第4話 【スクリク】

 強い感情が発露したとき、自分の中の何か枷のようなものが外れる感覚が生じた経験がある人は多くいるだろう。そして、その経験を糧に前へ進めた人は、人として大きく成長する。

 その中でもさらに一部の人間、例えば医術を極めていたのに技量不足で人を助けられなかった人や、剣術に自信があったのに剣術を使って負けた人などは、その経験から精神面だけでなく技術面においてもさらなる成長をすることが多々ある。


「【流星光底】」


 今のままではダメだ、より大きな進化を。そう考えた本能がさらなる進化を求め人外の力を得る。


 ちょうど窮地に追い込まれたソフィアが、大人でもありえない速度で動き出し、大人でもありえない力で土の触手を10本ほぼ同時に破壊したように。


「まじか!?だが、上等だ!【硬化】!!」


 ちょうど人に殴られ蹴られ続ける少年時代を生きた先生が、人ではありえないほど硬さを有するようになる【硬化】を発現したように。


―――バキバキッ


 ソフィアの木剣と先生の肉体がぶつかり合い木剣が木っ端みじんに壊れた。


 と同時に、ソフィアの体が力が抜けたのかふらふらしだす。先生は急に勢いをなくしたソフィアを抱きかかえながら【硬化】を解く。


 試合終了である。


「ったく、無茶しやがって。とりあえず保健室向かうぞ。」


「うん。ありがとう先生。それから強かっ……」


「気絶しやがったか。ま、新入生にはいい刺激になったか?」


 先生はソフィアを抱えながら司会の方を一瞥した後壇上で一礼して保健室に向かう。司会は口を開けてぽかんとしていたが、先生に一瞥されたのに気づき急いで自分の仕事に取り掛かる。


「先ほど倒れた彼女は力の使い過ぎで疲れてしまっただけですので、皆さんご安心ください。それでは気を取り直して、素敵な演技を見せてくれた在校生の方に大きな拍手を宜しくお願いします。」


 新入生は本当に大きく拍手をする。大半の新入生の目はキラキラいやギラギラしていた。俺たち私たちもあんなことができるのか。絶対に卒業までにすごい魔法を身に付けるんだと意気込んでいた。


 大半と述べたのは少数の人はいまだに倒れた彼女のことを心配するとともに、魔法の恐ろしさというものに気づいたからだ。


 そしてただ一人、倒れた彼女のことを心配することも様々な魔法に感動することもなくあることについて熟考している新入生が一人。


 もちろん、レイリーである。


 彼はソフィアが家で気絶する場面をよく見ているし、魔法も今見たのより大規模な魔法を見たことがあったから、これら2つについて考えていなかった。彼が考えていたのは。


(なんだあの力は?ソフィアはあんな速度で剣を振れなかったはず。それに魔法で身体強化するとき以上の速度が出ていた。何か魔法を使ったのか?いやそれとも別の何かか?うーん。)


 つまり、ソフィアが最後に使った技は何なのかということである。


 今まで家族の誰もあんな力の使い方を教えなかったし、昨日戦闘訓練したときもあの技を使っていなかったのに、どうやってあの技を獲得したのか。強さを求めるアンク家の三男らしい思考である。


「ではこれで入学式を終わります。新入生の皆さんは、後ろでクラス番号が書かれた看板を持っている在校生の前に2列で並んでください。クラス番号は入学証明書に書かれているので、忘れていたらそちらを見てください。それでは、移動を始めてください。」


 ざわざわしながら生徒が移動を始める。


 会場は狭いのにどうやって2列で並ぶんだろうと皆が不思議に思っていると、新入生が立ち上がった瞬間に空気椅子が消えた。皆は最後まで魔法の演出があったことに感動を覚えながら、自分のクラス番号が書かれた場所まで向かう。


 レイリーのクラスは1-2組。クラスは1学年2クラスずつあって、1クラスあたりの人数は約10人。レイリーはしばらくボーっとさっきの力について考えていたため、最後の10番目に並んだ。


「それじゃあ3組のみんな!教室まで案内するわね☆」


 2組を教室まで案内してくれるのは、さきほど壇上で水魔法を使った演技をしていたアイドルっぽい生徒。その生徒に連れられ、正門から見て正面にある方の建物内の一室に移動する。


「ここが1-2の教室よ!席は自由だから、先生が来るまでに好きなところに座っていてね!じゃあ私はここでお別れ!学校生活たっくさん楽しんでね☆」


 そういってアイドルっぽい生徒は廊下を駆けて帰っていく。


 レイリーは最後に教室に入り、空いている席に座る。周りの生徒は隣の子と和気あいあいと話をしているが、そんな中でもレイリーは難しい顔をしながら先ほどのことを思い浮かべていた。


 そんな小難しい顔をして話しかけるなオーラを出していたレイリーは、先生が教室に入ってくるまでついには誰とも喋ることはなかった。


「よしみんな座ってるな!俺が1-2の担任のジョージだ。さっき倒れた少女の相手をしていた先生といえばわかるか?俺もみんなと同じく今年学校に入ってきたばかりだから、一緒に学校生活楽しんでいこうな!」


 入ってきたのは今日1日中アンク家がお世話になっている先生だった。そんな先生に向かって勢いよく挙手する生徒が一人。もちろんこんな非常識なことができるのはレイリーだけである。


「先生!さっきのソフィアの力はいったい何ですか?」


 質問内容はもちろんさっきの戦闘のこと。いくら考えても分からなかったレイリーは早速先生に聞くことにした。


「ああ、あれな。あれはもちろん教えるんだが、もう少し年を重ねてからの方が……。」


「でも、入学式で校長先生が『先生にはたくさん質問をして』っていう風におっしゃっていたから質問をしたのに、先生は答えてくれないんですか?」


「うっ……。」


 入学初日から先生をいじめていく系新入生レイリー・アンク。

 貴族としての作法も教え込まれているレイリーにとって、いくら大人が相手といえ平民である先生に口で負けるわけがない。負けるわけないのだが、貴族げないのは否めない。


「ああ分かったよ。さっきのはあの子の【スクリク】が発現したんだよ。」


 そう言った後先生は【スクリク】の説明を始める。


曰く、【スクリク】とは、もともと人間が潜在的に有している魂のようなものをいう。

曰く、【スクリク】が発現するというのは、【スクリク】が強い感情の発露を検知して、その感情を抑えるために対象に初めて進化を促す行為のことをいう。

曰く、【スクリク】が発現すると、精神的に大きく成長するだけでなく、肉体的にも大きく成長し、さらには人外の技を一つ覚えるという。

曰く、【スクリク】はLV.9まで存在し、レベルが一つ上がるたびに肉体的にも精神的にも成長し、スキルを一つ覚えるという。

曰く、【スクリク】が発現する確率は10万人に1人くらいだという。。

曰く、【スクリク】の発現条件やレベルアップ条件は分かっておらず、完全に運だと言われている。


 これらのことを子どもでもわかるように説明する。説明の間レイリーの手が何度も上がったのは言うまでもないだろう。


「と、こんなもんだ。ちなみに俺の【スクリク】はLV.3だ。さっき見せたのは身体を固くするスキルは【硬化】というスキルで、LV.1で覚えたものだ。」


「なるほど。先生ご説明ありがとうございました。」


「おう!また聞きたいことがあればなんか言えよ!」


 こうしてレイリーの質問から始まった【スクリク】の講義が終わった。


 ちなみに、今日やらなければいけないことは何も終わっておらず、これからそれらをすることになった。


 なお、隣のクラスの生徒はすでに帰り支度を始めていたとか。


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