1章 シーヴェスト王国アンク領

第2話 初登校日の朝

「筆記用具、水筒、上履き、えっとえっとそれから、あ、雑巾も2枚持ちましたか?あー-!襟が曲がっていますー!」


 朝から騒がしくしているのはアンク家のメイドであるレベッカ。心配性かつドジっ子属性を持つ彼女だが、アンク家の使用人とメイドの間に生まれ、幼いころから徹底的に使用人としてのふるまいを身に付けさせられたできるメイドなのである。


「はい!これでできましたー!って、う、うわああー!」


 レイリーの襟を正して距離を取るために後ろに1歩下がろうとして落ちていた教科書に躓き転ぶレベッカ。……これでも彼女は両親からメイドとしての英才教育を施されてきたできるメイドなのである。


「うぅ。す、すいませんレイ様。……よしっ!ではそろそろ行きましょ『レイ―!用意できた?』ブベッ!」


 よし行こうとした時に、運悪くレイの姉であるソフィアが向こう側から扉を思い切りよく開けてそれにぶつかるレベッカ。……できるメイドなのである。……たぶん、うん、15歳にしては、ね。


「あら?ああごめんなさい!大丈夫ベッキー!?」


 長い金髪を縦にロールした今年で10歳を迎える長女は、鼻を押さえながら涙目になっている使用人の愛称を呼びながら彼女を心配する。


「うぅ。だ、大丈夫ですソフィア様!このくらいの事故な、なんとも……クシュ。何ともないです!」


 心配するソフィアを安心させようと明るく振舞おうとしたが、鼻水が変なところに詰まったのかくしゃみを間に挟んでしまう。……。


「ごめんねベッキー!私が悪かったわ!ぎゅーとしてあげるから許してね!」


「もちろんですソフィア様!うぅ、落ち着きます―。」


 10歳の少女に抱き着かれて安心して少し力が抜ける16歳の少女。関係性は主とメイドではあるが、自分より幼い女の子に母性を感じるレベッカ。……もう何も言うまい。


「もうっ!僕は無視⁉今日は僕が初めて基礎学校に行く日だよ⁉だから僕が主役なんだよ!なんで朝からベッキーばっかりしゃべって、ようやく行くのかと思ったら姉さんがしゃべりだして抱き着いて!いったい何してるんだよ!僕が、僕が今日の主役なんだよ!……はあはあ。」


 目の前で繰り広げられる騒動に我慢ならなかったのか、レイリーは声を荒らげながら自分が主役だと主張する。ちなみに、今日レイリーは朝起きてからおはよう以外言葉を発していない。ずっと一人でレベッカが騒いでいたからである。……。


「もうっ!そんなこと言わなくても分かってるわよ!私がぎゅってしてあげるからね!はい、ぎゅうー。」


「そ、そうじゃない!そうじゃないってば!というか、学校遅れるよ⁉姉さんは僕をせかしに来たんじゃなかったの⁉」


「あ、そうだった。ま、まだ間に合うから大丈夫でしょ!」


「……はあ。」


 テヘペロという効果音が付きそうな表情をしたソフィアは、悪びれることもなくそんなことを言う。もう疲れてしまったのかレイリーの返事もおざなりになってしまっている。


「では、そろそろ行きましょうか!」


 家から学校まで歩いて15分。学校が始まるまで残り20分。つまり、どうなるかというと。


「レイ急ぐのよ!このままじゃ始業のチャイムに間に合わないわ!」


「はあはあ。誰のせいだと、はあ、思ってるんだよ!」


 街中を全速力で走る羽目になる。この町の領主であり最も地位の高いアンク家の長女、三男、メイドの3人が走っているのは、いささか格好がつかないが、住民はそんな彼らを温かく見守っている。


「はっはっはっ、どうせまたレベッカちゃんが何かやらかしたんだろ!」

「レベッカちゃーん!しっかりしなきゃだめよー!」

「レベッカちゃーん!ご主人様に迷惑かけすぎるんじゃないよー!」


「皆さんひどいですー!」


 街中を全速力で走っていても温かい目で見られているのは、住民のほとんどがレベッカがすごくドジなのを知っているからである。ああどうせレベッカがまたドジったんだろと皆が思っているのである。できるメイドはいついかなるときでも力を発揮するのである。


「ベッキー。お前は皆からどう思われてんだよ。」


「し、知りませんよー!買出しに出かけたときに少し、ほんの少しだけドジっただけですよー!」


「ちょっとドジったじゃああはならないだろ。」


「ほんとにほんの少しドジっただけですー!ただ、それを毎回やってしまっているだけで、ドジったこと自体は些細なことなのです!」


 こんな使用人が自分の専属の使用人だということにそこはかとない不安を抱えながら、レイリーは学校まで全速力で走る。


「はあはあはあ。つ、着いたわね!ぎりぎりセーーフ!」


「はあはあ。どこの貴族が。はあ。入学式に汗だくで、参加するんだよ!」


 考えが楽観的過ぎる姉を見て愚痴をこぼしてしまうレイリー。

 そんな二人を少し遠くから見ていた大人の男性が、彼らに近づいてきて話始める。


「君たち、遅刻ギリギリじゃないか!早く来なさい!もうすぐ入学式が始まっちまうぞ!」


 先生にしては少し口の悪い感じで話しかけてきた男性に連れられ、入学式の会場まで案内される。


「い、いってらっしゃいませー!」


 先生に連れていかれる二人を見てベッキーが声を張るが、手を振り返したのはソフィア1人だけ。レイリーは初めて来た学校に見入っていたのである。どこまでも締まらないメイドである。


 学校は校舎がL字になるよう2棟並べて建てられており、それ以外の土地は長方形になるよう砂が敷き詰められている。つまり、正門をくぐって正面と右手に校舎が建っており、左手にだだっぴろい運動場があるということである。入学式の会場は入って右側の建物内で行われるようだ。


「よし着いた!えーと、そっちの女の子は3年生で、そっちの男の子は新入生ということでいいかな?」


「はい!そうです!」


「よし、じゃあ男の方はあそこの列の一番後ろに並んでいろ!それから女の子の方は、自分の持ち場覚えているよな?」


「もちろんですよ!先生、ここまで案内していただきありがとうございました!それじゃあレイリーまた後でね!」


 先生にお礼を言った後、ソフィアは自分の持ち場へ行き、レイリーは先生が指さしていた列の最後尾に並ぶために移動した。


「ふう。なんとか間に合ったみたいだな。」


 やっと一息つくレイリーであった。



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