第19話

 駅前の広場。浴衣姿の男女がチラホラいる。

 香澄ちゃんがクルリと一周まわった。

「香澄ちゃん、かわいい!」

 愛音ちゃんとわたしは声をそろえた。わたしはケータイで写真を撮る。まえにもこんなことがあった。

「ありがとう。でも、あれ?なんで?」

 香澄ちゃんは浴衣姿だ。髪飾り、浴衣、帯、巾着、下駄、すべてかわいい。

「やっぱりお母さんと一緒に選んだの?センスいいなー」

「なんでふたりは浴衣じゃないの?」

「わたしたち、ガラじゃないから」

「美結ちゃん、いつもいってるけど、一緒にしないで」

「愛音ちゃんにはジーンズにティーシャツ、ベースボールキャップがお似合いなんだよ」

「今日はスカートでしょう?わたしはなんでも似あいますよ?」

「なに片言の日本語になってるの?」

「いや、ちょっとわからなくなったよ」

「浴衣でお祭りにこようっていってなかった?勘違いしちゃったの?」

 香澄ちゃんがしびれをきらした。

「祭りは浴衣で行きたいねっていう話はしたけど、わたし浴衣もってないし。愛音ちゃんは食いしん坊だからお腹きつくなっちゃってムリだねってことに落ち着いたの」

「こら、わたしのせいにするなー」

 愛音ちゃんがわたしのほっぺをのばす。

「ほっへがほひふひょー」

「香澄ちゃんは遠慮しなくていいんだよ。今日の主役は香澄ちゃんに譲っちゃうから」

「おー、浴衣かよー。すげー。はじめてみた」

 坂本がやってきた。坂本も浴衣や甚平ではなく、普通の私服だった。わたしは坂本も写真におさめた。

「はじめてって大げさ。そのへんにいっぱいいるでしょう」

 愛音ちゃんは浴衣じゃないけど。

「いや、みんな年上っていうか、大人だろ。あとは、幼稚園くらいのときに親に着せられた甚平みたいのとか、浴衣っぽいのしか見たことなかったから。同級生のちゃんとした浴衣姿ははじめてってことだよ」

「で、どうなの。感想は」

「すごくいい」

「でしょう?かわいいでしょう」

「う、うん。かわいい」

 坂本は愛音ちゃんのどさくさにまぎれてかわいいと言おうとしたのだろうけど、声が小さくなって、逆にどさくさにまぎれられなかった。香澄ちゃんも恥ずかしそうにしている。まあ、出足好調といったところだ。

 そう、愛音ちゃんとわたしは、香澄ちゃんが浴衣を着て祭りにくるように仕向けたのだ。香澄ちゃんの浴衣が映えるように、わたしたちは地味な私服できた。


 祭は、夏休み最初の土日で開催される。愛音ちゃんとわたしは夏休み前に教室でオシャベリをしているときに、坂本と香澄ちゃんを祭りに誘った。前回香澄ちゃんと出かけたときに、坂本は次に一緒に連れて行くと約束してあったから誘いやすかった。

 今日は、このあと花火もある。そこでもうひとつ仕掛けを用意しているのだけれど、とりあえず祭りを楽しまなくちゃ。

 愛音ちゃんは食いしん坊だから、イカ焼き、じゃがバター、焼きそば、おやつにクレープともちきれないほどパックを抱えて、思いっきり食べまくるつもりだ。香澄ちゃんとわたしは焼きそばとクレープ。坂本はお好み焼き、焼きトウモロコシにかき氷。

 祭の屋台には食べ物系のほかにゲーム的なものもある。射的、くじ、型抜き、金魚すくい、ヨーヨーすくい。中学生になったからか、わたしたちの誰も興味を示さなかった。

 花火の時間がちかくなるまでステージを観ることにした。といっても、これまた興味があったわけではないから、屋台で買ったものを食べつつ遠くの方から眺めているだけだ。

 アイドルっぽい人たちが踊っている。たぶん学校の仲良しグループとかだろう。プロがこんなところへやってきて踊っているはずはない。

 アイドルっぽいグループのあとは、バンドの演奏がはじまるらしく、機材をセッティングしはじめた。

「香澄ちゃん、前に行って観る?」

 ロック少女の香澄ちゃんに気を効かせる。

「大丈夫。観たいバンドは、お父さんと一緒にライブ観に行くから」

 それはそうだ。アイドルファンが、さっきのグループに食いつかないように、ロックファンだからといって、こんなところで演奏するバンドに興味をもつわけもない。

 それでも、演奏がはじまってみると、わたしにはいい演奏に思えた。歌がはいっていないのが物足りない気がしたけれど。香澄ちゃんに聞いたら、フュージョンというジャンルなのだそうだ。香澄ちゃんも演奏を褒めていた。やはり、好きなジャンルというわけではないとのことで、みんなで端のほうで見た。

 日が完全に沈んで暗くなった。花火を観るポイントに移動をはじめたほうがよさそうだ。男子の坂本が先頭をゆく。その斜め後ろに香澄ちゃんがつづく。すぐに花火の会場に向かう人が増えて、流れに飲み込まれてゆく。

 愛音ちゃんとわたしは混雑を避けて脇道にはいった。坂本と香澄ちゃんには、そのまま花火の会場に行ってもらう。

 香澄ちゃんに坂本と二人きりになるチャンスをつくること。これは愛音ちゃんと私の二人で考えた仕掛けの第二弾だ。香澄ちゃんにとって余計なお世話にならなければいいけど。


 花火の見物客のざわめきが遠のく。

 愛音ちゃんもわたしも、このあたりの地理に明るくない。たぶん運動公園にそった、細い道を歩いている。運動公園に設置された照明からこちらの道路にも明かりが届く。それでどうにか歩くことができる。

