第40話 気が利かないところもちょうどいい
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あまり好ましくない機械男が珍しくやってきたと思えば、僕たちにやってもらいたいことがあって、でも結局それはソフィアの手助けで、もう今の僕にはそんなことするつもりないのになぁって。
考えがまとまらないのはいつものことだが、頭はいっつもまわってない。
「トラピーア。たぶんわたしはながくない。だからきみに、ちょっとしたてだすけをしてほしいんだ」
「手助けぇ?僕もう君たちの敵に回ることにしたんだよ?」
だからウィズは、とぼけて奇妙に身を振った。
篝をどうこうするつもりだろう。つまりめんどくさい。
「敵に塩ぽいぽいするの?君ソフィアのこと死ぬほど好きじゃなかったっけ?気持ち悪いくらいにさ」
だからウィズは、最初に少女とであったころと真逆の振る舞いをするのである————それは情報収集モードに入っているローゼンが、小さく「マジかよ」と呟くほどの変わり身であった。なんということだろうか。
ロボットがむっとしながら答える。
「それはきみにはかんけいないことだろう。それにさいしゅうてきに、きみはかのじょらをたすけることになるとかくしんしている。なんせ…………」
「どうしたんだい?そんな、僕に弱みの一つなんて……」
わざとらしくそっぽを向くと、やはり彼は腹が立っているようだった。
「いいかげんなっとくしてくれ。そうじゃないと、そのせかいをそとからとじる。ぼくだってそんなことはしたくないがね」
そしてうそっぽい脅しをする。
「そんなこをとしてみろ。あのヴァンプをぶち殺すぞ」
だからローゼンが反駁をしてみる。
やめとけと抑えようとしたが、彼は本気でソフィアを殺したいらしかった。
どっちにしろ殺しに行くくせに。ウィズは息を吐く。嘘に決まってるじゃないか、たかがロボなのに。
「……ならば、しんぱいしなくていい。そのこたえはすでにそこにある」
だいたい、僕がそんなことさせるわけないのに。
ウィズが胸を広げて空を見上げると、ソーダ色のゲートの断片があってなにかが飛んでくる。パシっと捕まえると、トンボのような真鍮細工で作られた鍵————透かし彫りと鋳造で作った飾りの羽を2対。長いようで短い翅と、ちょうど拳ほどの軸、骨ばった合い形だった。
なんだろう?
ウィズは翅を指の腹に当てて握り、なんとなく縦に振ってみる。何が起きるわけでもない。けれどリリリと鳴ったような気がして目をやると、鍵のトンボの目に小さく、生きている光が宿っているのがわかった。冗談めいて腹を持ち、風に通してやれば、その光は強まっていく。
風を吸うのか?それとも?
「のみこみがはやいのはたすかるな。そうだ。だいたいそれでいい。そいつをまんぞくさせられたなら、ゲートをひらいてくれる。といっても、せかいじゅのどこかであることしかわからんがな」
鍵がいい加減にしてくれとはばたくので、手を放すと空に浮かぶ。重量的にあり得ないホバリングをして、それはくるりとローゼンを一回り。
ぺこりとお辞儀までするなら、やはりそうかとウィズは文句をロボットに吐いた。
「……この子で場所ガチャしろ、ってことかい?」
「オイオイオイ……じゃあロクでもねぇとこに出たらどうすんだよ、ブリキの旦那。似たような樹に潜ったことはあるが、無理なもんはムリって諦めるのがスジなんだぜ?乱数なんて危険なことはできねえよ、俺たちはさ」
「ねー。こわいからここでおとなしくしてようねぇ」
「それにももんだいはない」
だからトンボはウィズの指に戻ってくるのだった————好かれているというか、自分の好きが隠せていないというか、元来が同じなのをわかっている、というか。
「僕がいるから、でしょ?ソフィアもアーティアも、個々の人みんな人が悪いよ。大事なこと何も言わない癖に」
細かい説明はまたすっとばすんだろう。少年は自分もそうするもんな、と目を伏せて彼を見る。
「かがみならあとでプレゼントしよう。ともかく、けんとうをいのる。グッドラック」
もっといろいろ文句を言いいながら殴っておこうと思ったが、目の前でロボットの影はふっととろける。本当にこれだから。
「行っちゃった……だからアイツのこと嫌いなんだ、誰に似たのか自分ばっか抱えようとしちゃってさ。バカなやつ」
ウィズは呟き、オートマタ連中とはもう二度と話なんてしてやるもんかと決める。
だいたい昔からああなんだよあいつら、融通利かない癖に俺たちはちゃんとしてる!って顔しやがってさ。冗談じゃないっての!
