第32話 異常な戦闘センス
王都への護衛旅はまだまだ続く。
少し地理的なことを確認すると、王都は王国の中央にあり、レイスが産まれたアンク領は王国の南東、ドミナスは真東に位置する。そのドミナスから王都までは1カ月かかる。
そしてまた少し話はずれるが、王国は大陸の西側に位置し年間平均気温は14℃。常に西から風が吹き、西には暖かな海があるため、夏は涼しく冬は暖かいという理想的な環境にある。現在の季節は夏に近い春で、草原で寝転がるには最適な気温である。
つまり、レイスの護衛旅はまだ1カ月続きはするが、気温はとても快適であるため、日中などはどうしても気が緩んでしまい、おしゃべりで盛り上がってしまうということだ。
「……ところでレイス。……7歳で初めからEランクはなかなかに異常。……何でそんなに強いの?」
そんな会話の中で出てきたのは、レイスの強さの秘訣について。
そもそも7歳が冒険者になることは少ない。冒険者にでもならないと生きていけないような子どもなどがそれに当たる。しかし大概にしてそういう子は弱い。Gランクから始めて街中でお手伝いをして、少しづつランクを上げていくのが普通である。
だが、レイスはジェイドを完膚なきまでに叩きのめしてEランクスタートになっている。これは異常なことである。
「ちいさいときはかぞくとたたかいごっこしてたの!」
「……?……何で急に幼くなったの?」
「あ、間違えました。えっと、親から戦いの仕方を教わっていました。」
「……なるほど。……じゃああと少しで森から出てくるモンスター、一人で倒してみて。……もちろん、危なくなったら助けるから。」
「え?来たら戦いますけど、なんで来るってわかるんですか?」
このとき誰もモンスターを発見したなんて情報を得ていなかった。にもかかわらずアリアはまるで予言するかのようにあと少しで来ると言った。
「……それも、あとで教えてあげる。……あと少し、だから馬から降りて準備して。」
「あ、僕は馬からでも攻撃態勢にすぐ移れるので大丈夫ですよ。」
「……?……ワンテンポ遅れるから、降りたほうが『横からモンスター1匹!大型の猪だ!』……レイスが対処するから、危なくなったときのみ援護!!『了解!』」
アリアがレイスに注意しようとしていた時にちょうどサミュから警告が飛んでくる。それに対してアリアは精一杯の大声でサミュに返事をし、レイスが一人で戦える状況を作る。
商隊の中央左横から現れたのは象ほどのサイズがある猪。それに対してレイスは右足の下で小規模爆発を起こすことで強制的に左側に落馬する姿勢を取る。
「……!!……危ない!!……落ち……えっ……。」
落馬したかのように見えたレイスは、地面に着く瞬間に自分の後方でまたも小規模爆発を起こすことで、落馬せず低空を飛ぶかのように猪に突進していく。
「おいおい!なんだあの動き!」
一連のレイスの動きを見ていたカミュも思わず声を上げる。だが、レイスの奇行は止まらない。
爆風により移動しているため、レイスは今、体の制御はできていない。それゆえ、自分の体はぐるぐる回っており、このままでは本当に猪に突進しかねない。
にもかかわらず、レイスは何か対処する素振りを見せない。
「……危な……くないの!?」
レイスは猪に激突する瞬間、激突を止めるついでに体勢を整えるために、前方に爆発を起こす。その爆発は猪の視界も奪う。猪は目の前の小さな獲物が急に消えたことに困惑し辺りを見回すが、先ほどの獲物の姿は見えない。
「後ろだ、のろま。」
レイスは先ほどの爆風を利用して猪の上を飛んで後ろ側に回り込んでおり、火球の準備をしていた。そして、猪が後ろを振り向いた瞬間。
「さようなら。」
直径30㎝ほどの火球が猪の真下からまるで花火のように打ち上げられる。
猪は何をされたかもわからず、体のど真ん中を下から貫かれる。が、それで止まるレイスではない。最後まで油断しないことの大切さは身に染みて知っているレイス。それゆえ、モンスター相手では相手が動きを止めても、存在ごと消滅させるまで戦いをやめることはない。
「火の審判。……なんちゃって。」
3番隊隊長が使っていた【スクリク】である【雷の審判】。これをもとに新しく作ったオリジナルの魔法、火の審判。地面から火球が打ち上げられ、上空で10の小さな火球に分裂。その後、打ち上げられた地点付近に降り注ぐ。上空に火球を作れなかったから仕方なく打ち上げるという方法を取ったレイスだったが、その成果にはおおむね満足していた。
「時間差の2段階攻撃。罠として使ってみようかな。踏んだら火球が打ちあがるとか。あ、でも分裂した火球をコントロールできないのがネックだな。」
目の前で落ちてきた火球によって猪が丸焼きどころか焼却されているところを見ながらそんな感想を述べるレイス。強くなることに余念はない。
「……レイス、今の……何?」
