貴方は神さま?
お母さんとお父さん。そしてランばあちゃんを何とか納得させ、私たちは一晩病院に泊まることになった。
ちなみに心太さんが心配して「大丈夫だった?」と聞いてくれたので、テンションは最高に上がっている。顔が近くて幸せでした、はい。
病院側の人が気を利かせてくれて、夜ご飯は大きな部屋で入院患者さんたちとささやかながらパーティーを開いて食べることになった。参加者はミニ演奏会にきた人全員と、噂を聞いてやってきた人。合計で30人だと聞いている。
さらに聞くと、参加者はみんな響くんや琴葉ちゃんと何らかの形で関わった人ばかりらしい。
「いやあ、まさか琴葉ちゃんの生まれ変わりみたいな人と会えるなんてね!」
「あの、おばあさん。彼女、どんな人でした?」
「そうだねぇ。ちょっとおませちゃんだったよ。響ちゃんより少し年上だったんだけどさ。すっごくお姉ちゃんをしようと頑張ってたのをよく覚えてるね」
話は既に通っているようで、私たちは「あの2人の心臓を受け継いだ人間」と認識されている。それを目の前で楽しげに話している老婆は生まれ変わりみたいな人と評した。
それにしても琴葉ちゃん、おませさんだったんだ……。
「でも響ちゃんが年齢不相応に大人だったからね。よくへこんでは私のもとに泣きつきにきたのさ」
「へえ……」
彼はどれだけ大人だったのだろうか。
そんな私の疑問を察したのか、老婆はカラカラ笑いながら答えてくれた。
「響ちゃんはすごいよ。まだ小学生になるかどうかの年齢なのに、人の命の輝きについて私に話してくれた。しかも彼の話は恐ろしく筋が通ってたんだ」
ゾッとしたよ。それに不気味だった。本当に子供なのかと疑ったね。
笑いながら話してくれている老婆の瞳の奥には、隠しきれていない畏怖と尊敬の光が浮かんでいる。
「私はね、この病院にきた当初は死にたがりの困った患者だった。何も残ってない、輝いてない命を終わらせたいってよく喚いたよ。でも、琴葉ちゃんの絵に感動して心をまず救われた。あんな美しい絵は初めてだった。彼女の絵の完成を楽しみにすることで、闘病を頑張って長く生きようと考えた。そして、響ちゃんの言葉でその考えを確固たるものにしたのさ」
「そう、なんですね」
「人の命の輝きは、その時その時で違う。同じものは決してない。でも、その全てがずっと美しい。特に、生きようともがいている命は一際美しい」
「もしかして、それって」
「響ちゃんの言葉さ。彼からすれば、どんな姿であっても生きようとする人間の命は美しく輝いていると見えているんだ」
本当に幼子の考えなのだろうか? 哲学者や大の大人でも、ここまですっぱり言い切るのは珍しいぞ。
実は、神さまや仏さまが身体を借りて言葉を放ってるんだよと嘯かれても私は信じそうだ。
「……琴葉ちゃんがお姉ちゃんぶろうとして、失敗してへこむのが分かった気がします」
「だろう? 絵は群を抜いて上手だったけど、それ以外は普通の女の子だった。考え方は年相応だったし、感性もありきたりだった。それが顕著に出たのは、もうあの2人が助からないとなった時だったね」
老婆は語る。響くんと琴葉ちゃんの抱える病気が進行し、もうどんな治療を施しても助かる見込みはなくなったとされた時のお話を。
「この病院では、死が確定的になるとどんな年齢の人でも死後に臓器提供をするか? って聞かれるんだ。最初に伝えるとき、未成年者は親御さんと一緒だけどね。その後本人に先生が直接聞く。それも対面で。そして、それはあの2人も例外ではない」
幼い子供になんてことを聞くんだこの病院は。
「先に聞かれた響ちゃんとは真反対の答えを琴葉ちゃんは出した。響ちゃんが一も二もなく『喜んで』と言ったのに対し、琴葉ちゃんは『怖いからイヤだ』と答えたんだよ」
意外である。私が思う臓器提供者は、一も二もなく『人の命を救えるなら」と無抵抗に差し出すのだと勝手に想像していた。
だけど、実際はそんなことなかった。私の想像通りの答えを出した響くんがむしろ異常で、怖がって拒絶をした琴葉ちゃんが普通の感性なのだ。
「琴葉ちゃんは、私に何度もこう言った。死ぬんだったら、親からもらった身体のまま死んであの世へ送られたい。綺麗なまま葬式をしてほしいんだ、ってね」
「……響くんはなんと?」
「『ちっぽけな命のカケラで救える誰かの未来があるなら。その先に待つたくさんの人々の笑顔を守れるなら、僕は喜んで差し出します』と言ったらしいよ。自己満足のエセ正義に溺れた様子もなく、淡々と即答したそうだ」
ゾッとする。鳥肌がブワリと立った。なんだ、それ。
自己犠牲精神だとか、エセ正義だとか。そんなの全部超越してしまっているではないか。
私たちは人間だ。神さまではない。
なのに。それなのに。
響くん、貴方はどうして。
「……ある種の神さま、なんですかね」
どうして、平然と神さまみたいなことを口にできていたんですか?
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