第46話 裏路地の女の子

 翌朝、レイスは予定していた通り冒険者ギルドに向かっていた。今日はこれからどのようにして訓練を行っていくのかの予定決めを行うのである。


 ただ予定していた時間は8時であるのに、現在の時刻は6時である。同じエリアにある冒険者ギルドまでは家から30分と掛からないにもかかわらず朝早く出ていたのには理由がある。レイスはこの時間に少しだけ今住んでいる北エリアの探索を進めようと思ったのである。これには別段理由はなかった。そこに知らない場所があったから歩いてみたくなっただけである。好奇心旺盛な子供にはよくあることであろう。


「ごきげんよう。あなた方は冒険者ギルドがどこにあるかご存じですか?」


 レイスが探索をしていると、路地裏から女性の綺麗な声が聞こえてくる。誰かに道を尋ねているのだろうとレイスはスルーしようとした。したのだが。


「き~み~、なあかなか別嬪さんじゃないの~」

「う~ん?本当に美人さんじゃねえか~。いいところの子かあ?」

「俺たちといいことしようぜぇ。」


 こんな声が聞こえてしまってはスルーなんてできなかった。レイスは姉と母とメイドであるレベッカの3人の女性に囲まれながら育ったため、女性の危機は見過ごせない紳士的な男の子に育っているのである。


「そこのお姉さん!僕、ちょうどこれから冒険者ギルドに行くつもりだったので、道案内しましょうか?」


 後ろからその女性に話しかけるレイス。女性はレイスの声に気づいて後ろを振り返って、その声が小さな男の子の声だと気付くと、膝を折りレイスと目線を合わせて話しかける。


「ごきげんよう。では、よろしければ私を冒険者ギルドまで案内していただけますか?」


 彼女はレイスより少し暗めの金髪に大きな青い瞳を携えた15歳くらいの美少女だった。服装は貴族が馬に乗るときのような動きやすい服装ではあったが、溢れ出る気品はレイスのよく知る貴族のそれであった。


「わかりました。それじゃあ案内しますね!」


 レイスはできるだけ年齢相応に見せる外向けの話し方で話しながら、彼女の前を歩き始める。


「お願いいたします。それでは皆さん失礼いたしました。」


 女性は酔っ払い3人に向かって別れを告げ、先を歩くレイスについていこうとするが、それは3人の酔っ払いによって妨げられる。


「おいおい、もう行く気かあ?俺たちともっといいことしようぜえ?」

「そうだぜ~。少しくらい俺たちと遊んで行ってもいいだろお?」


 しつこく絡んでくる酔っ払い3人。そのうちの一人が彼女の手に触れようとした時、彼女が目に見えないほどのスピードで手を払う。


「気軽に触れないでくださいませ。私、まだ未婚ですの。」


 手を払われた男はひどく酔っていたのかそのまま床に突っ伏すようにしてずっこける。そんな光景を見てほかの二人は攻撃されたと判断したのか、怒りをあらわにして彼女に殴りかかる。


「てめえ!女のくせに舐めたことするんじゃねぇ!」


「あ、危ないっ!」


 レイスは数歩先にいたため、彼女との間に割り込めないことは分かっていたが、注意を大声でしつつ爆発魔法で距離を詰めようとする。が、彼女はレイスの方を振り返ることなく、手をレイスに向け静止させる。


「ご安心ください。私、強いですので。」


 そう言うと同時に、殴りかかってきていた男の手を掴み、その勢いのまま背負い投げの要領で男を投げる。そして流れるようにもう一人の男の方にも詰め寄り、殴りかかってきた手を軽く払った後、顎に鋭いアッパーを加える。


 ものの数秒で3人の酔っ払いが地面に伏した。その光景を見たレイスは唖然とし、少しの間口を閉じることができずにポカンとした表情で突っ立ていた。


「さあ、それでは参りましょうか。」


 レイスが惚けていることを無視してそんなことを言う彼女。


「あ、はい。では、行きましょうか。」


 そんな彼女の気迫に押されてレイスは歩き出す。あの3人ここに置いておいていいのだろうかと悩みながら。


「そういえば、自己紹介をしておりませんでしたね。私はエイルと申します。お名前おうかがいしてもよろしいですか?」


「はい。僕はレイスと言います。Dランク冒険者です。」


「まあ!冒険者で、しかもDランクでしたのですね!たくさん努力なさったのですね!」


 エイルはキラキラとした表情でレイスをほめちぎる。褒められ慣れていないレイスはたじたじになってしまい、体を少しもじもじさせながら彼女の顔を見ないように少し前を早歩きで歩く。


「ふふ。褒められ慣れてないのですね。とっても可愛いです!ああ、生意気な妹よりもこんな可愛い弟の方が良かったですわ。」


 顔を真っ赤にしながら体をもじもじさせるレイスを見て嬉しそうに言うエイル。レイスはこの状況を脱しようと必死に頭を動かし、話をそらそうとする。


「い、妹しゃんがいるのですね。おいくつくらい何ですか?」


 頭も呂律も回っていないレイスは、初手どもって次に微妙に噛んで、最後に子どもでは使わないであろう敬語をしっかりと使ってしまう。もうぐだぐだである。


「ああ可愛い!ねえ、もううちの子になってしまいませんか⁉ちなみに、妹は7歳ですわ!同い年くらいでしょうから、きっと仲良くできますわ!」


 ついにはレイスに抱き着いてしまうエイル。抱き着かれたレイスは顔をこれまで以上に真っ赤にし、あうあう言いながらエイルにされるがままになっている。


「うんうん!レイス君も喜んでくれてるみたいですね!それでは冒険者ギルドで用事が終わったら私の家に一緒に行きましょうね!」


 ―――チュ。


 レイスに後ろから抱き着き、頬にキスまでする。この時点でレイスの脳はキャパシティーをオーバーしてしまい、強制的に思考を停止してしまう。……気絶したのである。


「レイス君⁉レイス君⁉ああ気絶してしまいましたわ。また誰かに道を聞きなおさなければいけませんわ。」


 レイスの心配はそこそこに、冒険者ギルドまでの道を再度周囲の人間に聞いて回るエイルであった。

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