第39話 ぼくのする、まじめなはなし

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 文章を書き終えたアーティアは説明書をもとのようになおし、部屋の扉を閉めて隣の機械室へ入った。


 そして巨大な通信機からケーブルを取り出し、先ほどしたためた起動シーケンスのために付属端末を起動。初期設定は終わっているとはいえ、もう少しだけマシなやり方があるよねと動かしてから、彼はそれの接続先を自宅から変更し、テストを始めるのであった。


「とりあえず、もんだいはないだろうけれど————つながるかな、あいつ」


 彼はそう呟き、二面性のある影を頭に思い浮かべる。

 これは亜空間時空間超空間通路であろうと、どのような場所でも通信が可能なオーバーテックであり、あくまで通常の理の外の世界樹空間であるから生み出すことのできた、存在そのものを通信プロトコルにする進歩技術だ————理論構築、システム設計、伝達実験から実証やらなんやら、全て年老いてから完成させた、馬鹿と冗談を総動員してできてしまった、私自身のマスターピース。ならば絶対、間違えることはない。


 ランプをともし命を宿していくそれは、どこか生みの親にそっくりだった。頭のような平らなアンプユニット、腕のような放熱フィンと液体金属ポンプ、そして身体を作るハイボルテージオブディオスコントローラ。アーティアの身体の中にある機械とは違う、電子、量子などを使った未来技術なのにそうなるのは、彼のような機械でも宿る『不思議』のためだろうか。


 モニタに表示される管理文字列は、全て正常に作動していることを示していた。物理表示も同じ。通信ルートの確立も同じで、彼は背中のハッチを開き、変換装置へ自分のケーブルを使って意識をその中に潜り込ませると、すぐにコンソールが頭に入って働く。


 さて、あいつは今はどうなっているだろうか。


 ノイズののちに、通信相手が光の立体として現れた。

 それは限りなく女性に近い姿をした男性が、恥じらいながら同様の子供に遊ばれているところだった————まったく、あいつは何をしているのだか。


 少年がアーティアに気づき、近づいてきたので耳を開く。少女のような声で、それは馬鹿にした顔で語り掛ける。


「ああ、久しぶり。アーティラリー君だったっけ?いつの間にやってきたんだい?僕にはわからなかったや」


 当然それは篝がウィズと呼んだ少年。


「お前、これが本物に見えるのか?俺にはできの悪い合成にしか見えないがね……というより、いい加減服を戻せ服を」


 そして隣にいたのが、彼曰くシラギクという男だった。



「そう?でもこうやって触れるじゃない。ねぇ、君からも何か言ってやってくれよ」


「お前はその前に何か俺に謝ることはないか?」


「ないね!それよりアーティファクト君!何をしに来たんだい!」


 というか、こいつら敵じゃなかったのか?いつの間に打ち解けたのか、無理やりに着せられたこと、それが趣味でないことが嫌なだけで、体験としては悪くないなとローゼンは馬鹿笑いをしていた。

 私の転生前でもこうはならなかったというのに。


「……ざんねんだけれど、これはつうしんなんだよトラピーア。そのひとのいうとおり、きみのまえのわたしにはじつぞうがないはずでね、まあかいぞうどしだい、というところなのだが」


 アーティアははけない溜息とともに、低めのテンションで返事する。


「じゃあつまりなんだい?僕の目が節穴だとかそういうところ?」

「そこまではいっていない。君からしてみればそれくらい、僕が身近にあるような存在だということだよ」


 それにむくれるウィズに対して、全くだと彼は無理やり肩をすくめた。


「それに、わざわざこんなことをするんだ。きみにはたのみたいことがあるんだ————かがり、ってこをしっているだろう?」


「知っていてどうだというんだい?知ってるだけならなんだってできるさ」


「そうだね、そうだ————ならいま、あのふたりは『みき』にいるといえば、どうだい?」


「どうもならないね。つぶれるだけでしょ。」


「ならばかがりが、それをてだすけしているといえば————」


 その名前を出すと、通信の影はつかみかかるようにして目を輝かせた。方向はおそらく友愛だのではなく興味からだろうが、ソフィアに向けるのと近いスカラー。


「そりゃあもちろんさ!にしても君からカガリの名前が出るなんて驚きだ!ソフィアかい?あの子案外いい反応をくれるんでね、しばらくの糧食には困らなさそうだったんだ!それにしても堅物オブ堅物の君が珍しいねぇ!明日は地球が降ってくるのかい?」


