第15話 冒険者ギルドにて

「はあ疲れたあ。朝の依頼ラッシュはほんとに疲れるう。どうせならもう少し時間を空けて来てくれればいいのに。ってそうもいかないか。はあ疲れたああ。」


 冒険者ギルドの受付で机に突っ伏しながらそんなことを言う受付嬢。それを見たほかの受付嬢はまたいつものかと半ば呆れの視線でその仕事仲間を見る。しかし、彼女らの中で最も先輩である受付嬢は違った。


「こら、リア。受付嬢がそんなだと冒険者さんたちがやる気が出ないでしょう。私たちの仕事は依頼のやり取りだけじゃなくて、彼らの精神面でのサポートも含まれているんですからね。」


 怒っているのか怒っていないのか微妙に判断がつきにくい声色でリアを叱ったのは、ハンナという30代前半の先輩受付嬢。

 いまだ誰とも結婚していないが、それは多くの冒険者からママと呼ばれるほどのあふれ出る母性を前に、お付き合いしましょうと言い出せる人が少ないからというのが最大の理由であった。


「そうはいってももう冒険者さんはいませんし、それに何もすることがなくて退屈『ようこそ冒険者ギルドへ!私たちはレイ君のことを心から歓迎するわ!』……ってあれカミラじゃない⁉」


 ギルドの入り口でまだ幼い男の子に向かって歓迎の言葉を言っている同僚を見て目を見開くリア。それもそのはず。カミラはそんな制度ないにも関わらず『有休を3日ほど取ります!』とギルド長に言って、勝手に受付嬢の仕事を休んだのだ。もちろんその分の仕事は仕事仲間である彼女らがこなしている。


「あいつ。急に休んだと思ったら小さい男の子をギルドに連れてきて何のつもりよ。」


 そんなことを言っていると、向こうと目が合い小さく手を振られるリア。その言動がものすごく腹立たしく感じたが、後ろの男の子がペコっとお辞儀してきたので、怒りを抑えて無理やりほほえみを顔に張り付ける。


 そして無理に顔に微笑みを浮かべているの好意的に受け取ったのか、カミラがリアのいる受付のところまでやってくる。


「ねえリア。ちょっとそこ変わって。」


「はあ!?今ここは私の受付なん『はいどいたどいたー!』……ってちょ、こらカミラ!」


 狭い受付を二人の女性が奪い合っているのを見せつけられていたレイスは何とも言えない顔になる。

 もしかしてお姉ちゃん、みんなにめちゃめちゃ迷惑をかけているのではないかと、そんな考えをい抱きながら他の受付嬢を見ると、30代前半くらいの女性と目が合い、優しく微笑みながらごめんなさいと頭を下げられる。


「こら、リア、カミラ。お客さんをお待たせしてどうするんですか。どうやらカミラが連れてきたお客さんのようですから、一時的にここの受付はカミラに任せなさい。」


 二人の仲裁に入ったのはもちろんハンナ。そんな彼女の発言を聞いて、リアは不満そうな子をしながらその場を立ち退き、カミラは嬉しそうな顔をして受付に立つ。


「それではお待たせいたしました。ご用件は冒険者登録ですね。それではまずこの用紙に必要事項を記入してください。」


 そういってレイスに1枚の紙を渡す。そんな光景をそばで見ていたハンナは驚きで目を見開き、リアはとっさにその会話に割って入る。


「ちょ、ちょっと待って!まだこの子子供だよ!?それを冒険者登録って、見習いの間違いじゃないの?」


 そんな疑問を呈するリア。実際7歳で冒険者として活動している人間はほとんどいない。

 その理由は主に二つ。彼らの年齢で外に出て依頼をこなすのは極めて難しいからということと、街中での依頼であったとしても子どもでできることをわざわざギルドに依頼しに来ないからということである。

