第20話 虎と狼と暗殺者

 レイスが南門に到着したころ騎士団根拠地にも伝令がたどり着いていた。


「伝令です!南門にモンスター出現!その数およそ100匹!至急対応を!」


 伝令の声が訓練中の騎士団の耳に届く。


「南門に100匹か。確認してみよう。」


 その伝令を聞いた一人の騎士が魔法を使う。その魔法はこの場から風を飛ばしてそれに当たったモンスターの数を測るというもの。人とモンスターの見分けがつかない魔法だが、感知した数から騎士の数である20を引いた数をモンスターの数と推定した。


「ふむ。107匹か。それなら私の部隊だけでもおつりがくるくらいだろう。少しばかり行ってくるよ。」


 そう言ったのは貴族出身の騎士で構成されている2番隊の隊長を務める男。2番隊の隊長は4番隊の隊長と違い実力で選ばれている。その実力は冒険者ギルドの上級レベル。他の隊員も中級レベルはあり、全体的に高ランク帯で構成されている。


ちなみに、貴族と平民では一般的に貴族の方が戦闘面で優れていると言われている。その理由は魔法がイメージによるところが大きいというのが大きな理由だ。貴族は子どもに家庭教師を雇って魔法を習わせる。そうすると生まれた時から多種多様で高威力な魔法を見る機会が多くなり、自然と子どもが使う魔法もこれ基準となり強力な魔法使いとなる。


「とんだ災難だったが100匹程度なら彼らで問題はないだろう。では我々は訓練を再開するとしよう。」


 そう言って訓練場の指揮を執り始めたのは3番隊の隊長オーウェン。3番隊の管轄はダンジョン管理。それゆえ、壁外のモンスター討伐は担当の2番隊に任せることにしたのだ。


「続きは素振り137回目からだったな。それでは開始す『オーウェン隊長!』……今度は何だ?」


 開始しようとして呼び止められたことに少しいら立ちを見せる3番隊隊長。しかし、そんな彼を読んだのが1番隊の隊員だということに気づくとすぐさま表情を変える。


「どうしてお前がここにいる?」


 2番隊は壁外モンスター駆除。3番隊はダンジョン管理。4番隊は治安維持。そして1番隊の担当は、要人の護衛。


 隊の数字は強さの順位と比例しているわけではないが、1番隊だけは強さの格が違うと言われている。すべての人が上級。そんな人がわざわざここまで足を運んだということはやっかい極まりない事件だということの証左である。


「詳細は話せませんが、ラトビアン公が何者かによって襲撃されました。」


 ラトビアン公爵家。この国最大の公爵家と言われている大物中の大物。そんなお方がこの町で襲われたという。下手したら領主の首が飛びかねない案件である。


「それで、俺たちはどうしたらいい?」


「2番隊には下手人の捜索と確保を、3番隊にはダンジョンの取り締まりの強化を宜しくお願いします。」


「ん?ちょっと待て。3番隊がダンジョンの取り締まりの強化というのはどういうことだ?ダンジョンで何かあったのか?」


「原因は不明ですが、ダンジョン内の冒険者が全員狂乱状態に陥っているようです。一部効いていないものもおり、現状は彼らが対処しておりますが間に合いません。それゆえ3番隊にはその案件を処理していただきたいのです。」


「なるほど。事情は分かった。だが、ここには2番隊はいないぞ。」


「……どうしてですか?」


「今先ほど南門でモンスターが約100匹出たらしく、2番隊と4番隊がそれの処理に当たっている。」


「なるほど。同時に3か所で異変が起こったというわけですか。」


「どうやら狙われていたらしいな。」


「そのようですね。前門の虎、後門の狼、街中で下手人ですか。厄介ですが状況は把握しました。でしたら、3番隊の方々にはダンジョンの方を宜しくお願いします。こちらはなんとか1番隊のみで対処して見せましょう。」


「ああ。武運を祈る、ヘーゼル。」


「そちらもどうぞお気を付けて、あなた。」


 実は報告に来た1番隊隊員は女性で3番隊隊長と夫婦関係にある。お互いの無事を強く願いお互いの背中を押す。公私混同は決してしないが、お互いを鼓舞するときだけはいつもの呼び方で呼び合う。非常に理想的な関係であるため、周りの騎士からひどく羨ましがられていたりする。


 そしてそんな理想な妻が考えた指令を忠実に果たそうと、夫は部下に命を下す。


「行くぞ3番隊!目標はダンジョン内にいる冒険者の救助だ!彼らは狂乱状態にいるようだから気絶させるのが最善だろう!心してかかれ!」


 2番隊と4番隊は南門で、3番隊は北門付近にあるダンジョンで、1番隊は街中で、それそれの場所でそれぞれの仕事を遂行する。


 相手の目的も分からぬままに。




***

「どうしてこうも悪い状況が重なる!」


 自分の机を勢いよく叩いて怒りをあらわにしたのはこの都市ドミナスの領主。彼は1番隊の隊員からもたらされる事件の概要を領主邸で聞いて、ひどく混乱していた。


「どうしてだ!ダンジョンが牙をむくなど今までなかったではないか!それにラトビアン公の件もそうだ!なぜ1番隊の隊長が同行しているのにラトビアン公が怪我を負っている!」


 1番隊隊長。【スクリク】なしの戦闘においては最強とまで言われる男。本来このような辺境の都市にいるはずのない人材。実際彼は王都から派遣されてきた人材である。ここにあるダンジョンの視察と言って研究をしに来る要人を守るための護衛役。そんな彼がいるにもかかわらず、ラトビアン公が負傷した。これはまぎれもなく異常事態である。


「今しがた部下から報告がございました。南門にてモンスターが約100匹出現したようです。」


「何っ!……はあ、なんということだ。町の防衛、ダンジョン管理、ラトビアン公の安全の確保、このすべてを同時に行えというのか。」


 この状況において領主ができることはほぼ何もない。こういう時に領主ができるのは、冒険者ギルドへの命令と騎士を動かすこと。そしてそれらはすでに1番隊の隊員がこなしてくれている。であればもう領主にできることは何もない。神に祈るくらいである。


「願わくはすべてがうまくいきますように。」


 2番隊と4番隊の全員が南門で、3番隊の全員が北門付近で、1番隊の多くが街中で忙しくしているこの状況。




 手薄となっている箇所は、東側と西側、そして中央にあるこの領主邸であった。




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