第10話 お姉ちゃん

「……知らない天井だ。」


 レイリーが起きた場所は冒険者ギルドの宿舎の一室。その中の2Kのうちの一室。ベッドが一つといすと机が一セットしかない少し殺風景な部屋。そこのベッドで寝かされていた。


「えっと、俺どうなったんだっけ。」


 まだ少し頭はボーっとしていたが、レイスは今思い出せるところまで思い出してみる。


「森でなんかあって、町まで来て、ギルドまで来て、質問して。うん、ここまでは覚えてる。でも、ベッドで寝た記憶はない。どういうことだ?」


 森を抜け最も近くにあった都市ドミナスに入ってすぐに冒険者ギルドへ向かったレイリー。だが、いくら馬に乗ってここまで来たからといって、疲れていないわけがなかった。つい先ほど親に捨てられ目の前で殺人現場を見せられたのだから、精神的にも肉体的にも疲れているのは当たり前だった。


「うーん。まずどうしようか。もし誘拐なら逃げ出す手段を考えないといけないけど、この部屋を見る限りそんなことなさそうだし、とりあえず誰か来るまで寝とくか。」


 思考を放棄したレイリーはもう1度眠りにつく。薄い毛皮のような毛布にくるまれていつもより硬いベッドでレイスは二度寝をするのだった。




***

―――ジュ――


 何かが焼かれている音ともに美味しそうなにおいが漂ってきたことに気づいて起きたレイリー。とりあえず、ベッドから降りて毎日のルーティンを行う。


 今日1日何をやるかを頭の中で思い浮かべる。それが終わったら部屋の中を掃除、といってもここは人の家だからベッドを直すくらいしかすることはないが。そしてそれが終わったら全身をほぐすためにストレッチを行う。最後に身なりを正す。


 一連のルーティンを終えようやく部屋の扉を開ける。


 扉を開けると料理をしている女性と目が合う。


「……。」


「……。」


「えっと、おはようございます?」


「お、起きたのねー!もう!本当に心配したんだから!」


 とりあえず気まずくなったからレイリーが初手疑問形挨拶をかますと、料理をしていた金髪碧眼の綺麗な女性はレイリーのもとまでやってきてレイリーを抱きしめる。


「え、えっと?」


「もう!どれだけ心配したと思ってるの!もう2日よ!このまま目覚めないのかと思ったじゃない!」


 レイリーの両頬を両手で包み込むようにし、正面から彼の眼を覗き込むようにして、少し涙目になりながら話しかける女性。そんな彼女の話を聞いてあっけにとられたのはレイリー。自分が2日も寝込んでいたとは思わなかったからだ。


「とりあえず朝ごはんを一緒に食べましょ!食べながら私の2日間の苦労を教えてあげるから!」


 笑いながらそういった彼女は台所まで戻り料理を再開する。レイリーは事情を把握できていなかったが、ひどくお腹が空いていたのと立つ体力すらなかったため近くにあった椅子に座る。


 彼女が料理している姿を見ながら自分の体の異常について確認する。


(MPがものすごく減ってる?あとはおなかが減ったかな。何でだ?たった2日でこんなこと普通ならないよね、後者はともかく。とすると、……ああ、やっぱりあれの影響か。再生する代わりにMPを削る、か。どうなんだろこれ?)


 【スクリク】は習得と同時にその使用方法やデメリットなどのあらゆる情報が脳に叩き込まれる。それゆえ、例え赤ちゃんであろうと【スクリク】が発現すれば十全に扱うことができたりする。


 レイリーが発現した【再生】の効果は、『自分の一部が損傷したとき、目をつぶっているときに限り、MPを消費してその部分を再生する』というもの。MPというのは、減れば減るほど疲労感を感じてきて、0になったら死ぬ。そして、今自分にどのくらいのMPがあるのかは、本人のみなんとなくわかる。なんとなくお腹が減ったなと思うのと同じである。


 レイリーが起きるまでの時間ずっとの再生のためにMPを消費していた。それゆえ、MPを消費してだるさを感じてしまっていたのだ。


「もうできるからねー!」


「はーい。」


 少し生返事になってしまったが、それよりレイリーにとっては自分の体の状態の方が大事だった。自分の体が元に戻るまでどれくらい時間がかかりそうか、リハビリの訓練内容はどのようなものにしようか、そんなことを考えていた。ここは捨てられたとはいえさすがアンク家の息子と言わざるを得ない。


