第43話

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 隣に眠っている少女は、双子の妹を介して血のつながった、遠い子孫。初めて顔を合わせたとき、すぐに分かった。


 自らを罰したがるというところがあったり、世界というものに絶望していたり、どこまでも自分を赦すことができていなかったり。いろいろと傾向はあるのだが、それ以上にソフィアの魂が引き合うのだ。あれは絶対にナチュレの子らである、と。


 ずっとそうだった。


 もう一人の私————篝はウィズと呼んでいた、私の頂芽————だってそうだ。極論、一片でも繋がりさえあれば、私はその魂の元にナチュレがいると知ることができる。

 そして私の中の彼女と繋がっているからこそ、それらは分かたれて消えることはない。


 部分が受け継がれずにすり減りこそするが、その分バラバラに人に突き刺さり、良くも悪くもジャンクに残る。

 だからカケラと今は呼ぶのだけれど、そうであるからこそ面倒でもあった。それらは名の通り部分であるからだ。


 それも年月を重ねるにつれて、その断片が持っていた複雑さをそぎ落とした、単純な破片。単純だけれど、どこまでも鋭い恐るべき残留物。

 それが生きている間ずっと、どこかで自分の中に語り掛けてくる。無論その中には、優しさや慈悲、沙汰や愛情というものもあった。

 もう、形を残してはいない感情だけれど。


 よほど強く絡み合い、厚みを持ったものでなければ、それらは小さな部分ごとに淘汰され、私の元へ還ってきてしまう。それらは単一の感情で出来てはいなかったから、分解されてしまうのだ。

 確かに、ナチュレは愛にあふれ、正しきと悪しきを分かち、生きる者を慈しみ、そして誰に対しても優しくあった。


 けれどあくまで彼女は人間だった。悪い感情がないわけではなかった。健やかな時があれば病める時もあった。


 誰の心にだって、黒さが混じっているときがある。


 だからこそその穢れは、どこまでも美しくあろうとするほどに、濁りとして残っていくのだ。





 遠い昔に、どうして自分はソフィアと同じ髪じゃないの、と言われたことがある。純白の色が黄昏や月光を吸い込んで輝くのを、ナチュレは年相応に羨んだ。私も年相応に、彼女のことをうらやんだりしたもの。懐かしい。


 あの時彼女は、本当に純粋なまなざしをしていた。


 そして私も純粋に、彼女のことを見ていた。どうしてナチュレの髪は、つややかに吸い込む完璧な射干玉なのだと。



 よろしくない形ではあるが、還って来れば私にもわかった。どれだけ彼女に、愛されていたか、どれだけ彼女を愛していたか。私たちは鏡だった。だからその目は、私の物でもあった。



 年の同じ姉はいつも、聡明で理知的で、自分以上に良い人であるように、彼女には思えていた。無論それは私も同じ。よく似ていない双子だったけれど、中身は互いに同じだった。


 だから黒い感情を持った時にどうなるか、というのは手に取るように読める。それに生まれてから何万人と人を見てきたし、電子の海で世界が繋がるようになってからは、もう何百万人になる。通り一遍の悪意というものは、味わいしゃぶったと思っている。それだからわかるのだ。ナチュレはありとあらゆることを、自分の中に溜め込むタイプだったと。



 それはちょうど篝と同じように、彼女は誰にも何も言わず、一人で涙を流すことをよしとする人間であったと、私には、わかるのだ。



 何度も自分の中で感情をリフレインさせて、純粋に自分が何だったのかを想い直してから、やっと元に戻る。

 自分だってそうだけれど、なんと面倒なのだろう。


 けれど、普通ならばそれでもいい。ちゃんと解消されるまでの時間か、放っておいてくれる理解者がいるのなら、別にそれでいい。

 ナチュレには私がいた。篝はどうか知らないけれど、でも時間はまだたっぷりある。そこに余計な感情を持ち込まれなければ、ただ思考が長いだけの人として、適応できているはずだった。


 ナチュレのカケラであることが、それを阻害しているのは明白だった。


 ナチュレのリフレインが自分の感情として響くために、篝は妹の乗り越えた苦しみに触れ続けていた。もちろんそれは、私にも聞こえてきた。どこまでもそれは、否定の結晶だった。

 自分でない声を彼女は何度聞いたのだろう。涙の中で、どうでもいいと諦めるようになるまで、どれだけすり減らせたのだろう。そのうちに折り合いをつけられるようになるはずだが、それを待つには、彼女の人生はあまりにも長く残っていすぎる。

 

 もう、私は彼女らのようなナチュレの子たちが、呪いとなった祈りに傷つくのは見たくないのだ。なのにまだ続くことがそれを産むのが…………ひどく、悔しい。


 生きる意味なんてなくていいし、誰もあなたたちを苦しめたいと思っていないと、祝福したい。生き方を遠い昔になくした私なのだからこそ、やっと見つけた救いを与えたい。



 誰も一人じゃない。誰も完璧じゃない。この世界に満ちている祈りと願いで、彼女を満たしたい。


 あなたはそこにいていいのだと、ただちっぽけな言葉を与えたい————!



