Caliber.3

 高層ビルの15階に、我らがジノーヴィ・ファミリーの事務所はある。フロア入り口にはスーツ姿のメンバーが立っており、私の顔を見るなり怪訝そうにした。その原因は、後ろのソフィアにある。

「ボリス、そちらのべっぴんさんは」

「カインツを呼んでくれ。そいつなら分かる」

「分かりました...」

 メンバーはスマートフォンを取り出し、カインツに連絡を入れる。程なくして、私より一回り背が大きい男が現れた。私にシグを贈った張本人の、ミッチェル・カインツだ。

「ボリス、いったいどうした」

「こちらをご存じかな」

「あぁ、まさか...」

 カインツは腰をかがめ、私に耳打ちする。

「‘‘アグラーヤ’’か」

「彼女はそう言っている」

「なんてもんを連れてきたんだ。お前は今回の件の生き残りなんだぞ」

「問題なのか」

「お前...ちょっと来い」

 カインツは私を引っ張り、柱の陰へ連れていく。

「四人も殺されて、親父はイカレちまいそうなんだ。殺し屋の女なんか連れてきたら、青筋立てて死んじまうぞ」

「なら言わなければいいだろう。私が‘‘アグラーヤ’’を口説き落としたわけじゃないんだ」

「そういう問題じゃないだろう」

「もうすぐ始まるんだろ。私たちは後ろの方にいる」

「ったく...分かった。親父には黙っておいてやる」

「ありがたい」

 私は柱の影を出て、白いシャツが眩しいソフィア―‘‘アグラーヤ’’―のもとへ戻る。

〈フロア中央にお集まりください〉

 スピーカーからアナウンスが流れ、集まっていたメンバーたちが中央の広間に並ぶ。床にはベージュの大理石が敷き詰められ、中心部にはファミリーのスローガン「我の血は炎、空の星は栄光」と彫り込まれている。

 広間の壁には大型モニターがあり、そこには初老の男が映り込んでいた。ファミリーの四代目当主、ニコライ・ジノーヴィだ。メンバーたちのざわめきが収まるのを待って、ジノーヴィは口を開いた。

〈悲劇だ〉

 重く、静かな声。スピーカー越しのそれが、微かに空気を震わせる。

〈四人が死んだ。四人の‘‘息子たち’’が...なぜだ〉

 答えの見つからない問い。生と対をなす死に対し、その意義と理由を語ることができる者は少ない。いつか、己に訪れるものだとしても。

〈その中に、一人生き残った者がいるそうだな〉

 私のことだ。隣のカインツに促され、メンバーたちをかき分けて前に出る。

〈ボリス・タルコフスキーだな〉

「はい」

〈我が‘‘息子’’よ...教えてくれ。襲われた時のことを〉

「...私が‘‘青銅の騎士像’’の前を通ったあたりでした。五人の男が、私を尾行しているのに気づきました。歩く速さを変えると、彼らも同じように速度を変えました。そこで私は立ち止まり、振り向いて顔を確かめようとしました」

 そこまで言い切ると、ジノーヴィは深くうなずいた。

〈それで〉

「男たちは、全員が同じデザインのスーツを着ていました。帽子をかぶっていたので、顔がよく見えませんでした。思い切って声をかけてやろうとしたとき、一人が消音器サプレッサー付きのグロックを取り出しました。私はマズいと思い、トカレフを抜いて、男を射殺しました」

〈...なるほど〉

「すると、他の三人もグロックを向けてきました。どれも消音器サプレッサー付きでした。私はトカレフを持ったまま、港の方角へ逃げました。途中で一人を殺しましたが、撃ち返されて怪我をしました。上腕を掠っただけで済みましたが...港についた後、残弾が少なかったため隠れることにしたんです。そして気づいた時には、私を追っていた男たちは消えていました。諦めたのだと思います」

〈それで終わりか〉

「はい。なんとか命拾いはしました」

〈怪我の具合は〉

「もう心配いりません。消毒と止血はしましたから」

〈敵の素性は〉

「分かりません」

〈そうか...そうだろうな...〉

 ジノーヴィは頭を抱える。そして、数十秒間の逡巡があった。

〈そこにいる全員に向けて言う...〉

〈危険を感じたら、何も攻撃せずに逃げろ。隠れてやり過ごせ...〉

 メンバーたちの間に衝撃が走る。この男なら、「抵抗しろ」と言う。その確信が、無意識のうちにあったからだ。

〈会合を終わる。気をつけて帰れ〉

 ジノーヴィはそう言い残し、モニターから姿を消した。メンバーたちの間で、再びざわめきが起こる。

「...ということだ。帰ろう」

「えぇ、そうね」

 私はソフィアに告げ、フロアを出る。

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