第16話 冒険者と試合

「何を考えているんですか?一般人との私闘は規定で禁じられている行為だと分かって言ってるんですか?」


 少し怒気を含ませた声でカミラが言う。


「分かってるさ。だが、この小僧が了承したら別だろ?」


 意外に冷静な思考をしている巨体禿げ頭。


「レイ君、受ける必要は『受けて立ちましょう。』……はあ、やっぱりそうなるわよね。」


 カミラは巨体禿げ頭がレイスに勝負を持ちかけた時点でこうなることを予感していた。


(だって、レイスは強い奴と戦うために来たんだもんね。)


 レイスのことをよくわかっているカミラである。それゆえその後の手続きも迅速である。


「では、今から訓練場で1対1で試合を行ってもらいます。もちろん武器はこちらが用意した物、勝利判定は相手の背中かお腹を3秒間地面につけるか、降参と言わせるかのどちらかです。判定は私が行います。これでよろしいですか。」


「ああ、問題ない。そして、この坊主が負けたら冒険者ランクはGから。俺が負けたらランクを一つ落としてFになろう。」


 見た目によらず冷静な思考をする巨体禿げ頭。もしここでレイスに冒険者にならさないとかにしていたら試合は行われなかっただろう。訓練場での試合にそこまでの権限はないからである。それを踏まえたうえでぎりぎりのラインを攻めてくる禿げ頭。見た目によらず(略)。


「では、訓練場までご案内します。」


「ちょ、ちょっとカミラ本気なの?」


 何も問題がないかのように淡々と話を進めていくカミラを見て、思わずそこに割って入るリア。


「ええ、双方合意の上だから問題ないわよ。」


「そうじゃなくて、下手したらこの子死んじゃうかもしれないんだよ!?せめて、危ないと私たちが判断したら割って入るとか条件をさらに付けないと!」


「レイ君、いる?」


 少し挑発的な視線でレイスに『私たちの介入が必要か?』と問いかける。それに対してレイスは。


「まさか。」


 挑発的な笑みを返す。


「だそうよ。」


「だそうよって。……で、でも、あ、ちょっと!」


 うだうだしている同僚を無視して訓練場のあるギルドの奥まで二人を案内する。


 案内した後二人に木でできた武器を選んでもらう。巨体禿げ頭が選んだのは大剣、レイスが選んだのは槍。防具は革でできたものを全身に装備してもらった。


 訓練場には平日の午前中ということもあり人がほとんどいなかったため、訓練場のど真ん中で試合を始めることにする。


「それでは、私の開始の合図で試合を始めていただきます。双方、準備はいいですか?」


「ああ、もちろんいいぜ!」

「大丈夫です。」



「それでは。試合、開始!」



「おっしゃああ!」


 先手は巨体禿げ頭。身体強化魔法を自分に掛け、大剣を上段に構えながらレイスに迫る。それに対してレイスは。


「……。」


 何の行動もとらない。


「てめえ舐めてんのか!っりゃあ!!」


 レイスに向かって上から大剣を振り下ろす。身体能力強化を掛けた体から放たるその技は、重い剣を持っていることを感じさせないほどのスピードでレイスに振り下ろされる。


「危ない!」


 訓練場まで来ていたリアは思わず叫んでしまう。いくら木剣だとえ、あのスピードであの重さの剣をぶつけられたら子供の頭くらい粉々になることが分かっていたからだ。


 だが結果は異なる。


「……。」


 レイスの目の前わずか5cmのところを大剣が通り過ぎる。


 リアは巨体禿げ頭の方が目測を誤ったのだと思った。だがそれが何十回も繰り返されたらそれがレイスの技量だということに気づいてくる。


「くそっ。何で当たらねえ。」


 今更だが巨体禿げ頭の名前はジェイド。Eランクパーティーの前衛で、身体能力強化を施しながら大剣でパワーを押し付けて強引にモンスターを殴り倒すという戦闘スタイル。決してそこまで弱いわけではない。


