第44話 またいつか、会えるといいね
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こいつらは最初から、全部自分たちを終わらせるために動いていたのだ。いや、それ以上に生まれてしまった、自分が生き続けることでの問題にケリをつけるために生きている。その中の一つが父親で、解決出来なかったのがあの生き方だった、ということだったのか。
ローゼンはおおよそを感じ取って、けれどまだいくらかあるなと続きを願う。当然ウィズも元からそのつもりで、止めることもない。
「でも切られたこっちの世界の方はたまったもんじゃない。勝手に人の世界に違うもんぶっこまれて、栄養まで吸い取られて。もちろんのことだけど、ソフィアの成長は止まった。というより、発展そのものが止まった。儀式から3カ月。子供としては異様に早いタイミングで、彼女は成長しなくなった」
だからウィズは、これでやっと全部だねと微笑んだのだった。
「そのくらいに、気が付いたら僕がいた。いや、僕になった、というのが正しいんだと思う。僕は彼女の世界樹の、頂芽だった。もう何者にもなれない彼女の樹は、育つことそのものを諦めたんだ」
ありようそのものが痛みとはいえ、彼はこの世に生まれたことを喜んでいる。絶対的な否定から生まれる肯定によって、自分そのものをそこの存在させている。小さな祝福が、人として立っている。
「僕に名前はない。僕に確立した姿はない。もう枯れているはずの僕が、ただ続いている理由なんてない。そう思っていたはずなんだ。その50年後までは」
彼の抱えていた物は、想定外に重かった。この世界の誰もが持っているはずの過去の中で、最も長くソフィアに近い者。ほとんど近しく生きてきた悲しみの集合。けれどそれが開きかかっているゲートを引き裂いて作った行くべき道は、何もないのに満たされている。
ウィズは続ける。悲しみと喜びを二色のガラスのようにして。
「いなくなったんだ。妹が。欠けたんだ。ぽっかりと、ソフィアの中に確かにあったはずの、彼女の樹が」
それはまるで、星のない宇宙だった。
「そして僕は————頂芽であった僕は、やっと繋がれるのかと一時は期待したんだ。無駄だった。もうあるべき先は枯れてしまって、残っているのはいつまでも若々しいだけの根と、ちょっとの幹。そして消失している、切られた部分たち…………でも、あれは切るだけじゃなかった。続いていたんだ。妹の先は。嬉しいことに、その子たちの一部として、僕らは引き継がれていたんだよ…………!」
そして二つで一つのウィズは、ローゼンの手を取り顔を合わせる。
「こんなうれしいことがあるか!まだ僕は存在していいんだって!だからこうして、君に会えた時も思ったんだ。やっぱり生きているんだ、あの子はって…………!」
かつて彼の父に、したのと同じ行動だ。
「あの子は…………?おい、それはどういう」
「文字通りさ!君も彼女のカケラの一人。昔君の父————いや、おじいさんかな?と会ったことがあるんだ。カリン君、セツヤ・シラギクって人を知ってるよね?」
「どこで……俺の名を…………!」
やはりそうだったこと以上に、当てられたことが驚きだった。
雪柳と花梨。その先は山吹、桜。植物に関連して名をつけるという風習のある家だったが、それらすべてが偶然バラに連なる植物だったから、ローゼンの神名とした。もう使い始めて十数年。本名を教える機会の方が少ないし、こいつには教えたこともない。
けれど不思議に、彼の中には通じるものがあるのだともわかる。双子が生まれながらに離れていてもシンパシーを持つように、ローゼンの中には、誰かの部分がいる。そう納得できる。
遠い昔から、やまびこめいて声が聞こえることがあった。学ぶにつれて、それが霊の声であることも分かるようになった。それを聞くことができるのは、神からの加護があるからだとも聞いていた。
だがコイツだったのかよ。彼は馬鹿らしく、しょうがなく。
「やっぱりそうだ!なら君にも頼める。お願いだ!」
ウィズは強く握る。命を続けてほしい、と続くわけがない。しかしそれを、受け入れられるのだろうか。想定外の返事が出る。
「ソフィアを終わらせてあげてほしいんだ!」
それを赦している今の自分でできるのかと、ローゼンは少し怖くなった。
「終わらせる…………いいのか?つまりそれは」
終わらせる。そうするのが仕事とはいえ、いいのだろうか?