 でも篝はどう思うだろうか。


 その感情が重みに変わるのを、同時にソフィアは何度も見た。

 彼女を構成しているだあろう否定が、自分でないと教えられた時に彼女は、自分がどこにあるのかを同定できるのだろうか?


 私はもう老人を飛び越えたところにいる。どんな事実を教えられたとしても、揺らぐことはない。失敗に凹むことなどこそあれど、それでも割り切って捨てることができる。でも篝はまだ若い。

 誰かが彼女に赦しを与える必要がある。


 でもそれをするのは私では駄目なのだ、それは自分の言葉ではないから。それは与えられただけの、かりそめの許容なのだから。


 だから、ナチュレにしてもらう必要がある————ソフィアは篝を起こさないように、ゆっくりと寝床から出た。


 どこまで行っても、篝の本質はどこにでもいる普通の少女。こんなところで異常な体験を繰り返させてはいけない。だから早急に終わらせなくてはならない。

 

「ネグラール……こんなところで眠って」


 静かに眠る彼を見て、ソフィアは子供のように微笑む。


 彼も長い間付き合わせてしまった。もう百年になる————オートマタにとっては人生の5倍。人間なら400年生きるのと等しいだろう。私でもその頃にはある程度擦れてしまったのだから、長生きというものはするものではない。


「あなただって夢を見る。きっといつか、もう一人の私のように、どこまでも旅をできるようになる。世界樹がそうならば、私の分身のオートマタだって、できないわけがないわ。だから…………」



 やはり私も、卑怯者だ。自分の想い一つ伝えられない。



 こうして隠して、飾り立てた言葉で壁を作ることしかできない。誰にも傷をつけないということは、誰にも感動をさせられないということ。わかっている。ナチュレならどう言うだろう?

 もう恋愛というものをすることはない。できるのは博愛の人類愛と母性のみ。そういう感情をネグラールに持たれていることはわかっている。断らなければいけないことも。


 だが感情だけで肉体を動かしている彼からすれば、生きる意味を無くすことと等しい。私にはとても、そんなことはできないほどにだ。

 全く、本当に難儀な人生だ。


 普通に死ぬには、妹を見殺しにしなければならなかったなんて知ったら、昔の私はどうしただろう。ソフィア・アイラ・バイライト。あなたはどう生きたかった?

 魂の波動が近づいていくのを感じ、ソフィアはアーティアの鼓動だけを確かめて、篝の眠る展望室へと戻った。


 見える虚無の遠くには、わずかながら正しく光を反射する、緑色の物体がある。無意識の中で宇宙を泳ぎ続ける様に、この船は設計されている。カケラが知らない間に戻ろうとする力に従って、この船は私に眠るナチュレへ進むようにできている。

 

 これが最後であってほしい。


 これが失敗したのなら、私はまた長い時間をかけて、血族たちを苦しめ続けることになるだろう。そうさせて、なるものか。


 近づいてくる岩と森林の平面を目に焼き付け、彼女はひときわ高いメタセコイアが、妹であると気づく。周りは紅葉しているのに、それだけが若々しい色をしていた。間違いなくあそこにいると、ソフィアの魂も響いている。


 今更になるが、私はこれでよかったのだろうか。

 彼女はもう動かない心に手を当てる。


 数多くの命を払ってきた。ナチュレを生き延びさせるためならと同意はした。それでどうなるかを知らなかったとはいえ、そんなことは言い訳だ。この問いだって何万回も繰り返した。そのたびに、こうするしかなかったと納得をしたはずだった。


 皆にはやれるだけの説明をして、やれるだけの処置をしてから、世界樹へと来させた。だから全員納得して、礎となって死んでいったはずなのだ。



 うん、と身じろぎをした篝に驚き、ソフィアは思考を切った。窓の外の浮島は、すぐに船が着陸できる距離にまで近づいていた。



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