 だが、レイスには当たらない。まるで少し先の未来を予知しているかのように。


「まさか。」


 とあることに気づくカミラ。レイスが自己紹介したときに少し漏らしたレイリー・アンという名前。時間をゆっくりにする【スクリク】。火球を50発も出す天属性の使い手。そんなことができる男は冒険者の中には一人しかいない。


「ハリー・アンク。“時間操者”と言われたAランク冒険者……。」


 冒険者の中でも珍しく対人に特化した冒険者。対人だけで言うなら最強とまで呼ばれた男。魔法を使う相手なら相手を低速にして魔法発動前に倒し、そうでない相手には攻撃される寸前に低速にしてギリギリのところで避けてカウンターを決める。まるで戦場における時間を操っているようだと名付けられた二つ名。


 もうかれこれ50回以上は大剣による攻撃をギリギリのところで避けているレイス。申し訳程度に飛んでくる火球も火傷をしないギリギリのところで避けている。まるで、“時間操者”と同じく時間を操っているのではないかと錯覚するほどの超絶技巧。


「それを【スクリク】なしでやっているというの……。」


 驚愕。Eランク冒険者を圧倒するレイスを見て、リアもカミラも目を見開く。


「はあはあ。避けてばっかりじゃなく!お前も攻撃してこいや!」


 避けてばかりだったレイスにイラついたのか軽い挑発をしてくるジェイド。そしてリクエストに応えるレイス。


「では。」


 天属性版身体能力強化と火球50発を同時に展開する。


「「「はあ!?」」」


 ジェイド、リア、カミラの3人が声を同時に挙げる。彼らが驚いた理由は次の二つ。


 一つ目は、火球を50発同時に展開したこと。


 そもそも魔法というものは簡単に表現すると、器作成⇒注入⇒指向、といった形で展開される。例えば火球なら、体内の魔力(MP)を変換して空中に火球用の器を作り、そしてその器にMPを込め、最後にどういった軌道で射出するかを決める。


 魔法の技量の差というのはこの3つの過程のうちの器作成のところで顕著となる。どれくらい精密な球形を作れるか、同時に何個作れるか、どのくらいのMPを込められる強度にしているかなど、火球でもこれだけある。


 そして、レイスの作成した火球50発は天属性が得意なBランクの魔法使いレベルである。それを苦も無く魔道具を使うこともなく50発展開して見せた。まさに異常である。


 二つ目は、身体能力強化と火球を同時に使用したからである。


 それはつまり、Bランク魔法使いレベルの作業を行いながら、同時に別の魔法も構築していたということである。身体能力強化自体はGランク冒険者でも、それこそ7歳児でもできる。しかし、それを同時にとなるとそうはいかない。


「待て待て待て!降参だ降参!1mもの火球50発はさすがに死ぬだろうが!」


 レイスは父親の火球を基準としているため、彼の30cmほどの火球とは大きさの桁が違う。かといってその分威力が落ちているというわけではない。

 実際レイスの火球が太陽のようにぎっしりと火が詰まっているのに対し、彼の火球はろうそくのように少しでも揺らめけば火がない場所が見えるほどのものだ。


「これくらい避けられると思いますが、まあいいでしょう。」


 そういって火球と身体能力強化を解除する。


 レイスは天属性しか使えないと分かったときから、いつも以上に訓練してきた。それこそ大人以上に。そして、幸いなことに彼の魔法のセンスはずば抜けていた。それゆえ、Bランク魔法使いほどの技量をすでに持っていた。


 ちなみに、火球がBランク魔法使いレベルでも、他の魔法は一般の子供レベルである。慣れた作業は特に考えずとも早く上手くできるが、慣れない作業は工程を真剣に考えたうえでゆっくり進めて、完成するものは下手なもの。これは何に関しても言えることであり、魔法もその例外ではない。


「で、カミラお姉ちゃん。職員の人呼んできてくれる?」


 私闘が終わったため、次の試合をと催促するレイス。それを聞いてカミラは苦い顔をする。


「あ、あのね。実はその職員って、リアのことだったんだけど。……見てあれ。」


 カミラの指した先には、魂が抜かれたようにボーっとして座っているリアの姿が見えた。



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