第17話
「サオリ先輩は、好きな人いるんですか?」
「え?好きな人?」
「あ、いますね」
わたしは勘が鋭いと自任しているから、すぐにわかる。
「ええ、まあ」
「どんなひとなんですかー」
サオリ先輩の好きな人、興味の尽きないテーマだ。
「わたしには、兄がいるんだけどね」
「お兄さんが好きなんですか!」
「美結ちゃん、落ち着いて。まだお兄さんがいるっていっただけだよ?」
愛音ちゃんがブレーキをかける。
「でも、間違ってないみたいだけど」
シャープペンを手からこぼしたり、ノートになにやら象形文字を書いたりして、動揺していることは明らかだった。わたしはそんなサオリ先輩を指さす。
「あれま。ホントだねー」
「お兄さんはどんな人なんですか」
「兄のことは、別にそういうんじゃないんだけど、理想に近いというか」
「それで、どんな人なんですか」
「えっとね、サッカーをやっていたの。いまは大学生になってやめてしまったけど」
「かっこいいんですか」
「そうね。わたしが小学生のころ、よく試合の応援にいって。サッカーやっているときが一番かっこよかったかな」
サオリ先輩が乙女の目をしている。
「サッカー以外はかっこよくないんですか」
「そんなことはないけど。そうね、身長は高くて、まだ伸びているみたい。脂肪はあまりついていなくて、でもムキムキじゃない」
「細マッチョってやつだ」
「細マッチョっていうの?」
愛音ちゃんはテレビ見ないのに雑学に強い。映画とかで出てくるんだろうか。
「そうだよ、ムキムキじゃないけど、筋肉がある人」
「へー。細マッチョって聞くとだいたい意味想像できるけどね」
サオリ先輩のお兄さん。細マッチョ。ぜんぜん情報が足りない。
「サオリ先輩、お兄さんの写真とか、ケータイにはいってないんですか」
「あるよ?」
「見せてください」
「見る?」
「ぜひ」
「どれがいいかな。えーと。ちょっとまってね」
サオリ先輩、どんだけお兄さんの写真とりまくってるんだ。ちょっとストーカーっぽくて怖くなる。
「これなら全身はいっていて、いいかな」
愛音ちゃんとわたしは奪い取るようにサオリ先輩のケータイに食いついた。
画面には、上半身裸で庭にホースで水を撒いている男の人が写っていた。日に焼けている。体つきは、たしかに細マッチョという感じ。髪は短髪。サーファーという印象だ。
「これはダメだ。サオリ先輩が、お兄さんを好きになってしまうわけだ。モテモテですよ、これじゃ。大丈夫ですか?彼女連れてきたことないんですか」
「連れてきたことはないかな。彼女ができたという話も聞いたことがない。ずっとサッカーばっかりだったから、彼女と遊ぶ暇なかったと思うし」
「ふーん」
愛音ちゃんは、考え込んでしまった。わたしは愛音ちゃんの考えが、ちょっとわかる気がした。
「お兄さんは、サオリ先輩のことどう思ってるか気になりますね」
愛音ちゃんが大きくうなづく。
「うーん、どうかな。仲はいい感じだと思う」
愛音ちゃんとわたしは、体を前に乗り出す。
「どんな風に」
「どんな風にっていわれても困るけど。勉強を教えてくれたり、よく話をしてくれたり。あと、雑誌で紹介されてるお店に服を買いに行きたいって言ったら連れて行ってくれて。あのときは楽しかったな。はじめてふたりだけで電車に乗って出かけたし。ランチもしたし」
「デートじゃないですか」
「そう。わたしにとってはデート。兄にとっては、普通のことだったかもしれないけど」
「そのときは、どうでした?女の子として扱ってくれてる感じでした?」
「そうね、女の子として扱われるってこんな感じなのかなって思った。お店のドアを開けて通してくれるし、ランチのオーダーも、わたしの希望を聞いて兄がしてくれたし」
愛音ちゃんとわたしは手を固く握りあった。これは、お兄さんもサオリ先輩のことが好きだという可能性がある。脈ありなんじゃないだろうか。
「すっごい。実在の人物とは思えないくらい」
「いやいや、ちゃんといます。わたしの妄想じゃないよ?」
「わかってますって」
わたしは、つぎにまたデートできるように用事をつくればいいと思った。どんな用事がいいだろう。
「お兄さんは大学生で、いまは一緒に住んでないんですか?」
「家から通っているの」
「チャンスじゃないですか」
なんだか愛音ちゃんが悪だくみしている目になっている。
「チャンス?」
「そうですよ。お兄さんがお風呂に入ってるときにガチャッとドアを開けて、でたら勉強教えてね、わからないところがあるのとかいうんですよ」
「愛音ちゃん、サオリ先輩のぞき魔じゃないからね」
でも、サオリ先輩の頬はゆるんでいた。やっぱりストーカーという言葉が頭に浮かぶ。
「逆に、入浴中にお兄さんが歯磨きとかで洗面所にはいってきたら、裸でお風呂からでちゃうんです」
「そんな」
「恥ずかしがっていてはダメです。目に焼き付けるんですよ、サオリ先輩のナイスバディを。お年頃の男なんて、性欲のかたまりなんですから」
愛音ちゃんはマンガやアニメの引き出しを膨大にもっているから、つぎつぎアイデアがあふれてくるようだ。
「食事のときは、お兄さんにあーんしてもらったり、あーんしてあげたり。朝はお兄さんを起こしてあげたらいいです」
