心、そして心臓を愛する
彼の目を見た瞬間、絶対にこの人だと確信した。
心臓の動悸が一気に激しくなり、私にこれでもかと伝えてくるのだ。
「この人だ」と。
男の人が1歩近づく度に、私の心臓は彼と共鳴するような形で動悸を増す。
夢の中で何回も見た人の生まれ変わり的な存在は彼なんだと、心臓が喧しいぐらいに伝えてきた。
男の人は、私の絵を覗き見してたことを申し訳なさそうに詫びてこの場から立ち去ろうとしている。そんなの、絶対にダメだ。まだ帰したくない。
恥や外聞なんて知ったことではない。捨ててしまえ。私は、今にも走り去ってしまいそうな彼の腕を掴んだ。
「ま、待って。待ってください」
ビックリして目を見開く彼に、私は重ねるようにして言葉を紡ぐ。
「貴方とお話がしたいです。もっと、もっと色んなことを」
不審者じみた物言いに自分でも辟易しつつも、彼の腕を握った手を緩めはしない。
だって。だって、この10数年生きて、こんなにも離れたくないと思える人は初めてなのだ。しかもそれは、運命の人かもしれないと来ている。
見たところ、彼は押しに弱そうである。恥も外聞も捨て、押せ押せで行けば何とかなるはずだ!
……多分ね!
その後、気恥ずかしさに潰されそうになりながらも強気に押しに押して分かったことは以下の通りだ。
名前は心太さん。私と同じく、幼い頃に心臓移植の経験あり。かなり強い押しにタジタジしてることから、多分だけど女性経験はなし。あと、容姿は改めて見るとかなり素材は良い気がする。磨けは光るのではないだろうか。
うん、これだけ分かれば私は満足だ。
後は彼が、私のお伽噺みたいな物言いを信じてくれるかだけど……。
だが、その心配は杞憂だった。
「……ご、ごめんなさい。急に変なこと言って。それに、質問攻めにしてしまって。引きましたよね」
「あ、いや……大丈夫です。なんの確証もないけど、ドクドク波打ってるこの心臓が嫌でも信じさせようとしてくる。貴女とは遠い昔で知り合いだったんだよって」
いきなり質問攻めをした非礼と、突拍子もないことを言ったことを詫びると、心太さんは静かに首を横に振ると、
「ひとまずは信じます。貴女の言葉。この借り物の心臓に従いましょう」
こう言ってくれた。信じてくれたのだ。少しの迷いこそ見せたが、最終的には快晴のような笑顔で答えてくれたのである。
その笑顔を見て、私の心臓の喧しさが最高潮になった。
ヤバい。この人の笑顔、破壊力がヤバい。
「ふっ……!?」
思わず変な声と共に鼻血を出しそうになった。待って、本当に破壊力が凄まじい。運命の人の笑顔1つだけでこうも心は酷く乱されるのか? ってぐらい心臓がバクバク言っている。
生まれてこの方1度も恋愛はしなかったが、まさかこんなにも苦しくて。そして幸せな物だなんて思いもしなかった。
もうダメだ。私、完全にこの人に落とされてる。恋している。
「あの。大丈夫ですか? 顔が真っ赤になってますけど」
思わず顔を背けた私を覗き込むように、心太さんが近づく。
彼からしたら、単に突然顔を赤くしたことを心配しているだけなのだろう。
だが、私からしたらその行為はとどめを刺すに等しい。
近い。近い近い近いよ! 顔がすっごく近い! 待って覗き込まないでよ恥ずかしいから!
「ああ、そう言えば貴女の名前をまだ聞いてませんでしたね。僕だけ名乗ってるのは何だか不公平なんじゃ……」
ボソリと呟いた心太さんの言葉を聞いて、真っ赤になった顔が今度は一気に青ざめた。
何たる不覚。一方的に名前やその他の情報を聞き出しておいて、私自身は名乗りすらしてないなんて。
「こ、心愛です。心に愛って書いてココア。ごめんなさい、名前すら名乗ってなくて……」
「あ、ああ。そんなへこまないで。ただ、長い付き合いになりそうだから名前知っておきたいと思っただけですので」
優しい。本当に優しい。まるで日の陽光。心がポカポカする。
「それにしても心愛さん、ですか。良い名前です。心を、そして受け取った心臓を愛するとも、慈しむとも解釈できる。素敵な名前だ」
「――ン゛ッ゛!゛?゛」
いともたやすく行われるエゲツない反則行為。私のハートはもうボロボロだ。もちろん良い意味で。
彼の言葉は、的確に私の心の急所を撃ち抜いてくる。
ああ、もう。運命の人というのは、こんなにも素晴らしいのか。人を好きになる感覚というのは、こんなにも幸せなのか。
神様、ありがとうと思わず言いそうだ。
「……それで、心愛さん。貴女は、僕たちは遠い過去で知り合いだった人たちの心臓を宿す者同士。そう言いたいんですよね?」
急な真面目トーンの声もカッコいいの反則すぎるんだけど!?
「は、はい。だって、そうでもなかったらこんなに心臓がドクドク言う理由が見つからないんです」
しどろもどろになりながらも答えると、心太さんは考え込むような素振りを見せた。
――口に手を当てて考える姿も素敵だ
「うーむ……いっそ本気で調べてみますか? 少し面倒な工程を踏みますけど、最終的に信じるなら確固たる証拠が僕は欲しい」
なるほど、彼の言うことは最もだ。
突拍子もないこの話をひとまずは信じるが、やはり確証が欲しいと。
私も、この奇跡が本当に起こったのだという証拠が欲しい。思惑は一致している。断る理由はない。
「分かりました、そうしましょう。大学の講義の合間を使って調べてみます」
「うん、そうしてくれると……うん? え、待って。大学生なんですか? それにしてはすっごい若々しいような気が……」
「飛び級入学したんです。描いた絵が色んな人に評価されて、中学卒業と同時にA美術大学に入学しました。だから他の学生さんよりも若々しいのは当然ですよ」
「A美大……!? 推薦入試も一般入試は倍率高すぎて、世では天才と謳われる人間でも落とされる天下のA美大すか!?」
ああ、私が通ってる大学、巷ではそんな噂が立ってるのか。
道理で大学側から「入学してくれ。学費や教科書代その他諸々はこっちが負担するから」と届けが来たとき、親や親戚が大騒ぎした訳だ。
そんな仰々しい噂がある大学から直々にオファーが来たとなれば、腰を抜かすぐらいに驚くのも無理はないだろう。
改めて、私に対する世間の過大評価にため息が出そうになった。
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