第11話 レイスの慟哭

「君の名前はレイス・ライフ。階級は貴族じゃなくて平民。年は7歳で記憶喪失。……これで合ってる?」


 彼女はレイスに念のため確認を取る。これから設定を作っていくのに大切なことだからだ。


「はい!合ってます!」


 レイリー改めレイスは、元気いっぱいに返事をする。めいいっぱい子どもっぽく元気よく返事をしてみたのだ。


「……。ちなみにどこからどこまでの記憶がないの?」


 そんなレイスの演技を見て、明らかに嘘っぽい雰囲気を感じたので、彼女は呆れて一瞬無言になってしまった。が、すぐに気を取り直して確認事項を一つずつ確かめていく。


「そうですね。ここ2日ほどの記憶ですかね。」


「……。じゃあそれまでは何してたの?」


「家で家族や使用人と戦闘訓練ばっかりしていました。」


「……。ねえ。」


「どうしましたか?」


「……その設定ガバガバなの分かってる?」


「え⁉完璧じゃないんですか⁉」


 本気で平民っぽく振舞っていたのに正面からダメだしされて少しショックを受けるレイス。


「まずね、平民の子どもは親のお手伝いをするのが普通なの。だから、戦闘訓練だけをして生きていくことはできないし、それに使用人というのは高貴な身分の人しか雇えないの。それが1種のステータスとなるからね。」


「へえ。そうなんですね。……あ。」


「やっとわかってくれたみたいね。それから、あなたくらいの年の平民はそれほど流ちょうに敬語を使わないの。もっと言えば、戦闘訓練なんて難しい言葉使わないのが一般的よ。」


「なるほど。ちいさいときはかぞくでたたかいごっこしてたの!」


 舌足らずな感じで発言するレイス。それを見た彼女は若干呆れた顔でダメ出しをする。


「……幼くなり過ぎよ。逆に不自然よ。」


「分かった!これくらいなら問題ないかな?」


「そうね。それから貴族のマナーはいったん忘れたほうがいいわ。」


「どうやるかおねえちゃんがおしえてくれるんだよね!」


「ねえ、レイス。君少しずつ遠慮がなくなってきてない?」


 わざとらしく幼い子供の真似をしてふざけるレイスを見て、カミラは少し呆れながらレイスをたしなめるように言う。



 しかし、そんな彼女の発言に少し嫌悪が含まれていたような気がして。レイスは冗談半分の彼女の発言を本気で受け止めてしまった。



「え、ご、ごめんなさい。本当に申し訳ありません。無自覚で甘えてしまって本当に申し訳ありません。今頼れる方がお姉さんしかおらず、少し気を緩めてしまっておりました。猛省しております。そして、どうか、捨てないでください。」


 レイリーは彼女に遠慮がないと言われて気づく。彼女は別に自分の本当のお姉ちゃんでもなければ知り合いですらない。そんな赤の他人に失礼な態度を取ってしまったことに恥ずかしくなるとともに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 そして何より、レイスはまた捨てられるのが怖かった。それゆえ、少し声を震わせつつ椅子に座りながらも深々と頭を下げる。


「え、え!?ち、違うの!そんなことを言ってほしかったんじゃないの!あ、頭を上げて!ご、ごめんね!いいの、いいのよ!もっとお姉さんに甘えなさい!」


 すこしからかっただけなのに物凄く丁寧に謝罪されて焦る彼女。


「いえ、お世話になってばかりでは申し訳が立ちません。これ以上ご迷惑をかけないよう徹底いたしますのでどうぞご容赦ください。」


 これ以上彼女のお世話になるわけにはいかない。彼女にここまでする義務はなく、それにもうすでに返さなければならない恩があるのに、今の自分にはそれを返す手段がない。これ以上迷惑をかけないためにも、彼女とは一定の距離感を置こうと考え、貴族としてのふるまいに戻す。


 しかし、彼女は。


「……そう思ってるなら子供らしく振舞いなさい。そんな態度を取られる方が私にとって迷惑よ。」


 これまでの中で最も低い声で怒気を含ませた声を出す。


「え、いえ、ですが……。」


 そんな彼女の声に驚きと同時に恐怖を感じて声が震えてしまうレイス。


「ですがも何もないわ。私がお世話したくてお世話してるの。そうじゃなかったらそもそも私の部屋で預からないわよ。……ほら、おいで。」


 そう言うと、彼女は椅子から立ち上がり両手を広げる。そんな彼女を見てレイスは少し涙目になりながら立ち上がる。


「はい、捕まえた。泣きたいなら好きなだけ泣いたらいいし、相談したいことがあるならいくらでも聞いてあげる。だから、無理しないで。」


 レイスは彼女にぎゅっとハグをされる。肌が触れ合い人の体温を感じ、レイスの心は溶かされていく。そして、1度安心してしまえば、7歳児に感情を抑える手段なんて存在しなくて。


「……う、うわあああああん。ひっく、何で何で父さんは俺を捨てたんだよ!あれだけ訓練も頑張ったのに!誰よりも一生懸命努力したのに!ひっく、何でこんなにもあっさり捨てるんだよ!他の家族も!……はあはあはあ。何で誰も止めないんだよ!俺はあの家ではいらない人間だったのか!はあはあ。何で俺がこんな理不尽な目にあわなきゃダメなんだよ!まだ7歳だぞ!7歳で!森に捨てられて!はあはあ。一人で生きていけると思ってるのか!【エスプリ】が運よく発現しなかったり、たまたま馬がいなかったら死ぬ可能性もあったんだぞ!はあはあ。馬が!あの馬が奇跡的にいなかったら町に着く前に死んでたかもしれないんだぞ!うっく。優しいお姉ちゃんが!優しいお姉ちゃんが保護してくれなかったら!孤独に耐えられず死んでた可能性もあるんだぞ!うわああああああん!!」


 レイスの慟哭はまだまだ続いたが、その間彼女はずっと優しくレイスの頭をなでていた。彼女自身、初めて聞かされるレイスの過去を聞いて涙が溢れそうになっていたが、レイスを心配させるわけにはいかないと思い必死でこらえていた。




***

 レイスは一通り思いのたけを述べた後、疲れ切ってしまいまた眠ってしまった。彼女はそんなレイスをもう一度彼女のベッドに寝かせた後、涙でずぶぬれになった服を着替えるついでに風呂に入る。


 彼女は風呂の中でレイスから聞いた過去を反芻する。そのあまりにもかわいそうな過去を思い出し、先ほどまではとどめることができていた涙を流してしまう。


「絶対に、絶対に私が支えてあげるからね。」


 彼女の過去もまた悲惨であり、そのことを知るものはほとんどいない。そんなこともあったため、彼女は自分自身の過去とレイスの過去を重ね、自分のことのように思ってしまった。



 この時のこの決意が、世界の今後を大きく変える、なんて自覚することなく。




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