 そんなことを考えていると、目の前の机に野菜の卵雑炊が出てきた。


「はいどうぞ、召し上がれ!」


「作って頂きありがとうございます。それでは、いただきます。」


 そういって食べ始めるレイリー。スプーンの7分目程度まですくい、一切すする音を立てずに食べる。夢中になって食べていたが最低限の貴族のマナーは忘れていなかった。作ってくれた料理人に感想を言うのは忘れていたが。


 そうして残り僅かになった雑炊をお皿の手前を持ち上げて奥の方に寄せる。そしてスプーンですくえなくなったらまだ少し残っていてもこのまま残しておく。これも貴族のマナー。


「大変美味しかったです。ごちそうさまでした。」


「ねえ、も、もしかして君って貴族の子どもだったりする?」


 何故か少し緊張気味にレイリーにそんなことを聞く彼女。


「どうしてそんなことを聞くんですか?」


「それは、小さな子どもなら普通知らないような食事マナーを知っていたら、誰でも疑い持ちますよね?それに、なんとなく溢れ出るオーラというかそのようなものが普通ではないような気がしまして。」


「どうして敬語使ってるんですか?」


「どうしてって、貴族様に敬語を使うのは当たり前でございますし、そ、それから先ほどは失礼にも抱き着いてしまいました。その、ど、どうかお許しください!お貴族様に抱き着くなどという大変非礼な行為と、このような粗酒粗餐をご提供してしまったこと、心よりお詫び申し上げます!」


「……。」


 彼女は急に椅子から立ち上がり、物凄い勢いで床に額を付け土下座をする。そんな彼女を見てレイリーは物凄くいたたまれなくなった。本当は彼女には正体を明かそうと思っていた。そのうえでこの後どう生きていけばいいか相談しようとも考えていた。


 でも、それはできなくなった。自分は貴族の子どもだといった瞬間、彼女との距離感は大きく離れてしまうだろう。そうなると今後の相談もできなくなる。


 となると、正体を偽るのが最適解。なのだが、彼女に秘密を作るのは悲境に申し訳なくも思うレイリー。ここまで世話をしてくれた人に秘密を作るというのは心が痛んだ。だが、そうしなければならない。


 そんな決意を固めたレイリーは、女性も予想しなかった行動をとる。


「……。」


「ど、どうしてあなたが土下座なさっているのですか⁉おやめください!すぐに!すぐにお顔をお上げください!」


 彼女が土下座をしている正面で同じ格好、つまり土下座をするレイリー。


「ん?僕はお姉ちゃんの真似をしてみただけだよ。これはやっちゃダメなことだったの?」


「ダメです!あなたのような方は絶対にやってはいけないことです!」


「分かった!土下座っていうのは悪いことなんだね。じゃあお姉ちゃんも土下座しちゃだめだよ。」


「そ、それは、私はいいんです。身分の低い私のような平民がお貴族様に失礼を働いたら土下座しなければならないのです!」


「じゃあお姉ちゃんもダメだよ!僕はその、お貴族様じゃないからね。」


「……え?お貴族様じゃないんですか?」


「ち、違うよ。だから敬語もいらないよ、お姉ちゃん。」


「ほ、本当ですか?」


「もう!お姉ちゃんは疑り深いんだから!ほら、ぎゅうー-。」


 レイリーは正座のまま涙目になっていた彼女を抱きしめてあげる。というよりは、もう嘘をつくのがつらくなってきたからとりあえず抱きしめてうやむやにしようと考えたのである。


「もう。わかったよ。君は貴族じゃないんだね。」


「はい、そうです。」


「じゃあこの高そうな服は何で持ってるの?」


「そ、それは、あ、あれですよ。貴族様を助けてあげたお礼とか、なんとかそんな感じのあれで頂いたやつですよ。」


「……やっぱり君、貴族でしょ?」


「ち、違いますよ!」


「……はあ。とりあえずそういうことにしといてあげるわ。それで、君の名前は?」


「レイリー・アン……グフングフン。れ、れい、れいっす、れ、レイスです、レイス・ライフ!」


「……。レイス君。」


「は、はい!レイスです!」


「君、隠す気ないでしょ?」


「……。」


 どうやら隠すのは失敗したようだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る