第44話 家のルール

「おはようございますレイス様!ところで、寝起きを襲うのは問題ないでしょうか?」


「……おはようノラ。それから、寝起きはさすがにやめて。部屋を出てからスタートということで。」


 レイスは家の案内が一通り終わった後、とても疲れていたため2階にある自分の部屋ですぐに寝たのだった。


 そして、朝ノラに起こされて朝一番の会話がこれである。断じて卑猥な発言ではない。この場合襲うというのは、性的にではなく、どちらかというと物理的に襲うの意味である。

 彼女が昨日のレイスの発言を覚えていたために出た質問だった。


「それより、朝起こすの遅くないか?」


「1度目に来たときレイス様はぐっすりとお休みになっていたので、あえてそのままにいたしました。起こしたほうがよろしかったですか?」


「うーん、まあそうだね。その辺も含めて今日は家のルールを決めなきゃね。とりあえず、家族全員食卓に集めておいてくれる?」


「承知しました!」


 ノラは部屋を出てすぐに家族を食卓に集める。ちなみに、父親は家の掃除を入念にしており、母親は屋内庭園のお世話をしていた。現在午前9時。使用人の朝はとても早いのである。


 レイスが毎朝のルーティンをした後食卓へ向かうと、そこにはすでに家族全員が揃っていた。

 使用人たちは朝ごはんを済ませていたが、レイスの朝ごはんはしっかり用意されていた。

 その様子を見てレイスは、これが平民の暮らしなんだなあとしみじみ思ったのだった。


「おはようみんな。今朝はこの家のルールについて確認していきたいから、とりあえず全員席について。」


 使用人はレイスが食卓に着いても皆立ったままだった。これは使用人としては当たり前なのだが、少し長い間話すことになると思ったレイスは彼らを椅子に座らせた。


「よしっと、じゃあ行儀悪いけど食べながら話すから聞いといてね。とりあえず僕は半年間ここに住む予定だから、それまでのルールを決めておこうと思う。その前に、皆の普段の行動を聞きたいんだけど?」


「我々は基本的にお昼の12時までには使用人としての作業を終わらせます。理由は簡単でそれ以上することがないからです。そこから私は冒険者ギルドで妻は服屋で働き稼ぎを得ます。夜は外の庭で娘と二人で訓練をしていることが多いです。以上でございます。」

  家主不在の際の仮の家主であるセバスチャンがそう答える。


「ん?セバスチャンは冒険者だったのか?」


「さようでございます。モンスターの討伐は基本致しませんので、つい先日Bランクに昇格したばかりですが、一応上級冒険者でございます。」


 セバスチャンは本当に最近Bランクに昇格した。しかし、彼の実力はAランクに届いていると言っても過言ではないくらいに強かった。


 ではなぜ評価されなかったのか。その理由は主に2つある。


一つ目は、モンスターをほとんど倒していないから。彼は町民のお手伝いや家庭教師的な仕事ばかりしていたため、貢献度の面で低く評価されていた。


二つ目は、ギルド側の都合である。冒険者は1年に1度ランクと実力があっているかの試験が行われる。彼はその試験の監督側として抜擢されていたのである。


 王都の冒険者ギルドにはたくさんの冒険者が集まる。しかし、ギルド側はとある理由から上級冒険者を多く出したくなかった。そのために、Cランク冒険者以下はセバスチャンに勝てなければ上級に上がれないとしたのだ。ついでに、Bランク冒険者もその試験受けさせ、多くのBランク冒険者を降格させた。


 セバスチャンは対人においては同ランクの中で最強格である。それゆえ、彼が試験をした年はギルド側の目論見通り誰も上級に上がることはなかった。これを維持するためにギルド側は彼をCランクであり続けさせたので、彼は昇格することが長らくなかった。


 まあセバスチャンが文句を言わなかったのが一番の理由ではあるが。


「なるほど。じゃあ、夜の訓練に僕も入れてもらうことは可能?」


「可能でございますが、私は短剣しか扱えません。それでよろしければお相手いたしますが。」


「構わない。では夕食後、少し食休みした後訓練を頼む。」


「承知しました。」


 レイスはこの時セバスチャンの実力を過小評価していた。自分の火球がBランク冒険者並みと評されているため、セバスチャンもその程度だと思っていたためだ。


 この評価は今日の夜にすぐに変わることになる。


「それから起床は朝6時、就寝は10時で頼む。昼食と夕食の時間は任せる。でき次第呼んでくれれば行く。僕の予定に関しては、前日までにノラに伝えておこう。他に何か確認しておきたいことはあるかな?」


