第四章

第38話 あいつに惚れた、自分のために

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 時間を置いてから、ゆっくりとアーティアは置き上がった。


 戦闘でかなりの作動液が漏出していたが、それらはいくらかエネルギーを受けることで増殖し補給される。傷口もそれが凝固して漏れが止まるようになっており、それが働いたんだなと彼はあたりを見回した。


 果たして、何が起きたやら。


 まず映る自分の作った船を目に入れてから、彼は腕輪はちゃんと機能しているんだなと一息ついて立ち上がり二人を探す。自分までもがここにいるのは想定外だったけれど、余裕はいくらか作ってあるし、そうなったときのものだってある。

 ならそれを。


 そう思ってホールの扉を開けたなら、この船を起動した二人が眠っているのが飛び込んで、アーティアは圧壊を免れたんだなと息を吸って扉を閉めた。


「よかった、ひとまずはあんしんか」


 そして自己チェックを兼ねて声を出す。そちらでも問題はないようだった————胴体、足にも問題はない。起き上がることもできて、何ぞの作業をするにも支障はないと見えるだろう。

 内部ギアチェックもオールグリーン。


 とはいえ、静かにできるかはわからないな。アーティアは駆動音を出さないようにして、ゆっくりと廊下を歩いて行った。


 こうして眠っているのだから、何かいろいろがあったに違いない。様々のユニットを複雑に絡み合わせた自分だ、近年の電子化されたものとは桁の違う重量だろう。それを持ってきたのだから疲れもするだろうな————それにしても我ながらよく作ったものだ。

 だが果たしてコイツの全機能を使うほどの旅になるのだろうか。ならないといいんだけれどな。でも————。


 アーティアは隙間一つないことをチェックしていき、窓を見て外のメモリと突き合わせてはかみ合わせを調べつつ、魔法回廊の動きをあらためていく。

 根源を探す道のりは長いと聞いている。ソフィアの中にある自分ではない根元を探しに行くという特殊さだから、普通に行けば本人ですら粉微塵にされてしまうともだ————枝分かれしたとはいえ、篝という少女も同様であるとも聞いていて、だからこれができると二人で見つけたんだったか。


 彼女に自分もついてくるかと言われたのを、記述と理屈で拒否したのが懐かしい。

 本来なら根に留まって工房主としていなければならないはずなのに、まさか乗り掛かった舟が最後の旅行になるとはなぁ。


 アーティアはまだいけるかなと胸のハッチを開け、レベルゲージを引き上げた。


 オートマタである我々は、人の中の概念の寄せ集めでできた機械。物次第で意思と呼べるものはあるだろうが、本質的にはソフィアが見聞きしたものの残骸。だから彼女の木の中にいることはできるけれど、しかし深くに潜っていけば、最終的には砕け散って、その残骸からまた生まれ変わることになる。

 ……いや、作り直されるというのが正しいか。


 彼女の精神構造に従って、我々は何度となく作り直される。そして各々の意味を探して地に満ち、死で埋もれる。


 そのサイクルは耐用年数などを考えても、一世代の20年しかもたないようになっているはずなのだ————それが修理できなくなるほどに長生きするとは本来あってはならないことなのだ。


 彼が引き上げた鉄棒には、かなり前からオイル消費が始まっていることが示されていた。血餅めいた黒がこびりついて取れない。もう大声で破損するほどに限界なのだ。何度となく考えたし、わかっていたこと。私ももう、長くはない。


 型式番号から考えれば、二十度ほどは生まれ変わったのだし、最後の転生からは132年————そこいらのの7倍弱を我ながらよく無理をしているものだ。アーティアはそれを戻してドアノブをつまむ。


 だけれど、もう少しだけもってくれれば。


 そして三つ作った私室のうちの一つへと入って、真鍮を基調にした引き出しを開けて、彼は遺書代わりに入れていた取扱説明書を開いた。


 そして閉じ紐を抜いて紙束に戻し、彼は胸の中からタイプライターを取り出し、セット。クルリクルリとネジを合わせて、小さく呟く。


「かのじょのことばに、あわせないとな」


 そしてダダダと恐るべき速さで書き直し始めるのだった。


 内容はすべて頭に入っている。機械の頭では忘れようがない。すぐに一式の翻訳が完成し、後はちょっとの図形を書きつけるだけだと、左腕からプロッタを、右腕からペンを引き出した。


「…………クソッ!」


 だが水平線を引こうとしてみると、万年使えるはずの先が、紙に跡を残すだけになっていた。

 アーティアはそれを、人間が忌々しくするように叩きつけたかった。


 わかってはいるのだ。わかっては。もう自分の身体で、真っ当に言うことを聞いてくれる部品の方が少ないと言うことくらい。けれど老いらくの恋くらいは許してはくれないか。20で一世代の中で確かに長生きをし過ぎた。それはわかってはいるのだ。

