第15話
おじいちゃんが亡くなって、坂本はしばらく元気がないように見えた。わたしは、坂本に元気がなくても気にしないで、普段どおりに接するようにしていた。このところ元気のなさは解消されてきたように思う。
もう期末直前、今日から部活休み期間だ。
「今日のおやつはなにかな」
「たぶんチーズケーキ」
「ほんと?美結ちゃんのお母さんのチーズケーキ大好き」
「うん、知ってるみたい。だからはりきって焼くっていってたよ?」
「そっかー、楽しみだなー。はやく授業終わらないかな」
愛音ちゃんは気が早い。まだ朝のホームルームが終わったところだというのに。ケーキだって、まだ作りはじめてもいないはずだ。
昨日の夜、愛音ちゃんとチャットでオシャベリした。それで、わたしの部屋で一緒に勉強する約束をしたのだ。
「香澄ちゃんは?今日うちで一緒に勉強しない?お母さん特製のチーズケーキ出るよ」
「今日は塾なんだー。残念だけど行けない。ごめんね」
「ううん。香澄ちゃん塾に通ってたんだね」
「そう、中学からはじめたんだ」
「バドミントンと塾なんだー。忙しいね」
「そうだよ、普通の中学生は忙しいんだよ、美結ちゃん。わたしたちはノンビリしてるけど」
わたしもノンビリ組みにいれられてしまった。たしかにそうだけど。
「そうだね、勉強しろなんていわれたことないや」
愛音ちゃんとわたしは、いつも世間から取り残されている。
「わたしたちも塾いく?」
「そんなお金と時間があったら、映画を見に行ったほうがいいよ」
愛音ちゃんらしい。愛音ちゃん勉強したくないから。
「坂本は?塾いってる?」
わたしは坂本を会話に引っ張り込む。
「おれはサッカーだけ。勉強会にまぜてくれるのか?」
「それはイヤ。わたしの部屋に男子をいれるなんて」
強く拒否しすぎたみたい。坂本はショゲてしまって、そうかといって前に向きなおった。
結局、今日は愛音ちゃんとふたりだ。
放課後、寄り道することもなく家に帰る。愛音ちゃんも自分の家に戻らずに、わたしの家に一緒にやってきた。
愛音ちゃんは何度もわたしの部屋に遊びにきているから、十分すぎるほどくつろいでいる。お目当てのチーズケーキをおかわりして満足げだ。
おやつ休憩のあと三十分もたっていないのに、愛音ちゃんは飽きてしまったらしく、アルナをケージからだして遊びはじめた。
「もしかしたら、坂本はわたしのことが好きなのかもしれない」
愛音ちゃんは困った顔をした。
「美結ちゃんて、おっとりしていて鈍そうなのに、そういうところだけ鋭いよね。すごい不思議」
「えー、わたし鈍感じゃないよ。すっごい勘がするどいんだよ?」
「まあ、わたしもそうじゃないかと思うけど。それでどうなの、美結ちゃんは?」
「どうって?」
「坂本のこと、好きなの?」
「うーん、わからない。友達としての好きかな」
「そうなの?」
「だって、男の子とオシャベリするより愛音ちゃんとオシャベリした方が楽しいもん」
「あら、美結ちゃんそういう趣味だったの?」
愛音ちゃんは自分の胸を抱いて、いやいやと上半身をひねった。
「冗談はさておき、坂本のことはどうするの?」
「どうもしようがないよー」
「えー、つまらない」
愛音ちゃんは食いついてはなさない。このオシャベリをひっぱって勉強を後回しにしたいという魂胆だ。
「坂本が告白してきたわけじゃないんだよー?こっちから、ずっと友達ですとかいったらヒンシュクものだよ」
「たしかにね」
「それに、男子は精神年齢がひくいから、まだ自分でも好きとかってわかってないんじゃないかな」
「おー、イッチョマエー」
「おほほほほ」
さっき、自分もわからないと答えたのだけど。
「それよりも、香澄ちゃんだよー」
