第20話
男は、わたしの股間をさすったり、ペチペチと手のひらで叩いたりしながら、もうひとりの男の耳元になにやら叫んでいる。
今度はブラジャーを上にずらして、胸もあらわにされた。
男が胸をなでる。
もうひとりの男も同じように、わたしの胸をなでる。
もといた男が足を頭の先の地面につけるように、わたしの体を折った。
股間が空を仰ぐ。
屈辱で全身に力が入るけれど、男の力の前にはなんの抵抗にもならない。
叫び声だけをあげつづけた。
もう一人の男が手を伸ばして股間をさする。
「役に立たねえ」
また、男の声が聞こえた。
わたしの体はまっすぐにもどされた。足首は男にもたれたままだ。
もうひとりの男に両手首をつかまれる。
両手両足を二人の男にもたれて、ブランコのように左右にふられる。
投げ捨てられた。
わたしは、地面に叩きつけられ、ころがった。
起き上って愛音ちゃんのところにいきたいと思うけど、地面に手をついても力が入らず、膝を立てようとしてもかなわない。
目の前は地面だった。
愛音ちゃんの名前を呼ぶ。
口からかすかな声がでるばかりで、それ以上の大声がでない。
愛音ちゃんにひどいことをするな。
やめろ。
心の中で叫ぶ。
怒りがあふれる。
殺す。ころ
意識が急にぼやけてきた。目がかすんでいる。
ダメだ。しっかりしろ。愛音ちゃんを守らなければ。愛音ちゃんを守るんだ。
急にスイッチがはいって力が湧いてきた。
両手を地面について上体を起こす。
頭を下に向けて足を地面に踏ん張る。
そのまま走り出して三人の男たちに突っ込む。
肩と腕をあてて二人を同時に突き飛ばした。
一人は愛音ちゃんの体にのしかかって手で股間をいじりまわしていた。
襟首をつかんで一気に後ろに放り投げる。
放心した愛音ちゃんが、地面に裸で寝ている。
抱きかかえる。
もう誰の手にも触れさせない。
男たちがまた襲いかかってきたけど、盾となって腕を振るう。
愛音ちゃんに寄せつけるものか。
どのくらい時間がたったのかわからない。
気づいたら、わたしたちは強風に吹かれ、明るく照らされていた。ヘリコプターが神社の境内に着陸するところだった。
わたしも愛音ちゃんも体がガタガタ震えている。
作業着のようなものを着た人たちがやってきて、わたしと愛音ちゃんを毛布でくるんでくれた。
「もう大丈夫だ」
声を感じなかった。口がそう言った。頭に直接言葉が届いたのかもしれない。
「いいかい、もう大丈夫なんだ。彼女を放してやってくれないか」
わたしは愛音ちゃんをガッシリと抱きしめていた。そのことに気づいて力をゆるめると、倒れそうになる愛音ちゃんを大人の人が毛布ごと支えてくれた。
「君がアンドロイドの子だね」
「アンドロイドって?男たちも、そんなこと、言って」
大声を出しているみたいなのに言葉が聞き取りづらいし、なんのことをいっているのかわからない。
「そう、わからないか。もう一人の、君のお友達は先に病院へ連れて行きます。君は、大丈夫そうだが、我々と一緒に研究所へ来てください」
「研究所?警察の人、じゃ、ない?」
「警察ではない。でも、警察と連絡を取りあってます。我々は君のお父さんの会社の人間だといったらわかるかな。詳しい話は、君のお父さんにしてもらおう。佐藤さんは研究所へ向かってるか、到着して待機してるはずだから。どうです?佐藤朔太郎さんの名前で、我々を信用してくれますか」
「お父さんの会社へ?」
「そう。あのヘリコプターに乗って。途中、病院でお友達をあずけて、お父さんの会社へ行きます。いいですね」
うなづいたら、促されたからヘリコプターまで歩いて乗り込んだ。愛音ちゃんは抱きかかえられるようにヘリコプターまで連れられてきた。ガックリうなだれていた。頭にヘッドホンをかぶせられたと思ったら、声が聞こえた。
「犯人の男たちは、道路を車でやってきた警察が捕まえてくれたそうだよ」
そういわれても、なんの感慨もうかばなかった。
ヘリコプターが浮上をはじめた。宙に浮いているかと思うと恐ろしかった。
窓いっぱいに花火が広がった。花火と同じ高さまできていた。
いままで花火のことを忘れていた。ヘリコプターのプロペラも回っているし。ずっと大きな音がしていたはずなのに、聴こえていなかった。そのせいで、さっきまで作業着の人と話すのが大変だったのか。いまはヘッドホンをしているから、花火の爆発音もヘリコプターの音もしない。
