第13話
せっかくの女の子限定のお出かけということで、映画館と同じ建物内のお店で服をみたり、雑貨やアクセサリをみたりした。
香澄ちゃんはセンスがいい。かわいいものを探す能力がある。香澄ちゃんを隊長にしてお店を探検した。
探検がひと段落して、愛音ちゃんは映画のソフトを見たいといった。じゃあ、わたしは本を見たいといった。香澄ちゃんは愛音ちゃんについていった。愛音ちゃんについていくと、映画のウンチクをさんざん聞かされるにちがいないのに。ご愁傷さま。
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読んで、愛音ちゃんに「ブレードランナー」を借りて観たけれど、原作も映画もあまり楽しめなかった。わたしはサイエンス・フィクションが好きではないみたいだ。
お父さんに中学のころ読んだ小説の話を聞いたら、ミステリを読んでいたといった。中学生くらいが読むのによいのがあるらしい。赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズをよく読んでいたのだそうだ。
お父さんは、ミステリを読むことを勧めるつもりはないらしい。自分で買った本は捨ててしまったそうだ。ミステリより科学関係の一般書を読めと、そう言った。楽しみのための読書と、知るのを楽しむための読書という違いがあるのだそうだ。科学の本はお父さんにいえばいくらでもでてくるだろうから、いまはミステリをちょっとのぞいてみようと思う。
文庫本の棚の赤川次郎コーナーは、膨大だった。ここは光文社文庫。別の会社からも本を出しているという話だから、どれだけのスピードで本を書けるんだと思うくらいの量の本を赤川次郎は書いていた。
三毛猫ホームズの一作目は「三毛猫ホームズの推理」。お父さんの話では、三毛猫は人間のように描かれてはいない。ただの猫であって、話すこともできない。それなのに事件解決に一役買うっていうのだから、三毛猫というより作者がすごいと思う。
もちろん、膨大な量の在庫の中に「推理」があった。読みはじめる人は一作目をまず読むはずだから、書店も一作目を切らすわけにはいかないだろう。
ランチをして、映画を観て、そのあとだから、六百円の出費も財布に響くというものだ。ランチ代は帰ったらお母さんに請求してみよう。全額ではなくても補助をだしてもらえるように交渉する。
本を買って、愛音ちゃんと香澄ちゃんに合流する。映画のコーナーに愛音ちゃんの姿がなくて、はぐれたかと心配になったけれど、音楽のロックのコーナーに香澄ちゃんと愛音ちゃんを発見できた。
「愛音ちゃんが映画のコーナーにいないなんて、はぐれたかと思ったよ」
「あ、美結ちゃん。おかえり。いまね、ハードロックの話をしていたの」
人がかわった香澄ちゃんがいた。
「え、ハードロック?」
「そう、イギリスのバンドでね、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルっていうのがね、ハードロックの二大バンドっていわれてるの。ハードロック・ファンの間でもツェッペリンのファンと、パープルのファンで対立があったりして。
でもじつは、パープルは、ツェッペリンのロバート・プラントがすごいっていうんで、真似しようとしてハイトーンボーカルのイアン・ギランを加入させたんだ。
それでも、わたしはパープルのほうが好きなんだけどね。あとの世代のバンドにもいっぱい影響を与えてるんだ」
「美結ちゃん、ダメだ。わたしの映画みたいに、香澄ちゃんのロックの話はとまらないよ」
「美結ちゃんは、ロック聴かないの?」
「聴かないかなー。うちは音楽をあまり聴かないんだ。愛音ちゃんのうちは、映画のほかにもコンサートの録画とか観るんでしょ?」
「え、うん」
「そうなの?どんなの?どんなの?」
「えーと、ジューダスプリーストとか、アイアンメイデンとか?」
「すごい!へヴィーメタルだ」