だいたいトラピーアってなんだよ!長いんだよ!ウィットマーズも大概長いけどさ!あっちはウィズって省略できるし、なんだかんだバクロニムみたいになってるんだぞ!こっちはどう何を省略すればいいんだよ!バンドか!僕はどこかのバンドか!っての!
そしてローゼンへと、感情を吐く。
「本当あいつクソだと思わない?ねぇ!ローゼン君!」
しかしそれに、男は笑うのだ。
「悪いがまだお前よりはマシだね」
「ええ…………!?」
梯子をはずされてウィズは困り、殴りつけるような冷たい反応を、ローゼンはする。
「いいからさっさとそれをどうにかするぞ。俺の仕事はそれなんだよ。1000年は続く怪物退治なんだからな」
やっぱり自分の目も節穴だったのかもしれない。気の合うやつだと思っていたのは僕だけか。そうなっても仕方なかったかな?
不貞腐れて少年は、わざと姿を反転させた。
「……わかったよ。君も意外と雑な方の人間だったんだね」
女声になり、彼は可愛げを使って罪悪を出そうと試みる。
「何の話だ。雑さもお前には言われたくないからな」
ソフィアの美貌にもひるまない彼は、何を受けることもなかった。
「さ、好き勝手に無駄話をするといい。どうせこいつの気分が乗らなけりゃ、外には出してもらえねぇんだ————―それに、俺はお前の話自体は、そこまで嫌いじゃあない。ろくでもないことに巻き込まない限りは、だけどな」
彼はライターを取り出し、左手を右の親指で擦って燃料を作った。それを適当に並べて板を置き、スキレットに水筒から水を注ぎ、火にかける。どうせ長丁場だと考えているようだ。
「で、続きはどうなるんだ?というか、最初からやり直してくれないかねぇ。俺体動かすときはだいたい全部聞き流すタチでな、そういうのもう覚えてねぇんだわ、実際」
「…………ローゼン君……!」
少女は立ち上がり、腕を開いてコートにしがみつく。
「出せるのはコーヒーだけだぞ」
「ミルクはあるのかい?」
「あるわけがない。欲しいなら自分で出しな」
「いいね。気が利かないところもちょうどいい。じゃあ少しの間始めようか、僕の昔話というやつを」
気分がいい。その場の勢いばかりで生きているから、こうして誤魔化してくれる人がいるのは、本当に助かるんだ。
ローゼン・シラギクか。彼のような人物とは、昔あったような気がする。ない気もする。どっちだっていいや。もっと早く、彼と出会えればよかったのになぁ。
恋愛ではなく友愛で、少女は言葉をつづけた。
「僕が生まれたのは、多分1400か1500年くらい前。まだソフィアがどこにでもいる普通の女の子だったころだ。そういえば鍵トンボ君はソフィアのことを知らないんだったね。ソフィアってのは………とにかく、めんどくさいくせに中身がロマンチックな、見た目相応の女の子だ。真っ白い髪をしてることだけ覚えればいいよ。あとは年齢が4桁あることくらい」
ウィズが言葉を切ったところで、ローゼンが言葉を挟む。
「おい、ちょっと待て。4桁ってのはどういうことだ。俺が知ってる最高齢でも600かそこらだぞ」
いや、意外と邪魔が入るから駄目だったかもしれない。
でもまあ、嫌いじゃないなら、いいかな。
ウィズが言葉を紡ぎ始める。何度も語った、自分の成り立ちを。
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