第34話 白いゴブリンと黒いドラゴン

*いつもの倍以上の文字数です。お時間が十分に取れるときにお読みください。

*今回はゴブリン種のグウェイン君のお話の続きです。

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「ここが、ドラゴンの住む山脈か?」


 グウェインは村人に村を追い出されてから寝る間も惜しんで走り続けた。


 なぜ寝る間も惜しんだのか。それは、寝ようとした時に限って嫌な思い出がよみがえり、寝るに寝れなかったからだ。惜しんだというより諦めたと言ったほうが適当かもしれない。


 そして、彼は半月走り続け、ついにドラゴンの住む山脈にたどり着いた。


 その山脈は竜が千匹住むことから竜千山脈と言われている場所であった。その面積は竜が千匹住むのにふさわしいほどのもので、大国二つを合わせても足りないほどの規模を有していた。もちろん高度、険しさも他に類を見ないほどの規模であった。


 そんな山脈の麓にグウェインは立っていた。彼の目的は自分が差別されない場所で悠々自適に過ごすこと。強者しかいないこの場所でなら自分の異常性が少しは薄まるだろうと考えたのだ。


「ふう。まずは、山頂まで登るか。」


 モンスターが出ない、そして万全の準備をしている、天候が安定しているという状態が揃っていても登ることが困難な山に、そのどれも満たしていない7歳児が山頂にたどり着くと言う。誰かが聞いていれば大きく馬鹿にされていただろうが、ここにその誰かはいない。


 グウェインは意を決して森の中に足を踏み入れる。


「ふむ。地面がかなり踏み固められているな。ということは、ここはモンスターがよく通るのか?入口なのに?それより森の中に知性ある種が存在していて、ここを道として形成したという方があり得るか?」


 そんなことを考えながら踏み固められている森の中を歩く。森の中は彼が想像しているよりとても静かだった。木立から太陽の明かりが漏れ、綺麗な鳥のさえずりが聞こえる、そんな視覚的にも聴覚的にも心地の良い環境。北の山脈であるため気温は信じられないほどに低く、その点だけは心地が悪かったが。


 そのような森の中をしばらく歩いていると、かなり開けた場所に出た。そこは小さな村ほどの面積があったが、その土地の上に木は一本もなく、上空から見れば森の中にぽっかり穴が空いているかのように映っていることだろうことが予測されるような場所だった。


 そして、そこにグウェインが足を踏み入れた瞬間。


「……なんだ?」


 彼の全身に何かが張り付くような感覚を与えた。見た目には特に変化はなく、何か状態以上にかかったわけでもなかったため、彼は少し困惑した。


 そして彼が困惑していると、突如遠くの方から轟音が聞こえてくる。ピューンとゴオーーを足して2で割ったような音。それと同時に、静かだった森が少しずつざわめきだし、先ほどの森とは異なる印象を形成し始める。


 そのような状況に彼が困惑している間にも音は彼に近づいてきており、何かが来ることを彼に予測させた。


「……来い!」


 彼が上空を見ながら戦闘態勢を整えていると、突如上空に巨大な物体が現れ、太陽を隠して地面に巨大な影を作る。そしてそれと同時に、音が遅れて着いてきたかのように、轟音を周囲一帯にばらまき始める。


 上空の巨大な物体は、身体の真ん中あたりから生えた2枚の翼を大きく羽ばたかせながら、地上に降り立つ。


 その大きさは象4頭分くらいのサイズがあり、彼が今まで見てきた生き物の中で最も大きなサイズを持っていた。

 また、胴体は蛇を巨大化させたかのように長く、大きな一対の前足を持ち、鋭い牙のような歯を持っていた。さらに、胴体についている大きな鱗は真夜中の空を連想させるのような漆黒で、その姿からは溢れんばかりの気品が放たれていた。


 その姿を見たグウェインは、荘厳で気品あふれるその姿に圧倒されていた。


「供物の時にはまだ早いが、何用か。」


 突如現れた漆黒の竜は、腹にまで響く低い声でグウェインに話しかける。


「あ、あなたが、ドラゴン種ですか?」

 