 レイスは一区切りをつけ、質問を待つ。最初に発言したのはノラ。


「発言してもよろしいでしょうか。」


「どうぞ。」


「家の中でも襲っていいとおっしゃっていましたが、いつからいつまで襲っても大丈夫なのでしょうか。」


「始めは僕が自分の部屋を出てから、終わりは僕が自分の部屋に戻るまで。だいたいの時間で言うと、7時過ぎから10時前までということになるかな。」


「ということは、今も襲っても大丈夫と言うことでしょうか?」


「あ、全員集まって話をしているときはナシだ。話が進まないと他の使用人に迷惑がかかるからな。」


「承知いたしました。」


「他に何かあるか?」


 次に発言したのはセバスチャン。


「発言してもよろしいでしょうか。」


「どうぞ。」


「訓練ではどのようなことをお望みでしょうか。」


「そうだなあ。基本は実践形式で頼みたい。ただ、魔法や武器や体の使い方を修正するときはその都度別途頼みたい。どうだろうか?」


「承知しました。それから、目標はどういたしましょう?」


「目標かあ。Bランクになれる程度ではどうだろうか?」


「難しいと思われますが、努力いたしましょう。私からは以上です。」


 2人からの質問が終わったため、レイスはもう一人の使用人にも発言を促す。


「エレノアは何かあるか?」


「そうですねえ。……レイス様に何かお悩みはありますか?」


「ん?……いや、特にないぞ。」


 本音を言えば、レイスは少し寂しかった。家族からは追い出され、そこを助けてくれたカミラもいない。


 しかも追い出されてからは怒涛の日々だった。冒険者となってすぐに複数のモンスターを討伐し、ほぼ休みなく護衛の依頼を受けて王都に来た。精神的にも肉体的にも普通の7歳児に耐えられるものではない。


 ゆえに、本当は誰かに頼りたかった。しかし、今いるのは使用人のみ。自分と同等の存在はいない。それゆえ、今も無理して虚勢を張っているのだった。


「……そうですか。レイス様。一つ私からお話したいことがあります。」


「……何だ?」


「私は昨日も言いました通り戦闘ができません。それゆえ、私はその点においてレイス様をサポートすることができません。」


「そうだな。だが、そこまで心配する必要はない。人にはそれぞれ得意分野がある。エレノアは自分の分野をしっかりこなしてくれればそれでいい。」


「はい。そして、私の仕事はあなた様の精神面でのサポートであると考えています。夫と娘が戦闘面でサポートするのなら、私が精神的な面でサポートいたしましょう。」


「……。」


「使用人の身ではありますが、この家に住んでいる間はどうぞ私を母だと思いお頼りください。誠心誠意、あなた様を癒しましょう。」


 エレノアは柔らかい笑顔でレイスに微笑みかける。彼女は分かっていたのだ。レイスが、精神が決壊しないように、無意識のうちに常に気を張っていたことを。


「……。」


 レイスは何も言えなかった。一言でも発すれば、一気に感情があふれ出しそうだったから。


「……ああ、わかった。」


 結局レイスはそれだけ言って自分の部屋へ戻っていた。


 その後部屋でひとしきり泣いたのは、言うまでもないだろう。




***

 その日の夜。レイスとセバスチャンとノラは外の庭で立っていた。


「それでは、レイス様の実力を測るために、私と模擬戦をしていただきたいと思います。よろしいでしょうか?」


 セバスチャンはこんな時でも黒い執事服を着ていた。すでに時刻は午後の7時であったため日は落ちており、セバスチャンの姿は非常に認識しづらいものとなっていた。


「ああ構わない。」


 対するレイスは一般的な平民の服装をしていた。鉄パイプを持っている様子はやんちゃなガキ大将のような感じもするが、立ち姿から溢れ出る貴族オーラは隠しきれておらず、どこかちぐはぐな印象を相手に与えた。


「それでは、ノラのスタートの合図で開始いたします。ノラ、合図を。」


 ここまで黙っていたノラも父と同じくいつものメイド服を着ていた。しかしレイスは知っている。この服の中にはナイフが何本も仕込まれており、いつでも攻撃できるようにしていることを。


「分かったわ!それでは、試合開始!」


 Eランク冒険者レイスとBランク冒険者セバスチャンとの闘いの火ぶたが切って落とされた。



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