第12話
土曜日。
天気予報どおり晴れた。ぽつぽつと雲はあるけれど、青空に浮かんだ雲だ。湿度が低いせいで、気温が高くても不快感はない。
「本当に晴れたね、美結ちゃん」
愛音ちゃんは、まぶしそうに太陽に手をかざしている。
「えへん」
「美結ちゃんが晴れにしたわけじゃないけど」
「でも、お出かけすることにしてよかったでしょ?」
「うん」
「感謝していいんだよ、愛音ちゃん」
「ははー」
愛音ちゃんは両手を頭上にあげてから、腰を折ってお辞儀した。
ふたりでバカなことをしているあいだに香澄ちゃんがやってきた。香澄ちゃんの私服姿は、いかにも女の子という感じでかわいらしかった。明るい黄色のワンピースで、胸の下で搾ってあるデザイン。白いニーソックスを合わせていて、完璧としか言いようがない。
「すごい、かわいい。大人みたい」
わたしは感嘆の声を発する。
「これは、お母さんと一緒に選んだんだ。ティーンズなんだよ?」
「ほんと?みたことないよ、こんなかわいいの。一枚撮らせて」
わたしがケータイを取り出して構えると、香澄ちゃんはスカート部分を広げてポーズしてくれる。恥ずかしそうだけど、モデルさんみたいだ。
「それにしても、ひどいね。オメカシするんじゃなかったっけ?愛音ちゃん」
愛音ちゃんに向き直って一枚撮る。
わたしは、スカートにブラウスで女の子だけれど。愛音ちゃんは男の子みたいだった。デニムパンツ、ティーシャツ、ベースボールキャップ。ぜったいわざと外してきたのだ。
「え?どこが?」
「それはフリ?フリなの?ツッコんでほしいの?オチ担当なの?」
「愛音ちゃん、カッコいいよ」
「ありがとう、香澄」
完全に調子にのってる。
「愛音ちゃん、今日は女の子限定だよ?」
「うん、知ってる。ダメかなー?こういう女の子もいるでしょ」
「わたしは愛音ちゃんの本気がみたかったの。オメカシはどこへ行ったの?そんなの敵前逃亡だよ」
「敵!敵は香澄ちゃんだね」
香澄ちゃんに手で形作ったピストルを構える。
「わたしもいるけど」
「いやいや」
「いやいやじゃない」
「わたしの本気でしょ?いまの美結ちゃんなんか相手にならないね」
「さ、香澄ちゃん、ラブラブで行こうか?」
愛音ちゃんはズッコケる。わたしは香澄ちゃんと腕を組んで歩き出す。
「あら、もう終わり?」
「愛音ちゃん、そのズッコケ、オッサンくさいからやめてね」
「オッサン」
愛音ちゃんはショゲてしまった。ズッコケに自信があったのだろうか。
映画館でチケットを取った。ランチのあとに見るのにちょうどよさそうな上映回があった。
英語の映画で、字幕と吹替えがある。愛音ちゃんは字幕を推していたのだけれど、わたしと香澄ちゃんが吹替えと主張して、吹替え版を観ることになった。字幕を追っていたら映画に集中できない。字幕版は、あとで愛音ちゃん一人で見てもらうことにした。
席は愛音ちゃんが選んで指定した。公開開始から日にちがたっているから、空いていて席を選び放題だった。愛音ちゃんは左右の真ん中で、ちょっと見下ろすくらいがいいのだといった。ちょっと見上げるくらいがいいという人もいるけど、見上げると首が痛くなるから、わたしは愛音ちゃんに賛成だった。
入学式の帰りにランチしたお店にきた。中学生だけでくるなんて、背伸びしすぎかなと思う。まわりは、みんな大人ばかりだ。わたしと香澄ちゃんがとなり同士にすわって、愛音ちゃんはわたしの向かいの席にすわった。
「ふたりは、このお店きたことあるんだね」
「そうだよー。入学式のときにね、愛音ちゃんのお母さんとうちのお母さんも一緒に」
「ふーん。オシャレなお店だよね」
「でしょ?はじめてきたときは大人の仲間入りだって思ったけど、今日きたらまだ仲間になってなかった」