「でも、起きる時間が違うから」
「じゃあ、逆にチャンスですよ。早起きしてお兄さんの布団にはいって二度寝できるじゃないですか」
「愛音ちゃん、朝男の人は体の一部が興奮するっていうから」
「もう、満塁ホームランですよ、サオリ先輩。やさしくなでてあげれば喜びますよきっと」
「ええっ、そんなことして大丈夫かな。嫌われるんじゃない?」
「逆に大喜びですよ。明日も頼むってなもんです」
さすがに、わたしは愛音ちゃんの頭にチョップを食らわせた。
「あたっ」
「愛音ちゃん、サオリ先輩まだ中学生」
「だからー?」
「そういうエロいことで気をひこうとすると、あとでやっかいになったり、嫌われたりするよ」
「どういうこと?」
「男はケダモノってこと」
「女だってケダモノだよ」
「じゃあ、お兄さんがその気になって、サオリ先輩とセックスしようとしたらどうするの?」
「大好きなお兄さんと結ばれるんだからいいじゃない」
「結婚できないんだよ、お兄さんとは」
「しかたないよ、そういう法律なら」
「赤ちゃんだって、元気に生まれてくるかわからないんだよ」
「それは問題だけど、先の話でしょう?」
「ぜんぜん先じゃないよ。今日セックスして受精したら、十箇月ちょっとで生まれてきちゃうんだよ」
「あの、ふたりとも。わたしそこまで」
「サオリ先輩はお兄さんとエッチなことしたくないんですか?セックスしたくないんですか?そんな軽い気持ちだったんですか」
「いや、エッチなことしたくないかっていうと、まあ少しはしてみたいかなっていうか」
「じゃあ、やっぱり先の話じゃないよ」
「そんなの避妊すればいいんだよ、美結ちゃん。知ってるでしょう?避妊」
「避妊。そうか。そうだね。それなら、赤ちゃんがほしいときまで先の話になるよ、愛音ちゃん」
「美結ちゃんはドジなんだから。すぐ大事なことを忘れる」
「ドジじゃないもん。あまり考えたことないことだったから思いつかなかったんだよ」
「わたしがいつもセックスのこと考えてるみたいにいわないでよ」
「でも考えてるんでしょう?」
「たまに少し考えるだけだよ」
「誰と?」
「誰って?」
「誰とエッチしようって考えるの?」
「そんなの秘密!」
わたしは、サオリ先輩に向き直った。
「結論が出ました。コンドームを用意してからセックスに誘うようにしてください。実際にセックスするときはコンドームをつけてもらってください」
サオリ先輩は顔を真っ赤にしていた。
「愛音ちゃん、美結ちゃん」
「はい」
「わたしのこと変態だと思わないの?」
「変態ですか?サオリ先輩は変態プレイがお好みなんですか?わたしはその方面は詳しくないから、美結ちゃんに聞いてください」
「なんでわたしが詳しいことになってるの」
「だって、本を読んでたら、変態プレイにも詳しくなるでしょう?映像は、いろいろ規制があるし」
「愛音ちゃん、わたしポルノは読んでないよ?アニメの方が過激な描写があったりするんじゃないの?」
「美結ちゃんこそ、わたしエロアニメは見てないよ。うちにそんなソフトないし」
「わからないよ、お父さんが隠してるかも」
「隠してるかもしれないけど、隠してあるんだから見られないでしょう?」
「愛音ちゃんなら探し出しちゃうんじゃない?」
「あれば探し出す自信はあるかな。うん、今度さがしてみる。そうじゃなくて」
「あの、ふたりとも、そうじゃないの。兄のことを好きだとか、エッチなことしたいとか思ってるわたしのことを変態だと思わないの?」
「ブラコンでしょ?普通ですよ。むしろ好物です」
「いろいろな人がいるものです。とくにセックスの嗜好については」
「そう」
サオリ先輩は、机に頭をごつんとぶつけた。
「痛っ」
つい、わたしが声をあげてしまった。
「わたし、けっこう長いこと悩んでたんだー」
「お兄さんとエッチですか?」
「エッチは最近だけど。好きな人が兄だっていうこと」
「世間の偏見に負けちゃダメです」
反骨精神のかたまりの愛音ちゃんらしい。
サオリ先輩は顔を机にふせた状態から横を向いて、わたしたちに顔を見せた。
「うん、ありがとう。ふたりの話を聞いてたら、普通のこととはいわないけど、たいしたことないのかなーって思った」
「自分で自分を否定してはダメです。自分を肯定して、世界を否定しないといけないんです。世界と戦うんですよ」
「愛音ちゃん、わたしそこまでは無理かな」
「アニメには多いですよ、ブラコン、シスコン。異性の兄弟をもってる人なら少しくらいはブラコンだったりシスコンだったりするんですよ。まわりにそういう人が少ないのは、兄弟がかっこよくなかったり、かわいくなかったりするから、ブラコン指数、シスコン指数が低いだけだと思うんです。あのお兄さんならブラコン当り前です」
サオリ先輩は大きくため息をついて、いつもの笑顔になる。
「悩める美少女は卒業ですか?」
サオリ先輩は起きあがった。
「うん、気持ちが軽くなった気がする」
「美少女は受け入れちゃうんですね」
「わたし美少女じゃなかった?」
「つまらない謙遜なんていりませんね」
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