 それゆえ、冒険者にはなれても依頼が達成できず、すぐにやめてしまう子が多いのだ。


「うん、見習いじゃないよ。レイはある程度戦闘能力を有しているからね。たぶん冒険者として普通にやっていけるよ!」


「そんなわけないじゃない!まだ魔法も扱ったことのないような子がモンスター相手に勝てるわけないじゃない。」


「まあそうなんだけど。それに……ああこれ言ってもいいのかな?」


 そう言ってカミラはレイスのほうを見る。


「別にいいよ。どっちにしろ受付嬢の方は知ることになるんでしょ?だったら小声で伝えてあげて。」


 こんなところで大声で言ったら白い目で見られるのはレイスも分かっていたため、小声で伝えるよう頼んだ。


「分かったわ。レイ君は魔法についてあまり知らないし、それに、彼は”ユニーク”なの。」


 それを聞いた受付嬢たちは絶句する。彼女たちがそうなるのも仕方ないくらい”ユニーク”とは不遇なのだ。ではなぜこれほどまでに不遇扱いされているのか。


 そもそも”ユニーク”と呼ばれるものは3つある属性のうち1つしか使えない。これは、戦闘の幅が狭まるという欠点だけでなく、日常生活でも支障をきたすことが多々ある。


 例えば、魔道具を使うとき。魔道具は使う際に魔力を要するのだが、その魔力を込める部分には色付けがされている。

 何のための色付けかというと、どの属性の魔力を込めればいいのかわかりやすくするためである。赤なら天属性、青なら海属性、黄なら地属性となっている。

 つまり、“ユニーク”は自分の属性以外の魔道具を使えないのである。

 そして、魔道具が魔力を込めなければ使えないのは、幼児が勝手に使えないようにという側面もあったりする。

 それゆえ、“ユニーク”は幼児用の道具で代用する羽目になったりすることがある。これも蔑まれる理由である。


 このように戦闘面においてもデメリットを背負っており、道具の使用までも制限される“ユニーク”。冒険者には向いていないのは誰が見ても明らかである。そして、それが子供ならなおさらである。


「あんた馬鹿なの⁉この子を殺す気⁉子どもでしかも“ユニーク”ってどうやっても冒険者として生きていけないじゃない⁉」


 それを聞いたレイスは目に見えて不機嫌になる。当たり前である。彼は“ユニーク”であるから両親に捨てられたのだ。そして、今の大声なら周りの冒険者にも聞こえただろうということに気づいたからである。


「おいおい!子どもで“ユニーク”で冒険者はありえねえだろ!はははっ!」

「そりゃそうだ!とんだお笑い草だ!」

「坊やはマンマのおっぱいでも吸ってろ!!」


 カミラがわざわざ小声で話してきたのに大声でそのことをばらしてしまったことに気づいたリアは、顔を真っ青にする。


「ち、違うの。あ、あの、ごめんね。あなたを貶したかったわけじゃないの。私はむしろあなたがこの世界で生きていけないことを不安に思って注意したかっただけなの。」


 レイスの方を向いて必死に謝るリア。それを聞いてレイスは。


「分かってますよ。気にしないください。」


 笑って大丈夫だと返す。ただし、その目は今にも泣きだしそうなくらい悲しそうな眼をしていた。


 しかし、カミラだけはレイスの本心に気付いていた。それゆえ、カミラはこの話を早く終わらせようと無理にでも話を進める。


「じゃあ、用紙に必要事項は書けたみたいだから、今からランクを決めるね。初めてのランクはGかFかEかで、その人の戦闘能力を見て決めるわ。だから、職員の人と戦ってほしいんだけど、大丈夫そう?」


 レイスの悲しみに気づいていたカミラは、体の方は万全だと知っていたが、精神的に大丈夫かと気遣った。それをレイスもしっかり読み取っていた。


「うん、大丈夫だよ。カミラお姉ちゃんのお陰だよ。」


 もしカミラに会わずにこのような状況になっていたら、レイスは精神的に病んで立ち直れなかったかもしれない。


 だが、そうはならなかった。


 幸いにもレイスの心の傷はカミラによって多少ではあるが癒されていた。


 二人は目を合わせてにこやかに笑いあう。


「おいおい!やめとけやめとけ!その前に俺がお前の力測ってやるよ!」


 そんな微笑ましい場面をぶち壊しにするぶしつけな声が、ギルドに響き渡る。



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