幕間

第8話 ……捨て……?

「行くわよワイアット!」


 そう声を張り上げながら火球を20球同時に発動し、彼女は息子であるワイアットに向けて発射する。


「うおりゃあああああ!!」


 ワイアットはその火球を全て切り伏せながら己の母へと肉薄する。


―――キンッ


「良く対処したわね!でも、目の前ばかり見ていてはだめよ!」


 そういった瞬間、ワイアットの背中に向かって、先ほど切った火球が小さな火球40球になってワイアットに向かってくる。


「うおおおおおお!!」


 しかし、苦戦しながらではあったが、ワイアットはこれもまた全て切り伏せる。


 その様子を見て彼女はいったん修行の手を止める。


「……ワイアット。あなたその奇声はどうにかならないの?」


 火球を斬るたびに上げる奇声が我慢ならなかったからだ。


「失礼しました。しかし、どうしても戦闘中になると血が騒ぎだしてしまい、コントロールできなくなるのです。」


 さっきの奇声はどこへやら。ワイアットは自身の母親にもかかわらず、丁寧な敬語を使って話始める。


「そんなだと護衛についた人全員に嫌われるわよ。」


「……。善処いたします。」


「そうしなさい。それじゃあ今日の訓練はこれで終わりよ。それから、ちょっと大事な話があるの。」


「何でしょうか。」


「明日から私とパパは遠いところに行かないといけないの。だからあなたを近くの孤児院へ預けるわ。いつ帰ってくるは分からないけど、それまで待っていてくれるかしら?」


「わかりました。任務頑張ってください。」


「ええ、ありがと。」


 ワイアットはまだ6歳である。6歳ではあるが両親があの方に仕えており、あの方の命令は絶対だということを心に刻まれている。そのため突然明日から孤児院に入れと言われても文句ひとつ言うことはない。


 もし、入る孤児院の現状を知っていたら、文句の二つや三つは出ていただろうが。




***

「これがお前の初ミッションだ。」


 血のつながっている父親から、血の通っていないような冷たい声で渡された1枚の紙を、私は受け取る。


「しっかり果たしてこい。」


 それだけ言って出ていく父親の背中をじっと見つめる。


 知っていた。父が私になんか興味ないことくらい。でも、今日は初めてのミッション。何か一言でも温かい言葉をかけてくれることを期待していた。しかし、やはりそれもなかった。


 そして、紙に書かれている内容を読む。


 そして、絶望する。


「……捨て駒、か。」


 仮にこのミッションを失敗しても自分のせい。仮にこのミッションに成功したら自分を動かした依頼人が称賛される。


 自分は何のために生きているのか、そんなことを考えたのは1度や2度ではない。今日までとある機関で毎日訓練を受けてきた。そして、訓練を受けていた日々毎日そのようなことを考える。


「……もう死のうかな。」


 そんなことを考えながら、鉄格子がはまった窓越しに月を見上げる。


「……今日は満月。今日はいい日。」


 月は建物と窓の位置の都合上、見える時間はたった1時間。しかも日によっては雲がかかっていたりして、毎日見ることはできない。そして満月が見られるのは1カ月に1回。雲がかかっていない満月なんて本当にレアな光景。


 私はそんな満月が大好きだった。唯一自分を癒してくれる大きな存在。


 私の夢は、満月が出る日は1日中満月を眺めることができる日々を過ごすこと。


「……そのためにも。」



 そのためにも、彼女、ステラはこのミッションで大成功を収めようと決意する。




***

「ぎゃあああああ!ば、化け物!」



 生まれたときはそれほど特殊ではなかった。肌の色が他と違って、身長が他と違って半分程度しかないだけ。ただそれだけの違いだった。


 だが、年を経るにつれ段々彼に隠されていた特殊性が、表に出てくることになる。


 0歳3か月。急に2語文を話し始める。歩き始める。


 0歳6カ月。おしゃべりになる。普通に走り出す。


 1歳。村の村長並みの知能を付ける。50m5秒。


 ここで彼は自分の異常性に気づく。1歳になって村を自由に駆け回りやっと気づいたのだ。


(1歳でこの知能を持っているのは異常だ。そして、この運動能力も異常だ。)


 それから彼は自分の能力を隠して生きることにした。周りの人は彼のおかしさについて違和感を覚えていたが、6歳になっても1歳の頃から何の成長もなかったため、早熟な子なんだなという認識で終わらせた。人間ならもう少し考えていただろうが、幸いというべきか、ゴブリンにそこまでの知能はなかった。


 しかし、7歳の時に彼の異常性が明るみに出てしまう。


 モンスターの大襲撃。モンスターの数およそ100匹。モンスターの種類は狼と熊の2種類。その中には魔法を上手く扱うものや、【スクリク】を使用するものまでいた。


 村の人口は約100。大人の数は約70。熊1に対しゴブリン5でかからないと勝てないという現実。明らかに不利な状況で、村民全員が絶望の表情を浮かべると同時に死の決意を固めていた。


 しかし彼は、彼だけは、村民たち全員を守ろうと必死で戦かった。


 自分が育った村をモンスターなんかにぶち壊されてたまるか。この村は俺が守ってやる。


 そんな思いを抱きながら戦闘すること約5分。


「……!【千手観音】!」


 一人で相手にするには手が足りないと考えていた彼に、【スクリク】が発現し、発現と同時に【スクリク】を発動する。


 【スクリク】を発動してから1分。


 彼が戦闘を行った場所には巨大な血溜まりとモンスターの残骸の山ができていた。


 その惨状を引き起こした張本人は、振り返り村民の方を向こうとする。振り向けば、称賛の嵐が待っていると信じて疑っていなかった。そして、くるりと村民の方を振り返り、初めに聞こえた言葉が、冒頭のセリフ。


「ぎゃあああああ!ば、化け物!」


 村民のほぼ全員が彼を見ておびえていた。先ほどのモンスターを見る目と同じ。つまり、村を単独で守ったヒーローである彼もまた、熊や狼と同様モンスターとして見られていたのである。


「ど……どうして……。」


「出ていけ化け物!」

「お前なんか死んでしまえ!」

「この村から出ていけ!」

「二度と帰ってくるな!」


 こうなるのも無理はない。大きすぎる力を見て恐怖するのは至って当たり前のことである。これが人間であれば、理性を総動員して彼をヒーロー扱いしただろうが、ゴブリンにそのような知性も理性もない。


「……さようなら。」


 彼は村から追い出され、親を含めた村民の全員から捨てられたことを自覚した。


 そして、彼は村に背を向け全速力で走りだした。


「ドラゴンの住む山脈にでも行けば、怖がられないで済むかな?」


 今から自殺しても構わないというような心持ちで、半ば自暴自棄になりながら涙をこぼしてそんな独り言をつぶやいた。


 それゆえに、周囲の音など耳に入っていなかった。それゆえに、彼は後ろで微かに聞こえていた声を聞き逃した。


「いつ……対……に……くか……!……!【……】!」


 それゆえに、彼は少しずつ道を踏み外していくことになるのだった。



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