「ん?そうだが、お主は誰だ?いつもの者とは違うようだが、なんのようでここに来た?」


「わ、私はグウェインと申します。ドラゴンの里に住まわせていただきたくここまで参りました。」


 グウェインは強い者がたくさんいる場所なら自分が目立たないと思い、ここまで来たのだ。さらに言うなら、グウェインは安定した生活を強く求めていた。


 こんなことを7歳児が考えているとは誰が思うだろうか。もちろんこのドラゴンもまたそんなことは考えなかった。


 それゆえ、この子もまた、ドラゴン種である自分に無謀にも戦いを挑んできたのだと竜は理解した。


「ならば、我と勝負して我を満足させることができたなら案内するとしよう。」


「本当ですか⁉︎分かりました。では。……参ります。」


 グウェインはそこらへんで拾った木の棒を腰に差し、居合抜きのような態勢をとる。


「お主、そんな棒切れで我と戦う気か?」


 ドラゴンは相対するゴブリンの武器が木の棒であるのを見て、彼の正気を疑った。しかし、それに対する彼の返事は。


「その通りです。……では先手は私から行かせていただきます。」

 

 ドラゴンの予想とは異なり、自信に溢れる返事であった。


 そして、ついにグウェインが仕掛ける。


「【千手観音】」


 小さく自分の【スクリク】を唱えると、ドラゴンに向かって一気に駆け出す。

 その速度は子どもでは考えられないものであり、ドラゴンは自分の懐に入ることを許してしまう。


「グウェイン流奥義 刺突大千世界」


 オリジナルの魔法名を唱えると、すでに出ていたグウェインが自在に操ることができる実像の千の手が、ドラゴンの全身に向かって一気に突き出される。


「そんなもの……ぐうっ。」


 こんな矮小な存在の攻撃が、自分の強固な鱗を貫通してダメージを与えてくるとは思っていなかったのだろう。


 ドラゴンはうめき声をあげ、なんと地面に横たわった。グウェインの攻撃により、体全身に力が入らなくなったのだ。


「お、お主、何をしたのだ。」


 ドラゴンには理解不能だった。たった一回の攻撃でまさか自分がやられるとは思っていなかったからだ。

 これまで圧倒的強者として山脈に居座っていた。それゆえに地面に倒れ伏すなんてことはこれが初めてだった。


「ツボを押しただけですよ。ドラゴンと戦うのは初めてでしたが、見れば体の構造は大体わかりますし、なにより千個押せますから、数撃てば当たるってやつですよ。」


 これはグウェインがモンスターの大襲撃の際に、効率よく相手を倒すために編み出したものだった。

 的確に相手の急所を突いて、最小の手数で相手を倒す。こうすることで、力を込める部分を最小限にし、継戦能力と最大攻撃力の双方を極限まで高めたのだ。


「なるほど、大したものだ。これまでに死線をいくつも乗り越えてきたのだろう。」 


「いえ、申し訳ないのですが、死線と言えるものは一つしか乗り越えてきておりません。」


 これは事実である。グウェインはモンスター大襲撃の時に初めて戦ったのであり、そして、ここに辿り着くまでに戦ったモンスターはほぼ一撃で屠ってきた。

 ゆえに、死の危険を感じた戦いは最初の一度しかしてこなかった。それも、実力が足りなかったのではなく、手が足りなかったが故に陥った死線。つまり、グウェインはこれまで、自分より強い者と戦ったことがないのだ。


