第2話 異世界ラジオが割と本格的

「……勇者のおかんが半端ねー」


 先ほどまでドット絵の女性が躍っていた。

 最初は普通のダンスだったのだが、途中から逆立ちしてクルクルと激しいブレイクなダンスを踊りまくる。

 最後はその光景を見ていた勇者に気づき、バランスを崩す。そのまま部屋中央の大きなテーブルに踵落としで粉砕するのだ。

 口止め料がもらえるのも納得の大惨事だった。


 衝撃的な勇者の家を飛び出して街を散策する。

 会話もできなければ物色もできない。けれど探索の楽しみがないわけではない。音がなくなり打ちひしがれる人々の描写が凝っていた。

 叩き折られた弦楽器の横で酒を呑んでいる吟遊詩人風の男。ボロボロのステージ上で打ちひしがれるアイドル衣装の丸坊主女性。色々なドラマが考察できる街並みだ。

 ただ街人と会話できず物色もできないので、本当に買い物ぐらいしかすることがない。


「なにか買う前に異世界ラジオを聞くか」


 メニューを開き【異世界ラジオ】の【第一回始まりの街の攻略】を選択する。


『異世界ミューズ放送局! さて第一回の放送が始まりました。ラジオパーソナリティはこの異世界ミューズこと花乃いろはが務めさせていただきます。パフパフ』


「……本当にラジオだ」


『いよいよ冒険の始まり。楽しみですね。楽しみと言えばさっきやっていた前の番組【邪神反省中】は今回も面白かったですね。邪神【ディソナンス】が音無き世界で木魚をハイテンポで叩きまくるシーンは哀愁を感じさせました。どれだけ叩いても無音ですけど』


「ちょっと待て! 前番組ってなんだ。反省しているならミューズ開放しろよ。それだけで世界が救われるだろ。しかも叩いているのが木魚ってなんだよ!」


『そんなことより今日もお便りが届いてます』


「邪神の反省をそんなことで済ませるな! あと第一回のラジオでお便りがあるのおかしいだろ。定番だけど!」


『第一回でお便りがあるのはおかしいと思ったあなた! スタッフが頑張ったとか言わない! 皆色々苦労をしているんです。ちなみにここでのお便りは私の特殊能力です。異世界ミューズは【サウンディア】の住民の心の声を聞くことができるのです。それを勇者に伝えるのがお仕事とも言えます。だからお便りは常にあるんです』


「……そこもちゃんと設定として組み込まれているのかよ」


『さて第一回のお便りはラジオネーム【ガリレオのガリ寄り】さんからです。「大臣が悪筆でつらたん。マジこんなの読めんよ。豚が寝ながら書いているのかな? 一応サインしているけど書類の内容謎過ぎワロタ」うーん適当にサインされる国の重要書類。国の存亡の危機ですね』


「ラジオネームって……いや王様かよ! フランクすぎるだろ。ワロタで国の存亡の危機を語るな」


『「伝説の勇者とか現れてミューズ開放してくれんかな。でも誰が勇者とかマジわからんし。俺の前でポージング魔法【俺の腹筋板チョコ】を決めてくれた奴が勇者でいっか。支援するよ」とのことです。重要な情報ですね』


「重要な情報なのに頭に入ってこないわ!」


『ポージング魔法【俺の腹筋板チョコ】はポージングマスターから教わることができます。でも普通に会っても教えてくれません。まず街はずれの牧場で密造されているホエイプロテインの粉末を手に入れてください。それを商店にいるポージングマスターに渡せば教えてくれます。街の外には魔物が出ます。装備を整えて街の外の牧場に向かいましょう』


「……ホエイプロテインの密造ってなんだよ。もうツッコミ追いつかねーよ。お使いクエストの発生がこんな形とかありなの?」


 仕方がないのでポージングマスターから武器と防具を購入する。ドット絵でもわかる半裸の筋肉達磨だ。

 アイテムを入手して初めて知ったのだが、アイテム一つ一つに説明コマンドがある。全て花乃いろはによるボイス解説だ。

 購入したの【バールのようなもの(赤)】【囚人服】【シークレットブーツ】【アフロなカツラ】だ。

 ネタではない。

 性能重視。予算が許すコスパ最適解で買うとこうなったのだ。ちなみに解説はこうだ。


『事件現場から忽然と消えた血のついたバールのようなもの。とても殴りやすい』


『冤罪を晴らすため脱走した囚人の服。丈夫だ』


『靴底に収納があり本物の大臣から助けを求める手紙が隠されている厚底な靴。普通に売っているけど実はイベントアイテム』


『全ての髪を縮毛矯正すると何かが起きる。冒険の終盤まで持っておこう』


「……やばい。装備品から犯罪臭しかしないうえに、重要そうなネタバレアイテムが買えた。シークレットすぎるだろこのブーツ。あとアフロなカツラに縮毛矯正ってなんだよクソ!」


 解説ボイス目当てで全ての装備品を買いたくなる。でも序盤なのでそんなお金がないことが妙に悔しい。

 装備するのに勇気が必要だったが、別に呪われることはなかった。

 街では探索も会話もなく装備品を買って外に出ただけ。

 それなのにかなりの疲労感と妙な充実感を味わえた。


 街の外には魔物が出現した。

 オーソドックスなターン制コマンド選択式のバトルシステム。

 戦闘には妙な仕掛けはない。出てくる魔物もおかしなところはない。そのことに安心感を抱きながら牧場を目指す。


「おっ! レベルアップ」


『おめでとうございます。レベル二ですね。冒険の始まりを感じさせます』


「レベルアップにもボイスがあるのか」


 実は戦闘中もラジオを聞き続けているので、この声が耳に馴染んで来ている。

 ラジオは攻略回と雑談回が分かれているので聞きやすい。バックグラウンドミュージックなどが一切ないにもかかわらず耳が退屈することもなかった。


「またレベルアップ」


『レベル三ですね。もうそろそろ慣れてきましたよね。なんと異世界ミューズの花乃いろはから勇者魔法【ヒール】のプレゼントです。攻略には絶対必須の回復魔法ですよ!』


「へぇ。主人公の技能は花乃いろはからのプレゼントという形で増えるのか。いや……ちょっと待て」


 ボイスを聞きながらあることに気づいた。

 わざと牧場に行かずに雑魚敵でレベ上げする。


「よしレベルアップ!」


『レベル四おめでとうございます。攻略は順調ですか?』


「やっぱりレベルアップボイスが全て違うのか」


 レビューにあった【このゲームでレベルをカンストまで上げない奴はいない】の意味がわかった。

 攻略するためではない。

 このゲームは花乃いろはのボイスを聞くためにレベルを上げるのだ。

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