 本当に掴めぬ奴だ。高い熱量に辟易しつつも、アーティアは答えた。


「それもわるくはないが……しかし、ここまではっきりきこえるのなら、もうじゅうぶんだろうね。じつはすこしテストをしていたのだよ。このしんがたつうしんきのね」


「ほう……興味深いねぇ。ではさっそく理論の方を聞かせてくれないかな?ざっと3時間は欲しいかなぁ」


 そしてその通信の間に、コートの男が割り込んできた。


 ローゼン・シラギクは状況が悪くなったんだろうなと苦い顔をしながら、初めて見る機械に軽く挨拶して語り掛ける。今度はバカ騒ぎをしない大人の表情。


「……ブリキのお前、こいつの言うことは八割がた無視してくれ。とりあえず俺たちは何をすればいい?」


 そして大まかに手持ちの情報で状況を理解しきった、仕事人の面でもあった。


「なんだよローゼン君。いや、ローゼンお嬢さん」


「人の服勝手にゴスロリにしたりしやがってよ……お前、何が『わぁい!クッソ珍しい成人男性だあ!』だよ!リコネクト駆使して人の服に耳に毛でエンジョイしくさってくれたなぁお前ェ!」


 とはいえ彼も人間だ。ローゼンは親と子の指で少年のこめかみをつかみ、割れんばかりの力を込めていた————軽い遊び程度とはいえ万力めいた力。ウィズはたまらず声をあげ、のたうち回って叫びはじめる。


「だいたいこっから出る方法忘れたってどういうことなんだよお前……そりゃ抜け方考えないで入ってきた俺もわるかったがなぁ!最初っから出る方法考えてない書式空間を作るんじゃねぇ!死ぬぞ!つーかいっぺん滅ぼす!あのガキの樹ぶっ繋げて寿命で殺す!」

「そりゃ悪かったって!でも僕だって必死だったんだよ!だってあいつ吸血鬼言われてるじゃん!血とか吸ったことないくせに!んなやつが何やってくるかわかんないじゃん!いつもヒヤッヒヤだよ僕ほら見てよこの純真な目を!疑えるのこれを?ねぇ!」


「るっせぇ!!!!」

「うぎゃうああああああ!!!」


 それから少し真面目な会話をすると、ウィズがロクでもないいたずらをして中断。また彼が力で少年を止めて会話、復活してさらにいたずら。


 会話をするたびに喧嘩をするので、話の時間はかなり長くなりそうだと、アーティアはひきつった笑いになっていた。

 繊維質のパーツはないのにひきつった笑いというのもおかしいし、笑えるようにはできてはいないのだが、しかしそういう笑いだった。


 またローゼンが声を荒げる。


「疑えるわけがあるわテメェ!肉体言語のこと忘れるまでは忘れないでいるって決めたんだよ俺はなァ!」


 ともあれどうやら和解に至っているようで、端々に見える不穏な言葉をさておいて、この二人になら任せられるなと、しばらく格闘を放置し、アーティアは切り出しのタイミングを待つ。

 軽い口げんかが取っ組み合いになって10分。そろそろ全身運動に代わり始めたので、彼は大きく「そこまでだ」と叫んだ。


「こまかいことはあとにしたまえ。いまだいじなことは、きみたちがここをぬけだせるか。そふぃあたちがこんげんにたどりつけるかどうか。そして、なにをどうすればこのあとが、のぞまれたただしいけつろんにいたれるか、ただそれだけなんだ」


 なんだろう、きっと人間に生まれたら、こんな可能性もあっただろう。これが父性というものなんだろうな。

 アーティアは呆れつつも期待して、続ける。


「すこしはなしをきいてくれたまえ。ぼくのする、まじめなはなしを」



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