これらのことについて、グウェインはドラゴンに詳細に話した。


「なるほど。どうやらお主はとんでもない戦闘センスの持ち主のようだ。……だが、まだまだ未熟と言えよう。

 お主、試験は合格なのだが、戦いは続行といかんか?これより、本気で相手をしてやろうと思うのだが、どうだろう?」


 ドラゴンは地面にうつ伏せに寝転がりながらそんなことを言う。こんな姿で本気を出すと言われてもなんの説得力も感じないのが普通だ。実際グウェインも口だけだと思った。


「失礼ですが、先ほどの戦闘であなたの底は知れております。再戦しても結果は変わらないと思いますが。」


「ん?お主、何を言っておる?先の戦闘では我は1割の力も出しておらんし、そもそも再戦という言葉遣いは間違っておる。我はお主に負けた覚えはないのだからな。」


 グウェインにはこの言葉もただの負け惜しみに聞こえた。それゆえに。


「では、僕が現実を見せてあげましょう。【千手観音】。グウェイン流奥義 刺突大千世界。」


 先ほどと同じ技を地面に伏しているドラゴンに放った。グウェインのこの技を簡単に言うと、千本の手を限界まで硬化し、さらに溜めに溜めた力をまっすぐ打ち出すという至極基礎的な技である。だが、千本の手を同時に的確に操るのは一般人には不可能だ。グウェインだからできるのだ。


 だが。


「お主はどうして最強種であるドラゴンが世界を征服していないか知っているか?お主はどうして我が本気を出していないかわかるか?……それはな。我々が強すぎるからだよ。」


 グウェインが放った千本の手は、突如として現れた千本の黒い剣により、全く同じで完全に反対のベクトルの力により、完璧に相殺された。


「……な!?」


 グウェインは天才がゆえにすぐにこの異常性に気づいた。全く同じ力で、全く逆の力で、そのどちらもで寸分の狂いもない技量。それを千本同時に操っている。間違いなく自分より格上の相手だということにも彼はしっかり気づいた。


「小さきゴブリンよ。お主が望むのであれば、我が鍛えてやろう。我が教えてやろう。我がすべてを与えてやろう。小さきゴブリンよ。お主に、その覚悟があるか?」


 問われたグウェインは言葉に詰まる。そもそもグウェインは安定と安心を求めてここまで来たのだ。どちらかというと、自分はこれから一切変化せず、そしてその自分を受け入れてくれるような場所を求めていたのだ。そんな覚悟は一切していない。


 しかし、グウェインはこの世の理不尽を知っている。弱すぎる者は村の皆のように辺境に追いやられ、強すぎる者もまた村から追放される。人が二人そろえばそこに違いが生まれる。全く同じなんてことはありえない。それゆえに、どのような場所であっても理不尽は生まれる可能性がある。そのことも分かっていた。


 そして、そのような理不尽を受けないために自分がやるべきことも、薄々と気付いていた。しかし、それもまたあまりに彼にとって理不尽なことで、そのことについては考えないようにしていた。

 

 つまり、自分がすべきことは、追放の原因となった自分の異常性をこれまで以上に磨き上げ、誰も自分に逆らえない状況を作ること。自分の異常性に向き合い、自分の異常性を認め、自分の異常性を常に認識し、自分の異常性をそれ以上に磨き上げていく。その覚悟があるのか、これをドラゴンは聞いてきたのである。


「……。」


「ふむ。少し悩んでおるようだな。ではしばし戦闘に没頭すると良い。なに、きっと戦闘が終わるころには考えもまとまっているだろうよ。」


 ドラゴンはそう言うと、魔法で創った千本の黒い剣を動かしてグウェインに襲い掛からせる。傍から見ればその様子は、白い角砂糖に群がる大量のアリのようで、気味の悪い様相を呈していた。


「そうそう。我のこの魔法なのだがな。何故か我の奥義のようなものだと思われることが多いのだよ。おそらく強くて、そして我の鱗の色と同じだからだろうが、そもそも色で判断するのはナンセンスだと思わないか?」


 大量の黒いアリ、もとい剣に襲われているグウェインにドラゴンは話しかける。が、グウェインはそれどころではない。黒い剣は1本1本は軽いため、攻撃をはじくことは簡単なのだが、剣をはじくたびにその穴を埋めるかのように他の剣が襲い掛かってくるのだ。それを千の場所で行っている。もう普通の人では考えられない次元の戦闘をしているのだ。


 しかも、時間が長引けば長引くほど黒い剣の数は増えていく。現在黒い剣の数は約2千本。ただ対処するだけでも難しいのに、その2千本の剣が達人のごとき動きで攻撃してくるのだ。直線の攻撃しかできなかったグウェインの攻撃に比べてよっぽど高度な技術である。