「うん、そう。お父さんがね、ほら、武術やってるでしょう?激しいのが性にあうみたい」
「愛音ちゃんも好きなの?プリーストとかメイデンとか」
「いや、わたしは。ガンズ・アンド・ローゼズかな」
「ロッケンローだ、愛音ちゃんは。そうだと思ったんだ。絶対愛音ちゃんはロックの人だって。ガンズはアクセルの声が好きなの?」
「うん、ボーカルもカッコいいし、曲もいいと思うんだけど」
「お気に入りは一枚目?たぶんそうだよね。ジャケットが発禁になって黒い背景に十字架のジャケットになったやつだ。もとは、金髪の女の人がロボットにレイプされて倒れてて、そのロボットが大きいロボットみたいな怪獣みたいなのに食われそうって感じの絵だったんだよね。
あ、ごめん。間違っちゃった。コンサートの録画を観るんだったよね。ということは、二枚にわかれてる東京公演のやつだ。二枚同時発売のセカンドのときのツアーだ。映画好きの愛音ちゃんなら、ターミネーター2のテーマ、ユークッドビーマインだね」
「え、ああそうそう」
映画の話がはいりこんでも、まだ愛音ちゃんは主導権を取れなかった。残念。
「ミュージックビデオにシュワルツェネッガーとか、映画のシーンはいっててカッコいいよね」
「え、ミュージックビデオ?」
愛音ちゃんは、全然追いつかない。
「そのあとの、バンドメンバーが入れ替わっちゃってからのライブもでてるけど、ギターがやっぱりちがうし、別のバンドみたいで、セカンドのあとの東京公演とくらべるとイマイチだよね」
「そ、そうなの?」
「愛音ちゃんは、ガンズってことは、ローリングストーンズとか、エアロスミスとか、そっち方面だ。エーシーディーシーもいける感じ?」
「えーと、なに言ってるかわからない」
「じゃあ、サンダーも好き?」
「サンダー?」
「そう、サンダーは知らない?イギリスのバンド。あ、イギリスのバンドは詳しくない?やっぱりエアロスミス?エーシーディーシー?オーストラリアだけど。
なかなかガンズが好きな人が聴いて楽しめる他のバンドってないよね。アクが強すぎるのかもガンズ」
「あの、香澄ちゃん。愛音ちゃんが知恵熱だしちゃうから、もうそのへんで勘弁してあげて?」
「え?あ、ごめんなさい。つい興奮して。ロックのことになると早口でまくしたてちゃうんだ、わたし。もっとゆっくりシャベらないと、わからないよね」
「いや、スピードもだけど、内容もみたい」
わたしは首をかしげる。
「え?愛音ちゃん、わたしのいってることわかってたよね?」
「いや、なんかバンド名がいっぱい出てきたのはわかったけど、それがどういう音楽かっていうのはわからなくて、ごめん」
「そっか、わたし女の子がロックについてどんなことを知ってるのかわからないんだ」
「こんどおすすめのディスクを愛音ちゃんに貸してあげたらいいんじゃない?」
香澄ちゃんが愛音ちゃんを上目づかいで見上げる。かわいい。
「じゃあ、サンダーがいいかな」
いま仕入れたばかりのバンドの名前だ。それしか頭に残っていないのだろう。
「うん。愛音ちゃん、サンダーのことは知らないんだよね?サンダーはね、解散しては再結成してるの。二回は解散して再結成してるかな。デビューした年のロックフェスティバルで人気がでたんだよ。ライブが得意なの。そのフェスのときのライブ音源もでてるし、フェスのライブ映像が何曲かはいってほかの映像と一緒になったソフトもでてるよ?」
「そしたら、フェスの音源で」
「うん!みんなね、わたしがロックの話すると引いちゃうんだ。なんでだろうね」
「そう、ロックはむづかしいのかな」
香澄ちゃんは満足げだし、愛音ちゃんはやっと解放されたという安堵と疲労の色が顔にあらわだった。香澄ちゃん、じつは恐ろしい子。でも、たまにはいい薬になるかな。いつも愛音ちゃんのポジションにはわたしが、香澄ちゃんのポジションに愛音ちゃんがいるから。わたしたちみんな同類だけど。
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