第2話

 愛音ちゃんとふたり、あてもなくとなりの校舎をぶらついて、どんな部活があるか物色することにした。渡り廊下からとなりの校舎へ移る。

 いろんな楽器の音でバラバラなフレーズが聴こえてくる。さっき教室にいたときより音が大きくなった。

 愛音ちゃんと、いつもよりゆっくり歩く。

 音楽室の前まできた。いま、楽器の音はやんでいる。

 ドアについたガラスののぞき窓から中を見る。楽器を膝においてすわった生徒のまえで、先生がなにやら話しているみたいだ。

 やおら手を振り上げる。

 生徒たちが楽器を構える。

 ババーンと大きい音が鳴って演奏がはじまる。

 急に大きい音が鳴って驚いてしまった。

 ガラスから顔をはなす。

「もういいの?」

「あの雰囲気は、ついていけないかな」

「そう?吹奏楽部って、顧問の先生とかセンパイとかが怖いイメージがあるけど、ここはゆるい感じみたいだよ?」

「その話を聞いて余計にムリって思った」

「あちゃー、失敗。じゃ、つぎだね。あ、料理部とかあったらいいね」

「愛音ちゃん料理できるの?」

「ううん。食べるの専門。でも、入部すれば料理を教えてくれるんじゃないの?」

「じゃあ、家庭科室にいってみようか」

 階段をおりて、家庭科室のまえの廊下まできた。中はしずまりかえっている。

「料理部なんてないみたいだね」

「きょうは休みなのかな?」

「往生際がわるいよ、愛音ちゃん」

「えー、わたしは美結ちゃんに合ってるかなって思ったのに」

「うそ。さっきは食べるの専門だけど料理教えてもらえそうって」

「あれー?一年生ですか?」

 センパイらしい女子が、わたしたちのうしろに立っていた。ちょっと間延びした感じの話し方だと思った。花をかかえている。花の茎の先は手にさげたバケツの水につかっている。

「わー、お花だ」

 つい、センパイのテンポをまねてしまった。

「美結ちゃん」

 愛音ちゃんが、わたしの制服の肘の部分をひっぱる。

「あ、ごめんなさい。どうぞ」

 わたしたちが家庭科室のドアの前で通せんぼしていて、センパイは教室にはいれなかったのだ。体をよけて、ドアを開ける。

「ありがとう。手がふさがってしまって。助かったよー」

 センパイは教室にはいってすぐの角にバケツを置いて、花を壁にもたせかけた。

「見学ですか?」

「えーと、華道部ですよね」

「はい」

「一応見学させてください。いいよね、美結ちゃん」

「いいの?愛音ちゃん。料理部じゃないけど」

「こらっ、バラすな」

「あ」

 わたしは口を押えてみたけど、言葉はもちろん取り戻せない。

「愛音ちゃんに、美結ちゃんね。わたしはサオリです。三年生です。よろしくね」

 上品な笑顔。見とれてしまう。

「愛音ちゃんは、お料理がしたいの?」

「いえ、なんというか」

「お料理が食べたいんです」

「だから、バラすな!」

 わたしのほっぺが伸びる。

「そう。残念ながら料理部はこの学校にないの。お料理は食べられないけれど、お菓子なら食べられるよ?うちの部」

「愛音ちゃん、よかったね」

「お茶とお華と両方なの」

「お茶」

「ダメだよ、愛音ちゃん。お菓子だけ食べたいと思ったでしょ」

「思ってないもん。ただ、着物とか、正座とか苦手というか」

「大丈夫。着物は年に何回も着る機会ないから。正座も我慢できなくなったらくずしていいんだよ?」

「そうなんですか」

 愛音ちゃんが前のめりになった。

「それに、甘いお菓子に苦いお茶が合うの」

「甘いお菓子に苦いお茶」

 愛音ちゃんは完全に釣れた。

 そうこうしているうちに、お華を教えてくれる先生が顧問の先生と一緒にやってきて部活がはじまった。二人で見学のはずが、生花初挑戦をしてしまった。愛音ちゃんにはザンネンだったけれど、今日お茶はないとのこと。