 だが、グウェインはこのような状況でも急激に成長していく。現に2千もの剣の達人相手に千の手で対処できている。徐々に彼もまた自在に手を動かすことができるようなってきたのだ。


「……聞いてくれているかな?つまり、我の魔法はこれだけではないということだよ。この魔法が奥義?2千本の剣を操るので手一杯?そんなわけないじゃないか。……ということで、もう一段階ギアを上げるぞ?」


 ドラゴンは何か魔法名を唱えると、上空に黒い雲が集まってくる。それと同じ時間あたりに剣の数も3千本になる。そして、黒い雲が辺り一面を覆い終えると、なにやら帯電し始める。


「そうそう、自己紹介を忘れていたな。我はドラゴン種無足類に分類されるペモミムスというものだ。一応このペモミムスというのは、我のような生き物の総称なのだよ。まあ、基本ドラゴンというのはほぼ全個体が唯一無二の個体だから、この総称が自分の名前となるのだけれど。ともかく我の名前はペモミムスだ。覚えておいてくれ。そして、我が得意とするのは雷の魔法だ。つまり、我の奥義といえる魔法は雷の魔法ということだ。……では、頑張って耐えてくれ。」


 漆黒のドラゴン、ペモミムスが自己紹介を言い終えると、上空の青白い光がさらに輝きを増し始め、そのいくつかが地上に降り注いでくる。それはレイスが実際に体感した【雷の審判】のようで、その雷のいくつかが三千本の黒い剣を対処しているグウェインに降り注ぐ。


「ぐわああああああああ!!」


 レイスがこれを見ていたら気づいたことだろう。2番隊隊長が放った【雷の審判】より、はるかに威力も範囲も精度も優れているということを。


 そして、そのような威力の雷を受けたグウェインがただでいれるはずもなく、雷の直撃を受けた瞬間に片膝をつく。と同時に、数百本もの黒い剣がグウェインを襲い、全身を切り刻む。


「ほら、早く立て直さないと。……死ぬよ。」


 ペモミムスは何もグウェインをいじめているわけではない。ペモミムスはこの戦闘において、徹頭徹尾一つのことを達成するためにしか行動していない。それは先の言葉からもわかるだろう。すなわち、『お主に、その覚悟があるか?』『なに、きっと戦闘が終わるころには考えもまとまっているだろうよ』というもの。

 ペモミムスは彼が直接口に出さずとも、この雷を受けた後に、立ち上がれるのなら覚悟を決めたということ、立ち上がれないのなら覚悟はないということという風に考えられるだろうと解釈したのだ。


 そして、彼が出した結論は。


「……ッ!死んで!堪るかああ!!」


 立ち上がるということ。つまり、彼はドラゴンから全てを与えられる覚悟を決めたということだ。少なくともペモミムスはそう解釈した。


 ゆえに、ペモミムスはすぐに上空の黒雲を消し、同時に四千本にまで増えた黒い剣を消した。戦闘の終了である。


「お疲れ様。それで、どうだ?覚悟は決まったか?」


 ペモミムスは念のために彼に確認を取る。


「……はい。……はあ、はあ。よろしく、お願いします。」


 服はボロボロでほぼ裸な状態で、全身も火傷だらけのボロボロな状態。それでも、グウェインは相手の目をしっかり見て、自分の意思を伝える。


 これ以上理不尽な目に合わないように、どのような修行でも耐え抜いていくという覚悟を伝える。


「うむ。よかろう。我もしっかりお主の面倒を見ることを約束しよう。」



 こうして、ここに奇妙な縁が生まれた。魔族の中で最弱とされるゴブリン種と魔族の中で最強とされるドラゴン種の師弟関係。



 この奇妙な縁は、いずれ世界に大きな変革をもたらす。


 

 ……のだが、それはまだ誰も知らない先の話。




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*ところで、1話のPV数が最も多いことは納得なのですが、8話のPV数が次に多いのはどういうことなのでしょうか?……もしかして、皆さん主人公より幕間に出てきた他3人の方が好きだったりしますか?

*もしそうだったら申し訳ないのですが、明日から新章、入ります。

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