カケラが示す道標
思い立ったら即行動。善は急げ。
既にあの世へ旅立っている祖父の教えに従い、僕は翌日から早速行動を開始した。
「母さん。僕に心臓を提供してくれた人って誰なのか知ってる?」
まずは学校へ行く前に母に質問してみることだった。
朝食の鮭おにぎりを食べながら母へ質問すると、首をかしげて母は片眉を上げる。
「ん? 急に何さ。これまで気にしたことすらなかったよね?」
「いやあ、ちょっと気になって。流石に心臓を移植してくれた人のことぐらいは最低限知っておくべきかなあ、なんて思ったんだよ」
嘘ではない。僕に心臓を提供してくれたあの少年を少しでも知りたいという気持ちは紛れもなく本物だ。
母は「ふーん」と言って聞き流すと、不意に立ち上がって棚をガサゴソし始めた。何かを探しているらしい。
「ああ、これだ」
やがて、母は手に手帳のようなものを持って戻ってきた。
手帳の表紙には「心太の病歴」と書かれている。どうやら、これまで僕が罹った病気を全て記録しているノートらしい。
パラパラと紙をめくった母は、とあるページを開いて僕に差し出す。
「これ。簡単にだけど、ドナーさんとそのご家族の情報も書いてある。移植後ご家族と会うときのためこのノートに情報をまとめてたんだ」
母の話を聞きながら、僕はノートを眺める。
ドナー主である少年の名前は「響くん」とある。僕より年上だったらしく、小3で永眠。その数週間後、当時まだ幼稚園生だった僕に、抜き取ってあった心臓を移植したようだ。
「響くんは心太と似てピアノ好きだったみたいよ。しかも、神童とまで呼ばれるぐらいの才能を持ってたみたい」
「へえ……」
「と言っても、これは全部響くんのご家族と会った際に聞いた話。どこまでが本当か分からないけどね」
その話も、10年近くは前に聞いたことだから正確には覚えてないしなぁ。そう母は締めくくる。
確か、まだ小学生低学年の頃に知らない家族と食事へ行った記憶が朧げにある。僕はあまり覚えていなかったが、母さんはある程度の内容を記憶してくれていたらしい。
「その子が入院してた病院は?」
「分からない。てか、そんなの聞いて何すんのよ……」
最重要の情報までは分からなかった。まあ、そう簡単に判明するとは思えなかったので良い。名前だけでも知れただけ良しとする。
母に礼を言い、ついでにノートをもらって席を立つ。すると、そのタイミングでピロンとスマホから音が鳴った。
何だと思って確認すると、心愛さんからのメールであった。
「うおっ!?」
慌てて確認する。メールの内容は、えらく簡潔な物だ。
『心臓を提供してくれた女の子の名前は琴葉ちゃんらしいです』
どうやら考えてることは同じだったようだ。
僕の命を繋いでくれたのは響くん。心愛さんに心臓を提供したのは琴葉ちゃん。一通り役者はそろった。
後は、そうだな。役者が勢ぞろいするための舞台が必要だな。
その舞台を今すぐにでも探したい。
響くん。そして琴葉ちゃんの名を聞いた瞬間、僕の心臓は激しく動悸を打っていた。
ドン、ドンと音を立てて何かを伝えようとしてくる。
『ここだ。この場所へ行け』
そう聞こえたわけではない。だが、そうしないとダメな気がした。
「母さん。今日、学校休む。連絡しといて」
「え、は? どしたんさ」
「ちょっと行かなきゃいけない場所がある。理由は……後で話すから」
止められても行くつもりだ。今、こうしないとダメ。そう心が言っている。
母さんは何か言いたげだったが、僕の顔を見て「分かった」と言ってくれた。理解ある母で本当に良かった……。
幸い、これまで学校へはほぼ毎日通っている。1日ぐらい休んだところで授業に置いてかれやしないし、先生の信用も失われないだろう。多分。
心愛さんに連絡を入れようとすると、その瞬間に彼女からメッセージが送られてきた。
『8時半。B駅の時計台前集合でどうですか?』
話が早い。事情説明をする必要がないなら、こちらがする手間も随分と省ける。
簡素な心愛さんのメールと同じく、僕もまた簡素なメールを返した。
『そうしましょう』
急いで制服を脱いで私服に着替え、荷物をまとめた僕は外へと飛び出した。
スマホで場所への経路や地図を調べる、という行為は一切しなかった。その必要はないと、僕の心臓が教えてくれていたから。
町を行く学生や元気なちびっ子を尻目に、僕は待ち合わせに指定されたB駅の時計台へと辿り着いた。
会社員や学生で駅前がごった返している。だが、時計台付近を見ると、すぐに心愛さんがどこにいるか分かった。一目で見つけられた。
他の人間と比べ、心愛さんが立っている場所だけはとても光り輝いて見えたのだ。一発で分かる。
後、シンプルに心愛さんの私服姿が綺麗すぎて一瞬で目を奪われた。淡い水色のカーディガンにピンクのブラウス。真っ白なロングスカート。ちょこんと頭に乗ってる紅色のベレー帽。程よい大きさの肩掛けバッグ。いや完璧か?
内心のバクバクを極力悟られぬよう注意しつつ、心愛さんに話しかける。
「心愛さん、待たせたね」
「ああ、心太さん。大丈夫、今さっき到着しましたから」
まるで恋人のやり取りだ。少しだけ、別の意味で心臓が波打つ。
意識してるのは僕だけだろうか。心愛さんの横顔を見ても微動だに動いていない。
……僕の考えすぎか。はは。
取り敢えず、黙ってばかりでは空気が重たくなる。
「えと。心愛さんはどこへ行くとかもう分かってます?」
「はい。おそらく、心太さんが行こうとしてる場所と全く同じなはずですよ」
「なら良かった。ちょっと遠いとは思うけど、まあこの時間でこっち方面の電車は空いてるから……あ、ご飯。ご飯ちゃんと食べましたか?」
「ふふ、少し落ち着いて。大丈夫、しっかり準備はしてますから」
おお、恥ずかしい。年下の女の子に微笑まれながら窘められるのは中々心にくるものがある。
悶々とした気持ちのまま切符を買って改札を抜け、電車に乗り込む。
むう、僕は彼女より長く生きている。少しは頼りがいある姿を見せたい。
ガラガラの電車に乗って席に座ってからもしかめっ面のまま。そんな僕の頬を、心愛さんはツンツンと触ってきた。
「うわばらっ!?」
奇声を上げてしまった。ガラガラとはいえ電車内で。
ちょっと遠くで座ってるおばあちゃんや子連れのママさんが生暖かい視線を送ってきている。マジでやめろ。やめてくれ。恥ずか死ぬ。
「おにーちゃんとおねーちゃんまっかっか~」
そして、純真無垢な小さい男の子の言葉によって、僕は完全に撃沈させられるのだった。
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