第21話

「お父さん」

「ああ、おれが美結の父親だ」

「わたしは」

「美結の体は、ここでおれが作った」

 お母さんはお父さんを睨む。

「そんな怖い顔するもんじゃない。いつもの優しくてかわいらしい恵令奈にもどってくれ」

「お父さんの仕事は、パソコンを作るんじゃなかったの?」

「ずっと前の話だ。だましていてすまない」

「そう」

 わたしは、もうなにがなんだかわからなくなって、体から力が抜けてしまった。

「美結を生んだのは、恵令奈だ。それは間違いないぞ」

「何いってるか全然わかんないよ」

「美結の心は、恵令奈が研究して、悩んで、苦しんで生んだんだ」

 お父さんはお母さんの後ろに立って、手を肩に置いた。

「お母さんが研究」

「そうだぞ。美結が生まれる前、人間の脳のまだ一部しかわかっていなかった。視覚が一番研究が進んでいたんだが、それでも視覚のことがなんでもわかったというわけではない。そういう時代だった。五感について、記憶について、感情について、いろんなことが少しづつわかってきていた。

 そんなときに恵令奈は、そのころわかっていたことを全部ひとつにまとめ、わかっていなかった部分を突きとめ、美結の心を生んだ。

 そのとき、おれも立ち会ったんだ。あれは嬉しかったな。まだコンピュータ上にしか存在しない美結の心が、与えられた刺激に反応したんだ。

 恵令奈と抱き合ったのをよく覚えてる。あれは国からカネが出たプロジェクトだった。まわりに大勢の人が立ち会ってたんだ。おかげで、おれと恵令奈が付き合ってることがみんなにバレてしまった」

「恥ずかしい」

「そんなことが全然気にならないくらい嬉しかったんだよ。赤ちゃんが生まれたときの両親の喜びと同じだったと思うんだ。おれが担当していた体に美結の心を乗せて、手や足をバタつかせたときの美結のいとおしさと言ったらなかったな」

 お父さんは話しながら目に涙を浮かべていた。

「わたしの心はインテル製ってことか」

 わたしは投げやりな気分だった。

「いや、アームだ」

「アームってなに?」

「アームのほうがより省エネの点で有利なんだ」

 お父さんは急に自慢げになった。

「何言ってるかわからないよ」

「そうだな。本人には、インテルでもアームでも関係ないしな」

 もうショゲている。わたしのお父さんは、こんなに感情の起伏の激しい人だっただろうか。いままでこんなお父さんは見たことなかった。

 お父さんはすぐに気を取り直した。

「アンドロイドといっても、美結の心はな、はじめからプログラムされたものではないんだ。美結が世界に人に触れ、感じて、受けた刺激に反応して育っていった。人間と同じなんだ」

「最近、中学にあがるときに急に体が成長したのは」

「体を替えたんだ」

 そうか。だから下着のサイズがわかったし、わたしの知らないところで下着を用意することができたのか。

「顔と体は、おれと恵令奈のゲノム情報からシミュレートしたんだ。乱数もはいったアルゴリズムだから、弟か妹が生まれていたら美結とは違う顔になったはずだ」

「研究はどうなったの?それって、わたしに兄弟はいないってことなの?」

「美結をおれたちが引き取って、プロジェクトは成功裏に終了した。美結に兄弟はできなかった。プロジェクト期間が終了すると予算がつかなくなるんだ」

 お父さんは肩をすくめた。

「美結と同じタイプのアンドロイドは、ほかに存在しない。でも、美結は一人じゃない。おれも恵令奈も、愛音ちゃんもいる。新しくできた友達、香澄ちゃんだっている。自分が一人ぼっちだなんて思わないでくれ」

「まえのわたしの体は」

「すべて会社で大事に保管している」

「えっ」

「ああ、心配するな。ガラスケースに入れて飾ってあるなんてことはない。バイ菌のはいらない光も通さない容器に密閉して保管されている」

「あの、男たちがわたしの体、見てアンドロイドだって」

「そのことか。いまは規制がかかって、アンドロイドの体にはセックスや子育てにかかわる器官をつけられないんだ」

「うそ」

 わたしは手で胸を押さえる。

「乳首と性器は、美結にだけ見えたり触れたりする。つまり、自分が人間でないことを悟らせないために、そういうプログラムをあとから追加したんだ」

「なんでそんなこと」

「美結が生まれる前の話だ。

 アンドロイドの研究、開発は終わって、人間らしく動くアルゴリズムを搭載したアンドロイドの事業化が行われた。

 購入したのは、子供や恋人としてアンドロイドがほしいという人だ。販売する側としては、子供としてでも恋人としてでも、買ってもらえればその先は問題じゃない。当然、胸や性器をリアルに作っていた」

「普通のことみたいだけど」

「そうだな。でも、心は、美結のようにはいかなかった。すぐにアンドロイドだとわかってしまう。

 購入した人は子供や恋人と思っていても、他人はアンドロイドを人間と同じようには扱わない。モノとして、奴隷のように思うものがいるのだ。

 つまり、いろいろなところでアンドロイドはさらわれて、性欲を満たすためのオモチャにされ、捨てられた。そんな事件が頻繁に起こったんだ。もし捕まっても人間をさらうほどの罪にはならないしな。高価なものだ、気軽には買えないという事情もある。アンドロイドは狙われた。

 そんな風にしてさらわれて捨てられたアンドロイドの心は壊れてしまった。そのころのアンドロイドの場合は、心というよりデータといったほうがいい。

 データが壊れて、突然狂暴になって人を襲うものもいた。人間が自殺するように自分を破壊するものも、精神病の症状のようになるものもいた。

 特に衝撃だった事件は、孫としてかわいがっていたアンドロイドをそんなふうにひどい目にあわされた老夫婦が、経済産業省の建物の前で抗議の焼身自殺をした事件だ。孫を二度殺されたような気持だったんだろうな。その事件が大衆の心に火をつけた。

 マスコミが大いに煽った。友達や子、孫としてかわいがるためのアンドロイドにセックスのための器官はあってはならぬ。そんなものがあるからさらわれたり、レイプされたりするのだと。製造側に批判が殺到した。

 国も動いて法規制がされ、いまの美結のような体にするしかなくなった。

 アンドロイドの普及に水を差すことにもなった。美結のまわりにアンドロイドはいないだろ」

 わたしはうなづいた。そんな知識があったから、あの男はわたしのアソコを見てアンドロイドだと言ったんだ。思い出したら怒りで体が熱くなった。自分がアンドロイドだと知ったいまとなっては、そんな体の反応を不思議に感じる。

「美結自身が、自分がアンドロイドだと知っていたら、やはり人間のようにふるまえなくなって、周囲にバレてしまうかもしれないと恐れたんだ。それで、美結に人間だと思い込ませるために、そんな小細工をした」

「そうしてくれてよかったと思う」

「ありがとう」

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