「香澄ちゃん?」
愛音ちゃんは気づいていないのだろうか。
「香澄ちゃん、坂本のこと好きなんだと思う」
「えっ、そうなの?」
「たぶん。聞いたわけじゃないからあれだけど」
「そう、あれなの」
愛音ちゃんは考え込んでしまった。わたしはするどいから、まず間違いない。
わたしはアルナを引き取って手のひらにのせる。
「アルナ、香澄ちゃんはね、わたしと愛音ちゃんと仲のいい女の子なんだけどね」
アルナはいつもするように、後足で立ち上がって上を向く。ヒゲがピクピク動く。
「おとなしい子なの。こっちから話しかけないと話せないような。でもね、坂本と話してるときには、よく自分から混ざってくるんだー。たぶんね、ひとりだと坂本に話しかけられないんだよ。だから香澄ちゃん、わたしたちと話すついでって感じで、坂本と話すんだー」
「そうなのー。坂本は気づいてないの?」
愛音ちゃんがアルナの声をあてる。あまりうまくない。
「坂本が自分で気づくことは、期待できないかなー」
「なんとかしてやらないの?」
アルナが愛音ちゃんに吹き替えられているのを知っているかのように、首をかしげる。
「香澄ちゃんが自分で動くしかないんじゃないかなー。わたしがデシャバるとよけいな混乱を招きそうだし」
「バレンタインのチョコ渡すとか?」
「すごい、アルナ。バレンタイン知ってるんだね」
アルナの頭をなでる。
「でも、アルナ。バレンタインは二月だよ。まだまだずーっと先」
わたしは残念そうに声のトーンを落とす。
「なんで、バレンタインは二月なんだろうね?三年生とかだったら、うまくいっても二ヶ月もしないうちに卒業して離れ離れになっちゃうよ。七月くらいにすればいいと思わない?そうすれば、うまくいったら夏休みにいっぱいデートできるでしょう?」
「外国は八月に新学期が始まるから、二月でも半年くらいは仲よくできるんだ。夏休みもね」
「そうなんだー。アルナは物知りだなー。それじゃ、日本の学校も八月を新学期にしなくちゃだね」
「そうだね、美結ちゃんが総理大臣になって、八月を新学期にしてよ!」
「総理大臣かー。ノーベル賞もとらなくちゃいけないし。大変だなー」
「ノーベル賞はムリ。社会ができないからムリ」
「こらー、失礼なこといっちゃダメ、アルナ。期末はいい点とるんだから」
「とれるといいね。奇跡だね」
「そんなイヂワルなこというアルナには、おやつあげません」
「えー、ひどいよ美結ちゃん」
愛音ちゃんがアルナから愛音ちゃんにもどった。
「あれ?愛音ちゃん?いまアルナとオシャベリしてたはずなんだけど」
「アルナだよ」
またアルナになった。
「アルナおやつ食べる?」
「食べるよ」
「わかった」
わたしはアルナを床におろした。餌を取り出して手渡す。
「美結ちゃん、わたしも」
「愛音ちゃんもおやつ?」
「食べるよ」
さっきまでのアルナの声。愛音ちゃんが手を出す。
「チーズケーキ二個も食べたのに、まだ食べるの?ハムスターじゃなくてブタになっちゃうよ?」
「食べるよ。今度はしょっぱいのがほしいな」
「はい」
愛音ちゃんにアルナの餌を渡そうとしたら、愛音ちゃんの手が逃げた。
「それじゃなくて、人間のおやつぅ」
「これが食べてみたいのかと思った。愛音ちゃん食いしん坊だから」
「そんなわけないでしょう?」
「お母さんのとこ行ってもらってくる」
「よろしく、美結ちゃん」
アルナのおやつを袋にもどして、部屋をでる。階段を降りながら、香澄ちゃん、うまくいくといいけどなと思った。
やっぱり、わたし坂本のことが好きってわけじゃないんだ。
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