第30話

――十二年後。

 台に寝かされていたアイが起きあがる。

 あたりを見まわして、床にゆっくり降りる。

 あっと気づいてこちらへやってくる。

 レイの前まできて、仕切りのガラス壁に手をあてる。

 レイが待ってと手を見せる。

 アイは不安そうだ。


 お父さんの会社の研究室。

 わたしは情報工学に進んで、脳をコンピュータ上に乗せかえる研究をしている。大学の研究者だ。

 お父さんとわたしは共同研究チームの仲間として、一緒のプロジェクトに関わっている。かつてのお母さんと同じだ。

 レイも同じチームの一員。レイは、わたしと同じ大学の研究者で、霊長類が専門だ。海外生活がながく、レイと呼ばれるのが体になじんでいるとかで、年下のわたしにもレイと呼んでほしいといった。なんだかなれなれしいような気がして、しばらく違和感があったけど、いまはレイと呼ぶことが自然に感じられるようになった。日本人離れしたところがあるけれど、レイは日本人だ。

 この数年レイの研究に協力してきたチンパンジーのアイが、二日前老衰のため亡くなった。計画通りすぐに脳を取り出し、プロジェクトで開発したスキャナにかけた。スキャンデータは、わたしとおなじハードをもったコンピュータに乗せた。

 体はお父さんがメインになって開発した。といっても、わたしのような人間のアンドロイドをつくってきたから、チンパンジーのアンドロイドも難なくつくってしまった。脳のつくりや働きが少し違うのだけれど。


 レイはガラスの壁で隔てられた小部屋へはいってゆく。わたしたちも続く。

 名前を呼ぶ。アイは甘えるようにしがみつく。

 アイの訓練のためにつくったテスト用の機械にアイを促す。テスト用機械は大学で使っていたものを研究所に移動してきた。訓練をはじめるとつぎつぎに課題をこなした。ほかのチンパンジーではこうはいかない。

 わたしは、この間ずっとレイの背中を見つめていた。

 レイがとうとう振り返った。

「信じられない。これはアイだよ。間違いない。おれが間違うはずない。すごい、またアイに会えるなんて」

 レイはアイを抱きしめた。

 わたしも嬉しくなって、レイとアイをまとめて抱きしめる。

 まわりのみんなは拍手してくれた。

 わたしたちの研究は大成功だ。

「おいおい、論文はまだ完成してないぞ。気を抜くな」

 お父さんが、娘に向かっていった。立派な研究者に向かって、そんなことはいわない。きっと、お父さんも嬉しくて舞い上がっているんだ。

「わかってるよ!お父さん。わたし、やったよ!」

 こんどはお父さんに抱きつく。

「ああ、そうだな。おめでとう。こんなにガンバって、とうとうやり遂げてしまったんだからな。おれは美結を誇りに思うよ。恵令奈にも教えてやらないとな」

「うん」

「さあ、みんな。お祝いの準備ができてるんだ。移動して飲んで食べようじゃないか」

 お父さんにとっては定年前の最後のプロジェクトで、リーダーをつとめていた。なにかとみんなのフォローをしてくれた。

 みんなで飲み食いして、わいわいはじまった。わたしも、すこし食べ、飲んだ。


 わたしは、飲み物をとりに話の輪をはずれたついでに、すこしそこにとどまってみんなの様子をみることにした。サイダーのはいったプラスチックのコップをもって壁にもたれる。

 みんな充実した表情だ。わたしが生まれたときもこんなだったのかもしれない。お父さんとお母さんは抱き合ってよろこんだといっていた。

 わたしも今日レイと抱き合ってよろこんだ。なんであんなことをしたんだろう。お父さんとお母さんは、付き合っていたのだ。わたしはレイと付き合っているわけではない。

 わたしはレイが好きなのだろうか。いままで男の子を好きになったことがないからわからない。わからないということは、好きというわけではないのだろう。中学校時代の坂本と同じようなものか。もしかしたら、わたしの心には男の子を好きになる機能が実装されていないのかもしれない。そんなことはあり得ないけど。アンドロイドが人間の男を好きになっても仕方がないという気はする。