となりでぐったりしている愛音ちゃんの手を握る。
花火をながめながら、視界が暗くなっていった。
目を覚ましたとき、病院のベッドで寝ていた。
「あら、目が覚めたのね」
お母さんがベッドの横にイスをおいてすわっていた。読んでいた電子書籍のリーダを膝の上に置く。
ベッドの上に起き上がる。パジャマを着ていた。お母さんがもってきて着せてくれたのだろう。
「お母さん、愛音ちゃんは?」
「少しけがをしたけど、大丈夫。レイプは未遂だったそうよ」
「そう」
「美結が守ってくれたんでしょう?よくガンバったね」
「あ、香澄ちゃん。坂本も」
「香澄ちゃんから、美結のケータイに電話があったよ。用事ができて先に帰ってきてしまったって伝えておいた。香澄ちゃん、心配してたから、あとで自分で電話しなさい」
「そう、ありがとう。お父さんは?」
「そのうちくるって」
「そのうち?」
「そう、すぐのそのうち。五分後かもしれないし、二時間後かもしれない」
「お母さん、わたしがアンドロイドってどういうこと?」
「それはね、わたしとお父さんの間に生まれた子ではないということ。わたしとお父さんの間には赤ちゃんが生まれない。でも、わたしとお父さんのほかに美結のお母さんもお父さんもいないの」
「わからない。わたしは人間じゃないの?」
「そうね、体は人間ではない。それは本当」
全身に鳥肌が立って気持ち悪かった。わたしは人間じゃなかった!
「でも、美結は生まれたときからわたしたちの子供なの。赤ちゃんの時の記憶は残っていないかもしれないけれど」
「アンドロイドなのに、生まれたってどういうこと?」
「美結の心はね、人間の心と信じられてるものと同じにできてるの。心は人間と言っていいと思う。はじめは何も知らない、考えることもできない。そういう状態で美結は生まれた」
「プログラムが起動したっていうこと?」
「そういう言い方もできるけれど、それは人間の赤ちゃんだって同じことなの。わたしとお父さんは、美結が生まれたと思ってるし、美結を育てて成長を見守ってきたつもり」
「でも、人間じゃないから赤ちゃんを産めないんだ」
「そうね」
お母さんは、とても悲しそうな顔をした。
「ごめんなさい。配慮にかけていた」
「いいの。美結は自分のことだけを考えなさい。わたしとお父さんが、美結を育てながら、幸せだったけれど心配していたのは、そのことなの。美結が成長して、男の人を好きになったとき、美結も相手の人も傷つけてしまうだろうってこと。そして、美結は赤ちゃんを産めないということ。美結の好きな人たちは、きっと美結より短くしか生きられないということ」
次々にアンドロイドとしての現実が突きつけられる。全部わたしのことだ。視界に入りきらないほどの大きな絶望がやってきて一瞬で飲み込まれた。白馬の王子さまは、蹄の音も聞こえないうちから方向転換して、彼方へ走り去ってしまった。
「わたしは人を好きになっちゃいけないの?」
「そんなことはない。絶対にそんなことはない。美結は人を好きになる。美結の心は、別の心を必ず欲する」
「そんなの苦しいだけじゃない」
「そんなことない。人間だって、美結と同じような状況に立たされる人はいる。それでも、人を好きになって、傷ついて、傷つけて、最後には幸せになれるの」
「そんなの、同じ人間だからじゃないの?相手がアンドロイドでもそうだなんて誰がいえるの?」
「わたしは言える。美結を生んで、育ててきた、美結のお母さんなんだもの」
わたしは、不思議なのだけれど腹を立てていた。お母さんとお父さんに。なぜ腹が立つのか不思議だと思っているのに、やっぱり腹が立っていて、別の自分がもう一人いるような気がした。
「わたしはどこで作られたの」
「作られたなんて言わないで!」
お母さんにわたしの苛立ちが感染したみたいに、今まで聞いたことがないほどするどい声だった。
「そんなに興奮すると、お互いよくないぞ」
部屋にはいってきたのは、お父さんだった。医者のように白衣を着ている。
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