Caliber.4

 飯を買い忘れていた。家路に着く直前で思い出した私は、ソフィアに近くのコンビニへ寄ろうと提案した。なぜか彼女は目を輝かせていたが、私の家で夕飯にありつくつもりなのだろう。

「何を作るの」

「さあ、何が売れ残っているかにもよるが...」

 古びたガラス戸を開き、私たちはコンビニへ入る。夜中とも言える時間のため、食品の多くが売れている。それでもスパゲティやパスタソース、インスタントスープ等は残っていた。私は乾麺の袋を取り、彼女に振り向く。

「パスタでも...」

「パスタしかないじゃない」

「仕方ない」

 私は麺とレトルトソースを見繕い、カゴに入れてレジ台に乗せる。老店主は虚ろな目で商品を取り、旧式のレジスターでバーコードを読み取り始めた。

 数人が新たに入店した。スーツを着ていて、コートを羽織り、顔は目深に被った帽子で隠している。詳細な数は三人で、一番前の男はカバンに手を突っ込んでいる。

 私の脳に電流が走り、「警戒しろ」と理性が叫んだ。

 男がカバンから抜いた手には、よく目に焼き付いたグロック17が握られていた。私は射線から逃れるため、カウンターを蹴って棚の陰に入る。

「ボリス?」

「奴らだ。消音器サプレッサーを使っている」

「どうするの!?」

「やるしかない。君は逃げろ」

「そんな」

「正面戦闘は無理だ。そこの裏口から早く!」

「...分かったわ」

 ソフィアは裏口と書かれたドアをくぐり、店内から消える。私は腰の後ろからシグを抜き、スライドをずらして装弾を確認した。

 抑えられた銃声が鳴り、破れた商品の袋が落下する。私は一瞬だけ体を覗かせ、引き金を二度絞った。先頭の男が倒れる。

「いたぞ。裏に回れ」

 敵二人の会話が聞こえる。棚を中心に挟撃されては勝ち目がない。二手に分かれるのを待ち、孤立した敵を一人づつ倒さねばならない。

 一人目が近づいてくる。その消音器サプレッサーが棚から覗いたとき、私は左手で銃のスライドを押さえる。自動拳銃オートマチックの弱点だ。スライドの動きを封じられると、銃弾を発射できなくなる。

 敵は手を振り払おうと暴れる。シグの銃口を敵の腹に向け、引き金を引く。鋭い銃声とともに風穴が開き、彼の服を赤く汚す。ゴポ、という音を立て、彼の口から赤黒の血が溢れた。

「てめえ!」

 次の瞬間、私は喉に腕を巻かれていた。背後から近づいた、もう一人の敵だ。息が一瞬で詰まり、押さえつけられた喉仏が悲鳴を上げる。

「やっとだな、ボリス・タルコフスキー...死ね!」

 ギリギリと喉が締め上げられる。私は右手の拳銃を向けようとあがくが、腕を押さえる左手の力を抜くわけにはいかない。

「苦しいか。俺の‘‘兄弟’’はな、お前のせいで死んだんだ。お前が港でさっさと死ねば...そこの二人も死ぬことはなかった!」

 意識が遠のき始める。拳銃を取り落としそうになり、銃把にかける力を強めた。まだ死ぬわけにはいかない。死んではならない。数時間前に決心したことも忘れ、左手に目いっぱいの力をかける。しかし、彼の腕はまるで緩むことを知らない。絶望の二文字が、私の頭で根を張り始めた。

「う...」

 突然腕が解ける。なぜか背後の男は腕を垂らし、小刻みに痙攣していた。

「無事?」

 ソフィアの声が、男のさらに後ろから聞こえる。私は何度か咳き込み、言葉を返した。

「なぜいる」

「死にそうだったから...」

「逃げろと言ったはずだが」

「正面戦闘じゃないわ」

 ソフィアが男の死体を倒し、得物を掲げて見せる。べっとりと血の付いたツイストダガー。

「私好みのやり方よ」

「...ありがとう。助かった」

 私はソフィアの手を借りて立ち上がり、老店主に向き直る。しかし、既に殺されていた。

「奴ら...」

「仲間を呼ぶの」

「そうするしかないな」

「じゃあ夕飯はダメね」

「...申し訳ない」

「まぁ、仕方ないわ」

 彼女は微笑む。私はスマートフォンでジノーヴィ・ファミリーのメンバーを呼んだ。警察を呼ぶわけにはいかない。血の飛散した店内の処理は、きっと面倒なものになるだろう。

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