 部活で使ったお花はもらって帰った。家で花瓶にさして、お母さんも喜んだ。わたしは、もらってきた花のことを図鑑で調べた。

 茶華道部は週に一度の活動で、隔週でお華とお茶を交互に稽古する。入学式で壇上の左右に飾ってあった花は、お華の先生を手伝ってサオリ先輩も一緒に生けたものだった。

 茶華道部の部員は、実はサオリ先輩ひとりしかいない。新入部員がはいらず、サオリ先輩が卒業して部員がいなくなると、最速で来年に廃部になるとのことだった。サオリ先輩は特に入部を勧めることはしなかったけれど、わたしたちに入部してほしいのだと思う。

 サオリ先輩のためというわけではないけれど、わたしは茶華道部に入部することに決めた。

 愛音ちゃんは、いつもわたしを笑わせてくれる。サオリ先輩はわたしと似た雰囲気だから、きっとサオリ先輩とも相性がいいと思う。愛音ちゃんを茶華道部に誘うつもりだ。

 お母さんとお父さんに、茶華道部に入部すると話した。お母さんは自分も入部したいとウキウキしていたし、お父さんはわたしに似合ってるといってくれた。道具は学校で貸してくれるのだけれど、お花やお菓子は部費の負担があるから、お小遣いとは別に部費をもらえることになった。


 翌日、入部届を書いた。

「美結ちゃん、茶華道部にはいるんだね」

「うん。サオリ先輩やさしいから、わたしでもやっていけそうかなって」

「普段はやさしいサオリ先輩でも、お華とお茶になると急にスイッチはいって、厳しくなるかもしれないよ?」

「うそ」

「うそ」

「もー、愛音ちゃんのいぢわるー」

「じゃあ、入部届もって行ってみようか」

「えっ?」

 愛音ちゃんは上着のポケットから紙を取り出して広げて見せた。

 茶華道部の入部届だ。

「あー!いつの間に」

「とっくの昔だよ?美結ちゃん遅いんだよー」

「愛音ちゃん、好きー」

「愛の告白するなー」

 愛音ちゃんは、抱きつこうとするわたしを手で防御した。


 家庭科室へ向かう。顧問の先生が家庭科担当で、職員室にいないときは家庭科室にいるはずだと聞いたからだ。ガラガラッと家庭科室のドアをあけると、サオリ先輩がいた。

「あ、愛音ちゃんと美結ちゃん」

「サオリ先輩、昨日はありがとうございました」

「もらって帰ったお花、お母さんよろこんでました」

「うん、昨日は三人だったから楽しかったよ。わたしもありがとう。お母さんにもよろこんでもらってよかった」

 サオリ先輩は家庭科室の大きな机に教科書やノートを広げていた。勉強中だったみたい。

「ここで勉強してるんですか?」

「そうなの。机が大きくて便利でしょう?それに、先輩たちが卒業するまで毎日ここに集まっていたから、習慣もあるのだけれど」

 サオリ先輩は机に置いてあった箱に手を伸ばして、ハイといってわたしたちに勧めてくれる。ポッキーの箱だ。愛音ちゃんが真っ先にポッキーを二本とりだして口にいれる。

 サオリ先輩の向かいの席にふたりで腰をおろす。

「はい。甘いものを食べるとしょっぱいものが欲しくなるでしょ?」

 こんどはポテトスティックを勧めてくれる。

「顧問の先生は、こちらじゃなかったんですか」

 わたしたちは入部届をだしにきたのだ。

「うーん、マユミ先生ならあのドアの向こうかな」

「なにがあるんですか」

「のぞいたらダメだよ。恐ろしいことが」

 ガチャッといって、ドアが開いた。

「あら、今日は三人?お湯をまた沸かさないと」

 先生は、お盆にポットやら急須やらをのせてもっていた。サオリ先輩はイタズラに失敗して澄まし顔をしている。

「来週の茶道はお抹茶なのだけれど、マユミ先生はお煎茶の師範なの」

「わたしの実力をみせてあげる」

 愛音ちゃんは、マユミ先生のお茶をもらうと、ポッキーの箱に手を伸ばしてまた二本食べてから、お茶をすすった。おいしいと顔が言っている。

「お煎茶はね、甘みがあるの。はじめにお菓子を食べずに飲んだほうが本当のおいしさがわかるよ」

 つづけてお茶を飲む。眉毛がピクッと反応した。

「これは。お茶じゃないみたい。おいしいです、先生」

「そう、よかった」

 忘れかけていた入部届をマユミ先生に提出して、今日は帰ることにした。サオリ先輩はちょっとうれしそうだった。明日からわたしたちも家庭科室で茶華道に関係ない部活動をすることにした。

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