「愛音ちゃん、こっちでいいのかな」

「たぶん。あっちが集合場所で、あっちが花火の会場でしょう?駅があっちだから、こういう感じでかくっといけば大丈夫だと思う」

 愛音ちゃんは腕をあげて方角を示しながらおおまかなルートを教えてくれたけど、いま歩いている道がくねくねと曲がりくねっていて、方向感覚がわからなくなる心配があった。わからなくなったらケータイで調べればよいかと思いなおして、愛音ちゃんのプランに従うことにする。

「愛音ちゃん、香澄ちゃんうまくいってるかな」

「いってるよ、きっと。わたしたちの戦略にまちがいはない」

「はぐれるといけないぜとかいって、手つないでるかな」

「そんなのはアニメかドラマだけだよ、美結ちゃん。現実はそういう風にできてはいないのだ」

「そうなんですか」

「そうさ。坂本も香澄ちゃんも意気地なしだから、最大でも香澄ちゃんが坂本の服の裾をつかむくらいだよ」

「ほほー、それでもいいじゃない。かわいいよ、香澄ちゃん」

「うん、そうだねー。そうなってるといいな」

「ふたり、はぐれちゃってたりして」

「最悪。でも、坂本ならありえる」

「あ、電話」

 わたしはケータイを出す。香澄ちゃんからだ。愛音ちゃんも歩みが止まる。

「香澄ちゃん、わたしだよ」

『美結ちゃん、いまどのへん?』

 香澄ちゃんの声は、マイクで放送しているらしき声にまじって、聞き取りにくかった。

「うーん、まだまだ会場まであるかなー」

『坂本とわたしはね、メインのテントの上の、土手をちょっとさがったところ』

「そこまでたどりつけそうにないから、花火は別々だねー。おわったら、駅のあたりで合流で。電話で連絡取り合ってね」

 ひゅーという音が聞こえて、花火があがった。周囲があかるくなって、ドンという音が響いた。花火大会がはじまったのだ。香澄ちゃんの声はもう聞こえなくなった。わたしは、通話を切った。

「香澄ちゃん、坂本と一緒だって」

 花火の音で、愛音ちゃんの耳に口をちかづけないと聞こえない。愛音ちゃんはサムアップで答えた。

 運動公園にそった道からさらに細い道にはいっていく。そっちが直進方向だからだ。

 運動公園からの明かりが届かなくなった。暗い。後方頭上の花火のほかに明かりはない。すこし恐怖感がくる。

 前方は真っ暗だと思ったら、背の高い木が茂っていて、花火の明かりもさえぎっている。道路から横のフェンス越しに広場がみえる。そちらは木がなく、花火の明かりが地面に届いている。

 神社だ。道のすこし先でフェンスが切れて、コンクリート製と思われる鳥居がたっていた。

 歩きながらフェンス越しに神社の境内をのぞいていたら、体が締めつけられた。

 足が地面から浮く。

 腕は体と一緒に締めつけられていて動かせない。

 大声で叫んだけれど、花火の爆発音で自分にもよく聞こえない。

 後ろから抱きかかえられて、鳥居をくぐって神社の敷地につれこまれた。

 地面に投げおとされる。

 手をついたけれど、顔を地面に打ちつけた。

 顔に、手に、膝に、土のついた感触。

 顔をあげると、かすかに届いた花火の光で、愛音ちゃんが地面にふたりがかりで押さえ込まれているのが見えた。

 わたしたちは、男に襲われている!

 膝で這って、愛音ちゃんのほうにいこうとしたら、腹をかえされて背中から地面に落ちた。後頭部を打った。

 空に打ち上げられた花火を突き刺すように、真っ黒い大木が空にのびていた。

 男がのしかかってきてブラウスをたくし上げる。お腹と下着が丸見えのはずだ。

 両腕を頭の上でつかまれて、体に馬乗りされる。身動きが取れない。

 男のあいている手で下着の上から胸をもまれる。

 男の体が足の方に少し移動したとおもったら、股間に手を差し込んできた。

 内腿に直接手が触れる感触。

 全身に電気が走るように総毛だつ。

 こんなときスカートとは、なんと役に立たないのだろう。ショートパンツの方がマシだった。

 馬乗りになった男に対して体をよじって抵抗するけど、効き目はない。

 男の舌がお腹を舐める。軟体動物が這ったような感触で気色悪い。

 顔がお腹から離れたと思ったら、男がパンツの横を掴んでおろそうとする。足をバタつかせて抵抗する。パンツが膝までおろされて足の動きを制約した。

 死に物狂いで体をひねる。

 まったく効果がない。

 絶望が襲ってくる。

 男がなにか叫ぶ。わたしの体から離れた。

 すぐに両手でパンツをあげる。体を反転させて腹ばいになった。

 男は、愛音ちゃんを襲っている男のひとりの肩に手を置いて、なにやら耳元で叫んでいた。

 男に体当たりするつもりで駆けだす。

 男は、もうひとりの男をつれてこちらに向かってきた。

 体当たりをかわされ、腹をかかえられる。

 体を軽々ともちあげられて、もといたあたりに放り投げられる。

 腹を下にして地面に落ちた。

 肘から先へのダメージが大きく、痛みで顔がゆがむ。

 男に仰向けにされ、パンツを今度は完全にはぎとられる。

 足首をつかまれて、股を開かれる。

 男が叫ぶのが、わたしの耳にも届いた。


――よ、アンドロイドだ――


 前後の声は聞こえなかった。ただ、一言だけ、そう聞こえた。

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