魂を消滅させると言うことだろう?
こういう不死の者を正しく死なせることが、我々の行うべき仕事でもあるのだから、ためらう必要はない。しかしこれは、ただ殺すことに他ならない。
救えないのだ。
倍の年月をかけて終われなかった少女を、俺はどうすればいい?俺はどうやって、この長い生命の牢獄から救えばいい?
「いいんだよ。僕たちはもう、どこにも行ける。君の中でも、カガリの中でも。寿命を迎えることだってできるし、なんだったら自ら死ぬこともできる。だけど彼女だけはそうじゃない」
良くないと言ってほしかった。葛藤があって頼むことであってほしかった。でもウィズはきっと、数百年以上前に決断した後なのだろうと、その目の奥の何かで分かった。
人間が覚悟や慈悲などというもので表すものより、さらに吹っ切れたようで痛みに満ちていて、どうしても彼には、断ろうと思えない。
だからローゼンは母にそっくりな表情をして、父のようなトーンをして、無理やりにいいだろうと承諾した。こいつも共にするのだろうか。だから、こうして喜んで見せて————推測に悲哀を見出したから、だった。
「何度目かだけど、ありがとう」
ウィズは返答があるとすぐに、コロリ態度を戻した。
まるで変面だ。コマ送りしてもわからない。
「じゃあ、行こうか。終わりの元へ」
こいつが言うことはどこまでが本当でどこまでが嘘なのか演技なのか、わかったもんじゃない。でもそうしている理由は純粋に、誰かに対しての気遣いだ。
「いいんだが、本当に出られるのか?」
「僕を信じたまえ。それとも、君のルーツの方を信じる?」
真実をあえて半分しか出さないことで、素直だけれど嘘つきになる。そのイメージで、人が傷つける言葉を和らげるのが彼の所作。
「父を、そして母の方を信じるな、俺は」
ローゼンは手早くスキレットとマグカップをしまい、スコップを出して火の始末を始める。水はあまり無駄遣いできないので、土に埋めて消火。
「それでもいい。どっちにしろ、行き先は君の想い次第だ」
埋火になるかもしれないが、どうせこれから殺す相手の世界だとあえて悪役に割り切って、彼は答える。
「わかった————だがその前に、一つ」
彼は仕舞えるものを折りたたんで、バックパックに収納した。どうせお前はイエスというんだろう?と、彼はローゼンとしてではなくカリンとして、彼に問う。
「会ったことがあるんだろう?俺のじいさんと。どんな奴だった?何を話した?…………教えてくれないか?」
「いいよ。100年くらい前のことだったけど、わすれてない。セツヤの子ってどっちだったっけ?」
「男だった。父方の祖父だからな」
「そう。なら話はしなくていい。君は彼とそのまま同じようなものだから」
「同じ……?写真は見たことあるが、背丈も見格好も」
「中身の話だよ。わかってるでしょ?君はどこまで行っても、誰かを救わずにはいられない。まっさらな状態でソフィアに会ってたら、多分同じことしたと思う。そのくらい君は同じなんだ」
それを聞いて、いくらかカリン・シラギクの胸の中に落ちるものがあった。何が落ちたのかはまだ彼には表せる経験がなかったが、比較された彼の祖父なら、どう言っただろう。
「どこまでも我々には、誇りとは違う、受け継いだ気風がある。それは何を教えられずとも伝わる、無為自然の傾向であり、覚悟であり、そして超克なのだ。同じ川に入ることはできない。しかし万物が流転しようと、川は常にそこにある」
ウィズはそう言うと、ゲートの中にローゼンを引き入れる。
「またいつか、会えるといいね。今度はただの、友達として」
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もう一度、少女たちを 栄乃はる @Ailis_Ohma
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