 あの戦いだって、どこまで行ってもカッコつけでしかない。飛行ユニットは日常使用でも煙を上げていたのを戦闘出力にした。そのせいでタービンは死んで、もう空を行くことはできない。修復機構は、低レベル機能の修理すらできておらず、液を止めるので精いっぱい。その他に20は当てにならないまま動いているハズで、今動けていることが、かなりの奇跡なのだから。


 だからって。


 アーティアは自分用のラックからカセットを取り出し、腰のスロットに挿入する。使い捨て機能回復液で、人間でいうカンフル。多用するものではないが、これも結局は、あいつのためだ。


 あいつに惚れた、自分の為だ。


 ドクドクと液が染みわたり、一時的に欠損が埋まっていく。全盛期の速度で彼はペンを走らせられるが、その揺り戻しはないに等しく致命的だ。



 ザザザと残像の残るほどの速さで動きつつ、彼は頭を巡らせていく。



 千数百年のうちにこういうことなんて、両手の指で足りないくらいはあっただろう。私が生まれてからも、何度となく手法を探して世界樹に潜って、失敗してを繰り返してきた。この殻だって既にあったものを引き継いで進めただけだ。私そのものの始まりも、何かを引き継いで作られたらしいことだってわかっている。


 どこまで行っても、オートマタはソフィアの一部でしかない。結ばれることなどありえず、ただ穴を埋める様に析出して、舞台装置として労働をして、やられ役になったりして生まれ変わる。


 独立した存在ではない————だからこうして考えられるようにできてしまっていることは、限りなく忌々しいのだ。


 与えられたロジックのみで考える機械であれば、どれほどよかっただろう。技術だけで見れば素晴らしいことに、私には赤がどのようにあるのかがわかる。エンパシーを用いて、それになったことを感じることができる。遠い昔には持っていなかったはずなのに、それらはいつの間に私に染み付いたのだろう。


 不思議だ————この不思議というのも、機械としてはあってはならないはずだ。モデルの中にあるか、ないかだけでしか判断しないはずで、条件分岐だけでできているものなのに。


 タイプしたものをプロッタでインクを吸って、次のページにすすむ。内臓の吸い取りロールも、赤色が混じり始めている。こうなるのだったら、フルレストアでもしてもらうんだった。


 無理をして軋んでいる身体で、彼はできるだけ、やれるだけの速度での記述を続けた。その中に、長く使うことはないだろうけれどと思いながらつけていた、耐用限界を見つけてまた考える。



 そう言えば私の部品は、どのくらいがオリジナルなんだろう。



 普通に使っていたのなら、耐用年数を大幅に超えた部品がザラにある。

 こういう余分機能ならともかく、駆動部だの解析機関部などは、一世代以上は考えていない設計だ。部品交換で機能復活が可能だったとはいえ、人間も傷を受けたなら、欠けた視界となるのだろうか。


 アーティアの目に、いくらか悔しさが滲んだ。

 思考にも、わずかにノイズが入っていた。


 いや、わからないことを考えてもしようがない。それを知るのは人間と、それに類するものだけだ————そういうところでは、敵だとはいえあの少年が羨ましい。結局自分はどこまで行っても構造上、ソフィアを理解しきることができない機械だ。偽物だ。

 同族に話をしてすれ違って、殴りあって壊れあってをしたこともあるが、その時にわからなかったのは何もなかった。心の奥底から理解しあっていたし、肉体的にも如何すれば死ぬか、までもわかって喧嘩をしていたのだ。あれが真の友情だと、自分では思う。


 けれど私は同時に、誰かの全てを理解しきれるなどとは思っていない。

 それは分かっているし、納得もしている。

 私はほかのだれかではないのだから、当然のことだ。


 私はアーティア・ネグラール以外の何者でもない————その内心に抱え込んだもの、生涯にわたって葛藤して来たもの、そのほかいろいろの不可欠な構成要素を持っているからこそ、自己が同一であるのだとわかっている。


 だからこそ、私は根本から誰かの何かを理解することができないのが嫌だ。完全にブラックボックスであるのは、あくまでそのもののもつ精神性のみであるべきだ。そしてそれも、洞察によって理解できるくらいのものであるべきだ、そう思っている。


 だけれどソフィアは何もわからないのだ————ならそれは嫌であるはず、なのだけれどなぁ。


 そんな暴論を持ち出してみて、やっぱり自分は古いマシンなのだなぁと、彼は自嘲をする。


 けれどずっとあの感情を知ったままでいられるのは、何にも代えがたい。結局私も、不完全な物体なのだ。

 だけれどそうであるから、こうして誰かに助けを乞えるし、誰かを求められる。



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