「ちょっと場違いかもね」
「そんなことはないぜ、ベイベー」
ダンディーをよそおった愛音ちゃんが、またなにか始めた。
「でも、まわりはみんな大人よ?」
「きみだって、美しいレイディーじゃないか」
香澄ちゃんを手で示す。
「ちょっと、わたしは?」
ふたりの間に手を割り込ませる。
「ああ、美結ちゃん。きみだって借りてきたネコだぜぇ?」
「愛音ちゃん、それ、水ぶっかけてくれってフリなの?」
「ごめん、美結ちゃん。ネコだってかわいいんだぜぇ」
わたしは愛音ちゃんをキツくにらむ。
「香澄ちゃん、愛音ちゃんのことどう思う?」
「えー、わたしは可愛いと思うよ?」
「ほらほら、わかる人にはわかっちゃうんだなー、このかわいらしさが」
「子供のころは、スポーツができるとか、勉強ができるとか、面白いとかが男の子のモテる要素だっていうけど、女の子も同じだと思うんだ。わたし面白いこととかぜんぜん言えないから、愛音ちゃんすごいなって、いつも思うよ?」
「持ち上げて落とすタイプだったか。ガクッ」
「お、効いてる効いてる。ナイスだよ香澄ちゃん」
わたしはサムアップで香澄ちゃんにうなづいてみせる。香澄ちゃんはなんのことかわかってないみたいだ。
おいしい食事、ゆっくりお茶をして、映画の時間にあわせてお店をでる。食後のお茶の時間、香澄ちゃんとわたしは、愛音ちゃんに映画館の正しい利用方法をレクチャーされた。
飲み物は、かならず映画館の売店を利用すること。ケチらず、すくなくとも飲み物は買わなければならない。できればスナックも買ってあげる。これは映画館がモウケをだして営業をつづけていけるようにという配慮なのだそうだ。
映画を観て、面白いと思ったときだけパンフレットなどのグッズを買うこと。これも、面白い映画を観つづけるために必要なのだ。つまらない映画は営業的に失敗し、面白い映画は成功する。そうやって、面白い映画を映画会社につくらせるのだといった。
トイレで用を済ませるのは当然。ブランケットが借りられるときは、借りておく。使わなければそのまま返却すればいいし、寒いなと思えば使えばいい。快適に映画を観られることが重要なのだ。
のど飴を取り出しやすいところに用意しておく。映画館は乾燥しているから、ノドがいがらっぽくなって、咳が止まらなくなったときに口に放り込む。もう、このへんになると、こまかすぎて人それぞれという気がする。
続編の映画は、一作目に配慮して作られていた。話の構造が同じで、舞台背景も重なる部分がある。一作目を観た人が思わずニンマリする仕掛けがほどこされていた。面白かった。愛音ちゃんから一作目のソフトを借りて予習していたおかげだ。
「どうだった?楽しめた?」
愛音ちゃんはガッツいている。
「うん、おもしろかったよ。予習バッチリだったしね」
「わたしも、観てよかった。坂本にも勧めてあげようかな」
香澄ちゃんはやさしい。
「そうだね、男子こういう映画好きなんじゃないかな」
軽いジャブ。
「愛音ちゃん。一作目、坂本に貸してあげてね」
香澄ちゃんが積極的だ。
「え?ああ、いいよ」
「坂本、一緒にくる人いるのかな」
わたしの二発目のジャブ。
「いないでしょ。サッカー部の人たち映画なんか見そうじゃないもん」
愛音ちゃんはバッサリ切って捨てる。狙いどおりだ。
「じゃ、坂本誘ってまた観にくる?」
右フック。
「うーん、次は字幕で観たいから、わたしは一人でいいや」
愛音ちゃんはそういう人だった。フックは空を切った。
「そう」
そうなると、なかなかむづかしい。わたしは話題をひっこめた。今回は香澄ちゃんと仲よくなるのが目的だから、よしとしよう。
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