第41話 遠い昔のこと
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ローゼンらがターゲットとするのは、基本的に魔女狩りを生き延びた本物の魔女たちがほとんどだった。なんでもかんでも通常と違うものを差し出したような時代で、本物がほとんど見つからなくなったからこそ、官吏の腐敗が起きた時代でもある。
シスマのうちに蔓延した手法を消し去るキャンペーンでもあったから、せいぜいプラスマイナスは
ソフィア・アイラ・バイライトは魔女ですら、なかったのか?
「…………だとしたら、なんでお前らは引っ掛からなかった?教会だってアホの集まりじゃないんだ。贖宥状だので穏便に魔女の浄化は行ったさ。それでも見つからないってのは何なんだよ。あいつらはどうやって、古くからのを抜けてきたんだ?」
ゆえに彼はそのまま、学んできたことからの問いを吐き出す。
表向きには古代の魔女はすべてしかるべき方法で浄化されたのだ、新たに生まれたものしかこの世にあるはずがない————するとウィズは古びた何かを取り出し返事。
「ああ、それね…………これでしょ?昔ソフィアから『いつか価値出そうだけど、いる?』って渡されたんだ。どう?」
受け取って一目見るだけで、それが紛れもない魔女狩り当時のものだとわかった。
それも古式の恩赦。西方に伝わる手法に違いない上、当時でありうる最上級の権利————まさか、前提が違う?
言葉を出そうとしたら、思考を読んだようにウィズが答えた。
「そう。厳密に言うなら、彼女は自ら道を外れたものではないのさ。むしろ親友を救うために自ら身を差し出したくらい。どうやってもそれを浄化してやることなんてできない」
ならばやはり、前提が違うのか。
「だとすれば、むしろ我々としては救ってやらねばならないのではないか?いや、それはいったん置いておこう。続けてくれ」
インスタントコーヒーの粉を落とし、ローゼンは落ち着く。
「いいの?いや、君がいいならいいけどさ」
「俺がいい。続けてくれ、マジでけっこう歴史的情報出まくって俺たちの存在意義にかかわりそうなとこまで踏み込む可能性がある。聞いとかないとマジで不味そうだからな————だから、たのむ」
マグカップを受け取り、ウィズは軽く手を温めた。
「なら…………おほん。ともかく、遠い昔のことだ。国名を記録していた石板も粘土板も、すべてなくなったくらいの昔の話。あるところに有名な家のお嬢様が二人おりました。ひとりは白い髪を、一人は深緑の眼をそれぞれもっており、なんぞの吉兆だとされていたらしいです。クソみたいですね、古代人」
「当然、ソフィアと妹、ってところか。続けてくれ」
「まあそこはどうでもいい。そんでもってある時、少女の一人が不治の病に侵されたのさ。家長は何としてでも娘を救おうとした。けれどどう頑張っても治療法なんて見つかるわけがない。そこで彼は呪術に手を出した。ありとあらゆる呪い、祝詞、人柱を試みたんだ————まあ成功するわけなかったんだけどね」
「そういうのの厳密な発展はそれから100か200年ほど後の話だからな。古代のはアレクサンドリアで燃えたか、クラウディウスに潰された。マトモに弄れるのは魔女時代からだ」
もうちょっと細かく言うなら、燃えた奴は表層にしかすぎず、もっと深い部分は別に保管があった。だから問題はなかったが、重要部分だけがピンポイントで焼けたせいで停滞はした。しかし技術そのものは止まりはしていなかった。ならば。
「そう。でもそれで終わったら、僕は生まれてないじゃない?」
停滞したほうの残りなら、どれだけ複雑な代物なのか。
「なら、何があった?」
急にバチンとトンボが鳴いた。ビクリと振り向くと、薄く線状の門が描かれ始めている。しかしそれを無視してウィズは続ける。個人的には、こちらの方も何をやらかしているのか、気になっている。だがそれよりも。
鈴のように、少女の声が通る。
「答えは単純だった。なら吉兆でその不幸をひっくり返せばいい————彼はちゃんとした呪術師を見つけてしまったんだ。そいつは一つだけ、ちゃんと使える儀式があった。それが亜波抱きの弓弦。人の中の世界樹を、誰かの物につなげる呪いさ」
それはローゼンにとって、かなりの衝撃だった。
アバダキという謎の単語を、彼の父が覚えていろと間際に吐いたのを彼はずっと覚えていた。
昔からロクに家に帰ってこない、危険ばかりの父親。
母さんの加護があるから、俺は寿命以外では死なないんだ。そう言っていたことを覚えている。死因は持病による病死だった。それだって本来は、15まで生きればいいような遺伝病。そういうところに神はいるのかと見て、信心深い叔母の元に育てに出されたのもあり、俺は確か、今の道を歩いたはずだ。
しかしそれなら、父はどこでアバダキを知った?
ローゼンはコーヒーを啜った。知る道が絶えて久しかった自らのルーツが、このような形で戻ってくるとは。彼は頭を覚ます。
話をさらに、続けてもらう。
「知っての通り、人の中には一本の木がある。幼子の種から始まって、長々と成長を続け、最後に枯れて死に至る。若ければ幹を切られても、また脇から芽となって続く。でも根腐れだのカビだので、土台の方から死んでいけば意味がない。世界とつながるのは根なんだもの。じゃあどうやれば、延命が可能になる?答えの一つがそれだった。頂芽を誰かの幹につないで、脇芽のエネルギーを貰うんだ」
そして通り一遍の教本通り、彼はあえてその問題点を答えた。
「……だが、それができるのは樹がひどく近しい場合のみだ。双子、兄弟、親子。そうでなければ延命などできん。婚姻でもしなければ————」
「そう。でも不運なことに、ソフィアは双子だった」
そして最後のピースが出て来れば、もう繋がったも同然である。
「父上はためらいなく行ったよ。見た目にもまともなのは、妹たる彼女の方だったんだから。真っ白い少女よりも、目以外はマトモな少女を生かす。それがその時の当たり前、だったんだから」
事実のみを吐き出す声は、叩くように広がっていた。
ソフィアは死ねなくなった。それがわかっただけで、胸に刺さるような感情が、彼を満たしてしまっていた。
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