第22話
「アンドロイドの普及はあまり期待できない状況だった。だが、人間の脳と同じ仕組みで動く心。その研究はすぐに国のプロジェクトに採用された。脳の研究に重点が置かれていた時期でもある。
心に体をあわせようというのは、おれの会社が提案してプロジェクトにもぐりこませたんだ。体は心に作用する。それを研究することには意義があるんだと言ってね。言ったのはおれだけど。
そのおかげで恵令奈と出会い、美結がこうして生きてるんだから、あのときのおれを褒めてやりたいよ。プロジェクト終了後、体はおれの部署の所属になった。試作品としてな」
「試作品」
「会社のものってことだ。体だけな。美結の心は美結だけのものだ」
「そう」
もう驚く気力も残っていない。
「わたしがアンドロイドだってこと、みんなは知ってるの?」
「知らない。愛音ちゃんのお母さんくらいだろう。彼女は恵令奈の後輩で、恵令奈をサポートしてくれていた。美結が生まれたときにも立ち会ったし、美結がはじめて手や足を動かしたときも一緒だった。恵令奈のよき理解者だ」
「ふうん」
「恵令奈は、美結のそばにずっとついていたいといって、結婚と同時に引退した。そのころ、彼女の妊娠がわかった。生まれた赤ちゃんが、愛音ちゃんだ。
美結には胎児期がなかったせいだと今になってはそう思うんだが、成長が遅くてね。恵令奈も自分が悪いのではないかと悩むことがあったんだ。ようやく美結が言葉を発するようになるころ、愛音ちゃんも言葉を口にするようになった。それで愛音ちゃんと同じ年齢ということにしたんだ」
「愛音ちゃんとは、本当に生まれた頃から一緒だったんだ」
「そうだな」
「愛音ちゃん。愛音ちゃんは、わたしのこと」
「まだ知らないはずだ」
「でも、男たちがわたしのこと、アンドロイドだって大声で言ってた」
「愛音ちゃんには聞こえてなかった。花火もあがっていたし、なにも耳にはいらないような状況だったんだろう」
花火。そういえば、花火があがっていたんだった。そんなことは頭からすっかり抜け落ちていた。
わたしは愛音ちゃんを思った。
「あ、タイミングよくヘリコプターがきたのは、あれはなんなの?お父さんの会社の人だっていってた」
「それは」
急に歯切れが悪くなった。なにか言いにくいことがあるのだろうか。お前は人間じゃない、アンドロイドだという以上のことが。
「美結、襲われてるとき、どう思った?」
「どうって?怖いとか?」
「ほかには?」
「ほか?なにも思わない。頭が真っ白だった」
「愛音ちゃんが襲われてるときは?犯人たちのことだが」
「わたしは、二人の男に投げ捨てられて。体が動かなくて。なにもできなくて」
「その、犯人を傷つけたいとか、まあ、殺したいとか、そんな風には思わなかったか?」
「殺したい」
思った。頭の中で念じた。でも、意識が薄れていて、そうじゃなかったかもしれない。
「割り込みと、おれたちの世界では呼んでるものなんだが。美結が人間を傷つけたいとか、殺したいとか思ったときは、意識を停止して体も動かないようにする仕組みが最優先で働くようになってるんだ。
ロボット三原則というルールがある。美結は人間の体を傷つけることができないようにしてあるんだ。美結が殺意を抱いたときは、割り込みが発生して会社に信号を送る。会社はそのまま警察に通報する。だから、あのとき会社から警察に通報され、美結の位置情報も送られた」
「そんな」
「いや、普段はなにもしていない。美結の心は美結のものだ。ただ、そういう緊急事態のときだけは、美結の体が信号を送ることになってる。美結が生きるために必要なんだ。受け入れてくれ。
逆に美結が人間を守りたいと思ったとき、そういう場合は予備電源が使われて力が強くなる。疲れて動けなくなっていても、また動けるようになるんだ」
「そう。それで愛音ちゃんを守れたってわけか。動力源はなんなの。原子力?」
「まさか。唯一の原爆を落とされた国だぞ」
「でも発電のために使ってたんでしょう?事故を起こして世界中に放射性物質をばらまいた」
「そうだな。だが、それはちがう。美結は充電式だ。ベッドに非接触型の充電器が仕込んであるんだ。それで寝てるあいだに充電する」
「そう、人間みたいね」
お父さんは眉間にシワをよせて苦しそうにした。
「このあと、わたしはどうなるの?」
「その前に、もうひとつ。アンドロイドといっても、命を粗末にしないでくれ。美結の心のバックアップはない。体は、成長に合わせて替えられるが、直前にならないと作成が許可されない。体を替える前に動けなくなってしまったとき、新しい体に替えることは法律で禁止されてる。つまり、死だ」
「アンドロイドなのに、死。いいことないね」
「そういうな。悲しくなる。このあとのことだが、体と心の検査のため、二三日はこの部屋にいてもらう。そのあとは家に帰って元通りだ」
「もとどおりね」
「美結が望むなら検査と一緒に、経験したくなかった、知りたくなかったことに関する記憶を消すことができるはずだが。どうしたい」
「記憶の操作!ぜったいにイヤ!そのほうがずっと恐ろしいよ」
わたしは、他人が記憶を操作できてしまうような存在なのだ。でも、そんなことは絶対許さない。
「そうか。子供とばかり思っていたけど。こんなに芯の強い人間になっていたとはな。おれは誇りに思うよ。こんないい子に育ててくれてありがとう」
「ううん。二人で育てたのでしょう?」
お父さんは、何度も涙を拭いながら黙って聞いていたお母さんの頭を胸に抱いた。お母さんはお父さんに抱きついた。お父さんはわたしの頭も引き寄せて抱きしめてくれた。わたしは涙が止まらなくなって、声をあげて泣いた。
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