない声を発しているが、私は無視して彼を強く抱く。


 とても恥ずかしいことをしている自覚はあるが、褒め殺しされるよりはマシだ……!


「お、お体洗います。心太さんはそこの椅子に座ってください」

「ぶほっ……あ、はい分かりました」


 彼と一緒に湯船から出ると、私は心太さんを備え付けの椅子に座らせた。


「背中は流します。前は……」

「いや流石に自分でやりますよ!?」


 もうどうにでもなれ。その心意気でタオルを手に取り、ボディーソープを付けて泡立たせる。そして、彼の逞しい背中にタオルを当てて擦り始めた。


 心太さんも自身でタオルを手にし、前側を黙って洗っている。


「流しますね」

「んっ……ありがとうございます」


 洗うのが背中側だけともなれば、あっという間に終わってしまう。5分ぐらいで私の仕事は終わり、心太さんも大方洗い終えてしまった。


 湯になるまで待ってからシャワーを手に取り、彼の身体に付着する泡を流し落としていく。


「頭も洗いますね」

「分かりました。頼みます」


 打って変わって少ない会話。しかし、これはこれで心地よい。


 さっきまでのワタワタとしたやり取りも無論楽しかった。だが、こうしてノンビリゆっくり過ぎていく時間をリアルに感じるのも良いものだ。


 ワシャワシャと頭を洗ってあげると、彼は気持ちよさそうに声を上げてくれる。


 恋愛で感じるドキドキとは違う、もっとしっとり穏やかとした感覚。母性をくすぐられているのだろうか。


 よく分からないけど、とっても楽しい。


 そんな楽しい時間はやはりあっという間に過ぎてしまう。もう洗う箇所は見当たらないので、私はシャワーを再度手にして泡を流していった。


「ふい、ありがとうございました。人に洗ってもらうのも中々乙なものですね」


 そう言いながら振り返って笑みを浮かべる心太さん。


 それを見た私は、本能的に彼の背中に抱きついてしまった。


「ど、どうしました?」


 ああ、もう。本当に。本当にこの人は一緒にいて飽きない。一緒にいて幸せを感じられる。


「……大好き、ですよ」

「だいすっ……!?」


 彼の背中に顔を埋めながら漏れた本心。いつもなら恥じらうが、今日だけは。今日、この瞬間だけは恥ずかしく思わなかった。

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