 アイの脳をスキャンして電子化した。今回の研究は成功だ。あとは論文を仕上げればいい。

 医療分野の研究とちがって、チンパンジーと人間の違いは簡単に乗り越えられる。

 わたしたちは、アイの脳のスキャンに取りかかる前に、わたしと同じタイプのチンパンジーの赤ちゃんアンドロイドを作成した。いまは、メスのチンパンジーに世話されて元気にやっている。人間の脳の研究、わたしのお母さんの仕事をチンパンジーに置きかえることができた。

 今日、チンパンジーの脳をスキャンして、生前と同じ状態のアンドロイドを作成できた。今度は人間で脳のスキャンをして、チンパンジーの赤ちゃんアンドロイドと逆の置きかえをすれば、生前と同じ状態の人間のアンドロイドを作成できるだろう。

 アンドロイド作成の技術的課題はクリアされたといっていい。つぎの問題はセキュリティだろうか。人間の脳をコンピュータで置き換え、記憶や性格までもデータとして扱えるようになったのだ。データを改竄すれば、記憶の改竄になる。性格だってかえてしまえる。でも、もとは人間の心なのだ。そんなことは許せない。


 実は、もっと問題なのが倫理だ。

 亡くなったヒトの脳は、細胞が死ぬ速度が速い。心停止が三分続くと神経細胞が死にはじめるといわれている。すみやかに冷やすことにより、脳を仮死状態にして脳細胞の死を止めなければならない。

 脳スキャンを前提とした、用意された死。それが必要だ。

 移植医療と同じくらいの倫理規定が必要になるだろう。死の判定をして、神経細胞を生かしたまま脳をスキャンにかける。スキャンにより脳は破壊される。脳が、人をその人たらしめている臓器だという考えが広まっている。脳を取り出して破壊することに、多くの人が拒否反応を示してもおかしくない。

 肉体が死に脳も破壊される。スキャンされる本人にとっては、命がつながるわけではない。残される人間のための技術だ。

 このような技術を社会は受け入れるだろうか。


 研究集会でわたしたちの取り組みについて発表したときのこと。ある研究者にいわれたことがある。脳スキャンができるような死というのは、老衰による死くらいしか考えられない。脳機能が衰えた状態でスキャンして、アンドロイドに載せたとしても、意味がないのではないか。このようなことだった。

 わたしたちの研究を応用する対象は、病死の人と、老衰により死んだ人になるだろう。老衰の場合であっても、脳スキャンによって得るデータはコネクトームといわれる全脳の神経回路のデータであって、脳機能についてのものではない。脳機能は、コンピュータのハード、ソフトで置き換える。シナプスの数、結合強度、可塑性をデータとして復活させられる。亡くなる直前に脳機能が低下していたとしても、コンピュータに置き換えたときは機能が復活することが期待できるのだ。学習しなおすことができるし、想起の機能が失われていただけなら、記憶を回復することができるはずだ。ただ、記憶そのものが失われていた場合は、記憶を取り戻すことはできない。


 脳機能の復活とは別に、興味深いことがある。スキャンする脳は、肉体の死を経験しているということだ。

 臨死体験というものがある。死に瀕していたが生還したという人が、危篤状態のときに体験していたと証言する不思議な体験談。よくあるのは、トンネルをくぐるとか、明るい場所にでるとか、自分を呼ぶ声が聞こえたとかだ。味わったことがないほど幸せな気分になるというのもある。死に際して、肉体の細胞から死の情報が全身に伝えられる。その情報に脳が反応して、通常ではないことが起こる。それが臨死体験の仕組み。いや、確実なことはまだわからない。

 脳スキャンして体をアンドロイドに置き換えられたとき、その人は死の経験をどのように語るだろうか。人が死ぬときどういうことを経験するのか興味ある人は多いだろう。わたしも早く話を聞いてみたいと思う。


 いつごろになるだろうか。はじめて人間からアンドロイドになる人はどんな人だろうか。

 わたしの好きな人たちが、わたしと同じくらい生きられなくても、この技術を使って、ずっと一緒に過ごすことができるようになる。わたしのための技術でもある。

 両親はきっと同意しないだろう。

 愛音ちゃん。どうだろうか。

 わたしが男の人を好きになったら、その人はどうだろうか。

 わたしは男の人を好きになるだろうか。

 またここにもどってきてしまった。研究が一段落したから、わたしにとっての次の問題は恋愛ということなのだろうか。

 はじめての臨床応用は、わたしが好きなった男の人になるということは、あり得ると思うけど。

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