今の奇妙な戦闘全体に対して質問をしたアリア。通常魔法使いはあれほど前に出ていかないし、モンスターとの戦いで一人時間差攻撃なんて行動はとらないゆえに出てきた質問であった。
「えっと、爆風を利用して移動して、爆風で目くらましをして背後を取って、地面に火球設置して打ち上げて、火の雨を降らす、みたいな?」
「……言っている意味は分かる。……分けて質問する。……まず、爆風を使うってどうやってるの?」
「熱することで一時的に気体を膨張させて爆風を起こして、それに方向性を持たせる。つまり、後ろにしか風がいかないようにすることで、必ず自分が前方に行けるようにする。この一連の作業を魔法にしてるだけです。」
「……風魔法の方がいいのでは?」
「……まだ使ったことがなくて。今度教えてくれますか?」
レイスは風魔法を使ったことがない。というより、火魔法以外使ったことがない。それゆえに、火球ばかりを鍛えることに必然となってしまい、火球の扱いが人一倍上手くなっている。ちなみに、爆風移動も火球の応用である。
「……うん!!教える。……次、なぜ前に行った?……前に行かなくてもあの変な火球魔法で倒せたのでは?」
「確かに倒せたかもしれませんが、不確定でした。私のあの変な魔法、便宜上打ち上げ火球と言いますが、あれは相手がとどまっていないと当てることができません。ですから私を標的にさせて目くらましをすることで、相手の位置を固定させました。これが前に出た理由です。」
こうは言ったが、実のところはレイスが前に出たかっただけというところもある。後ろで魔法を放つだけというのは、あまりにもつまらないと考えているからだ。
「……理解。……次、何、その打ち上げ火球って魔法。……打ち上げるのは簡単だけど、なんか降ってきたよ。」
「ああ、あれは【雷の審判】っていう3番隊隊長の【スクリク】を真似してみたものです。本来のは上から広範囲に高火力の雷を落とすっていうものなんですけど、僕のはだいぶ弱くなってしまいました。」
「……なるほど、お手本があったのか。……うん、まあ、納得。……その戦闘センスだけは、意味が分からないけど。」
アリアが無理やり納得したところも、異常であるということに気づくものは誰もいない。普通技を1度見たからと言ってすぐに真似できるはずがない。何度も練習することでやっと身に着く、これは魔法においても例外ではない。にもかかわらず、レイスはこれを1度目でほぼ真似て見せた。俗にいう運動神経がいいやつの魔法バージョンである。先天的なものである。
ちなみに、アリアはたくさん練習してできるようになったと思っているため納得してしまったが、このあとすぐレイスの異常性に気づかされることになる。
「レイス君すごいじゃないか!!」
「レイス君かっこよかったわよ!」
「素晴らしい身のこなしだった。」
「レイス様さすがの魔法でございました!」
カミュ、マジカ、ストレン、ジェイドが口々にレイスを褒める。ジェイドがレイスに様付けをしているのは、訓練場で心を折られてレイスに畏敬の念を抱いたからだ。
「皆さんありがとうございます。でも、まだまだなので、これからも頑張っていきたいと思います!」
「7歳でこれなら十分すぎると思うがな!もう十分Cランクレベルあると思うぜ!あの身のこなしは俺に近いレベルまで磨き上げられてるし、魔法の威力も十分だ!あとは場数を踏めばあっという間に強くなれると思うぜ!」
「ありがとうございます!カミュさんにそう言われると自信が出ます!あの戦闘中の爆破移動はカミュさんのを見てアレンジしたんですよ。ですから、元となったカミュさんに褒めてもらえるなんて嬉しい限りです!」
「「「「「……。」」」」」
レイスが素直にお礼を言うと、レイスを除く5人全員が絶句する。仕方のないことである。誰もレイスの魔法のセンスの異常性を知らないのだから。
「もしかしてレイス君、あの移動の仕方をしたのは初めてだったのかい?」
「えっと、正しくは初めてではないかもしれません。一度ギルドから南門に行くときに、後ろを爆発させることで爆風に乗って移動したことがあります。ですが、戦闘で使ったのはこれが初めてですね。」
レイスはドミナスで襲撃が起きた際、爆風に乗って高速で移動していた。それゆえ、あの時は他の冒険者の誰よりも早くたどり着くことができたのだ。ちなみに、カミラとの別れの際、カミラが言っていた高速移動手段もこれである。空中で爆発を起こし続けることで、自傷しながら高速移動する。これ自体は前から考えていたことであった。
そして、カミュの技を見て、体を強化しながら細かく風を起こして無理やり移動する動き方を真似しようと考えた。そして生み出したのが、指向性付き火球爆弾である。そうして本番1発目で、自分の体を身体能力強化で強くし爆風で細かく移動するという一連の動作を成功させて見せた。
「……お前、化け物だな。」
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